スマホを使えば、シュババババッ
ある休日、私服姿で外出中に鞄の中のスマホが低い音を立てた。
どうやら、家族からLINEが届いたみたい。
おそらくは、また「○○を買って来い」だろう。
自分で買いに行けばいいのにとは思うけど、従わなければ何を言われるかわからない。
あの家において、私の立場は著しく低いのだから。
道の端のほうに寄り、スマホを取り出して操作を始める。
正直、未だにこのスマホというものに慣れない私は、操作にも手間取ってしまう。
えーっと、ここを押せばいいのだろうか。
いや、違った。そうか、こうすればいいのか。
案の定、養母である倫香からの「お菓子を買って来い」という催促だった。
あの人たち……倫香とその血縁者は、繊細さの欠片もない俗物なのに、変なところに強い拘りがある。
例えば、ポテトチップスの塩味が食べたいという時、どのメーカーでもいいというわけではないらしい。
このメーカーのものでなければ絶対に嫌、死んでも嫌、というぐらいの拘りを発揮する。
しかも、曜日によって食べたいメーカーも変わるのだ。
倫香が寄越した買い物リストを眺めていると、唐突に声がかかった。
「おねーさん、教えたげよっか?」
顔を上げれば、見知らぬ男が立っていた。
どうやら、スマホを操作している私を見て、道に迷ったと勘違いしたらしい。
「いえ、大丈夫ですので」
買い物リストを見たところ、複数の店に寄る必要がある。
どのルートで巡るか考えを纏めたいけれど、このままでは落ち着いて思索することもできない。
私が頭を下げてその場から移動しようとすると、男が進行方向に立ち塞がった。
「どこ行くの? LINE交換する?」
「えっ、いえ、しません」
「なんで?」
男を避けて通り過ぎようとすると、彼は私の肩に手を置いて顔を覗き込んで来た。
うっ、気持ち悪い!
男の吐息が顔にかかり、吐き気を覚えた。
「あの、離してもらえませんか。急いでいるので」
「俺も行ってあげよっか?」
「いえ、結構です」
「結構って、つまりOKってこと? じゃ、遊ぼっか」
……駄目だ、この男。
たまに、というかそれなりの頻度で見かける、話が完全に通じない男だ。
「……しつこいですね。迷惑です」
「はあ?」
私が強めの語調で言うと、途端に男は馬鹿にするような声音で言った。
そして、突如として激高した。
「人様の厚意を迷惑がってんじゃねーよ! このブス! 見た目も中身もブスとかリバーシルブスか! 最低最悪だな、この害悪クソ女! 死ね! お前みたいな奴が一番クズなんだよ!」
男は、叩き付けるように一方的に捲し立てた。
呆気に取られて立ち竦む私を睨み付けると、「ブサイク女」「社会のゴミ」などと呟きながら去って行った。
その場に残された私は、暫し呆然とした後、すぐに頭を切り替える。
あんな程度の低い罵詈雑言で、私にダメージを与えられるとでも思ったのだろうか?
時間を無駄にしてしまったことは癪だけど、さて、自分のするべきことをしよう。
息苦しさを覚えるほどの激しい鼓動も、目尻にじわりと浮かんだ涙も無視して、歩き出す。
……結局、頼まれていたものを買いに寄るのを忘れて、養母や従姉妹から理不尽な嫌味を受ける私だった。