美少女が努力するのは迷惑です、むしろ犯罪です
背中を押す力を受けながら、私は上体を地面に向かって倒す。
普段から柔軟性を保つことを意識していることもあって、私の身体は難なく地に着いた。
柔軟体操のペアになった相手が、「えぇー」と不満とも驚嘆ともつかない声を漏らす
私の背中を押す手にやけに力が入っている辺り、不満のほうが近いだろうか。
「皇さん、めっちゃ柔らかい! 絶対骨ない!」
「え? コンニャク?」
「中学の時体操とかやってた感じ?」
「えー! 何か意外ー!」
ペアの相手のみならず、周りの者が口々に騒ぎ立てる。
上体を起こした私は、内心で苦笑しつつも彼女たちの疑問に答えておくことにした。
「特に部活はしていなかったけど。ただ、柔軟体操は毎日行うようにしているわ」
多くの者、特に女子というのはとにかく知りたがりだ。
知ったところでどうということもないことでも、知りたがる傾向にある。
なら、そのお喋りな口に飴玉の一つでも入れてやったほうが静かになる、私はそう踏んだ。
ところが、その飴玉が却って誘い水になってしまった。
「えっ? 毎日? 家で? なんで?」
「それって、ダイエットとかそういうので?」
「え、ええ、そうね」
「えーっっ!」
彼女たちは一斉に非難めいた声を上げた。
ああ、しまった、と後悔したものの既に後の祭りだ。
いや、別に私が対応を間違えたというわけでもない。
どんな対応をしても、必ず揚げ足を取られたに違いないもの。
入学からまだ一ヵ月も経たないというのに、彼女たちは私に興味津々なのだ。
あるいは、好奇の目で見られているというべきか。
そして、その目には悪意が含まれている。
何故なら、私は美少女だから。
人類史上最高の美貌の持ち主、といっても過言ではない。
肌は雪よりも白く、真珠のような光沢を持ち、腰元まである長い髪は艶めき、その手触りはまるで極上の絹の如し。
小柄ではあるものの、スタイルも申し分なく、アンダーバスト六十五という細身とFカップを兼ね備えている。
千年に一人の美少女、ロシアの天使、美しすぎる何とやら……世の中に美しいと持て囃される女性たちは掃いて捨てるほどの数だけ存在するけれど、私という少女は唯一無二の絶対的な存在だ。
誰一人、私に敵うものはいない。
けれども、人間社会で生きているにあたって、私のような圧倒的な美貌の持ち主が必ずしも有利とは限らない。
個性だ多様性だと言っても、やはり多数派というのは強い。
私のような美少女は、それだけで多数派から外れた、謂わば浮いた存在だ。
上手く立ち回れば、多数派を統べるリーダになれるのだろうけど、はっきり言って私はそういう立ち位置に向いていない。
むしろ、自分のするべきことだけをしていたいタイプだ。
とは言え、この容姿では、放っておいてもらうこと自体が難しい。
「皇さん、そんなのいらないじゃん! めっちゃスタイルいいのに!」
「その身体でどこをダイエットすんの?」
「うわー、美意識高いあたしアピールされたー。まじ凹むわー。意識低い奴は生きてる価値なしですかぁ?」
「食いたいもん食うし、授業以外で運動とかしたくないうちらの存在否定されてんよね」
彼女たちは、口々に私への不満を口にする。
私はと言えば、困ったような笑みを浮かべながら聞き流すことしかできない。
別にそんなことは言っていないのに。
美しさを保つことに興味がない、あるいは面倒だと言うなら勝手にすればいいだけの話だ。
その分、私も勝手にさせていただきたい。
誰かに迷惑をかけているわけわけでもないのだから、非難される謂われはない。
……と言いたいところだけど、そうはいかないのが世の常。
美しいということは、それだけで良かれ悪しかれ周りに影響を与え、時には驚異となり得る。
つまり、私のように生まれ付き容姿に恵まれた者が、それに磨きをかける努力をするということは、彼女たちにとって迷惑あるいは害悪なのだ。
はぁ、と私は内心で溜息をついた。
スタイルがいいから努力の必要がないのではなく、努力してこのスタイルを維持していると考えられない辺り、頭脳まで低スペックみたい。