滅びと始まり
科学者のいる国と、魔女のいる国の戦争は激しいものになりました。
最初は、魔女のいる国が優勢でした。特別な魔法使いたちが使う魔法は、科学よりずっとすごい力を使えました。効率もよく、次々と科学者のいる国の兵士を撃破していきます。
けれど、科学者のいる国は……いくら兵士が死んでも平気でした。なぜなら科学は、誰が使っても同じ効果があるからです。
訓練した兵士でも、小さな子供でも、力のない女の人でも、犯罪者であっても英雄でも、簡単な使い方を教えれば、誰だって同じ効果と結果が出るのです。使う人が誰でもいいのです。科学者のいる国はこのことに気が付いて、どんどん人を戦場に投げ込みました。
魔法はそうはいきませんでした。何年と修業をしなければ、魔法使いは魔法を使えません。一人何かの拍子に倒されるたびに、魔女のいる国の戦力は大きく落ちていきました。
科学者の国で戦う人たちは、やがてどんどん魔女の国に進んでいきました。魔法を使える人も、魔法を使えない人も、区別なく科学者の国の人は力を使い、滅ぼそうとました。魔女の国の人は言います。
「どうして私たちを殺すのですか? 私たちは魔法が使えません」
科学を使う兵士は答えました
「何を言っているんだ。力は誰でも使えるだろう。もし君たちを生かせば、誰でも使える科学で、今度は私たちが滅ぼされてしまうかもしれない。だから君たちを、私たちは滅ぼすしかないんだ」
「そうですか。……私たちは生きたかった。どうして殺したのだと呪ってやります」
「それは随分と非科学的だ。ありえない」
そう言って科学の国の人たちは、魔法の国の人たちを、一人残らず皆殺しにしてしまいました。相手は無抵抗だから、力を持ってないからと安心した人たちは、とびっきり残酷な方法で、恐ろしい魔法使いたちを処刑しました。
けれど、真っ黒な塔だけは手を出せませんでした。ものすごい頑丈さと、魔法の防御がかかっているのか、ちっとも傷がつきません。真っ白い塔に住む科学者さんも、魔女との思い出として残したいと言うので、真っ黒な塔はそのまま残りました。
さて、魔女のいた国を奪った科学の国ですが、その土地で暮らした人は、時々恐ろしい声を聴いたり、モノが見えるようになりました。
殺された魔女の国の人が、死んだときの恨み言を耳元で囁いたり
進軍中に焼き払われた森が、森を焼かれた熱さを、人に浴びせかけてきたり
気まぐれに殺された獣たちが、その怒りと恨みで牙を突き立ててきたり――
人によって見える物や、体験できることが違いました。感じた人たちは恐ろしくなったり、気分が悪くなりましたが……体験してもなお、科学者の国は無関心でした。彼らは口をそろえて言います。
「見えている物はバラバラだ。きっと心の思い込みなんだ。罪悪感が幻を見せているだけで、科学的根拠は一つもない。しばらくすれば落ち着くはずだ」
ですが、訴えかけてくる幻も、日に日に酷くなるばかり。けれど根拠はない、幻だ、気のせいだと、科学の国の人たちは否定しました。
いつか自然に治まるはずだと、科学的に根拠がないと、彼らは放置してしまいました。そうして放置した結果、恐ろしい事が起き始めたのです。
幻に悩まされていた人が急に叫んで、周りの人を殺して回る事件が起きました。幻を見たストレスだ……そういって否定しましたが、それを皮切りに、どんどん事件が起きるようになったのです。
なんだか恐ろしくなりましたが、根拠がないから、科学では測れないからと、暴れた人を抑えることでしか対策できません。そうして暴れた人を抑えても、どんどん正気を失った人が、何事か叫んで周りの人を殺し始める事件が起きました。
「これが、魔女の言っていたことなのか……?」
真っ白な塔の中にいる科学者さんが、起きた事件に胸を痛めました。最初は魔女の言う通り、科学者さんは塔に籠るつもりでした。
けれど科学者さんは塔を出て、魔女の国に向かいました。彼女が暮らしていた真っ黒な塔のそばで、起きている事を調べます。
――彼は、世界のために研究し、勉強し、科学を発展させてきたのです。困っている人がいるのに、一人塔に閉じ籠ることはできませんでした。
「本当は魔女が詳しいのだろうけど……彼女との会話から、仮説を立てることはできる」
わからないなりに、科学者さんは考えました。科学的根拠がなくても、起きている事や現実から、予想することはできます。科学を極めたはずの彼は、一つ仮説を立てました。
「これは……きっと酷い事をしたせいだ。幽霊や恨みは非科学的だけど……科学は万能だ、科学で分からない事は、あり得ないと言い過ぎたんだ。
それはまだ分からない、方法がないだけで、実際にあり得ないわけじゃなかったんだ。よくよく考えれば、魂なんてものは数値化できない、分からないものだけど、だからって魂を持ってない事には、ならなかったんだ……」
必要だったのは『根拠がない、ありえない』と否定する事ではなく、不安や見えない何かを、あるかもしれないと感じる事だった。それに共感する事だった。
拒絶して遠ざけても、無理やり抑えたとしても、決して消える訳じゃない。もしかしたら恨まれるかもしれない、せめて祈りや慰めがあれば、殺された命も静かに眠れたのかもしれません。
――ますます、現象は酷くなりました。
見えない何かは人々に取りつき、瞳を真っ赤にして、身体から爪が生えて、化け物に変わって、周りを襲ってしまう人さえ現れました。科学者さんは必死に探りますが、科学で測れない物を見つけるのは難しい。必死に悩んで苦しんだ科学者さんは、いつの間にか真っ黒な塔に足を運んでいました。
「魔女……君の力があれば、この呪いを止める事が出来たのか?」
彼女は、目に見えないモノの力を信じていました。幽霊も怨霊も、儀式や供物で相手を鎮める事が出来たのです。その場面を見ていた科学者さんは、胡散臭いと思いつつも見届けました。確かに効果はあったのです。真っ黒な塔の下で、考え続ける科学者さん。ずっと静かに塔の前でたたずんでいると――閉まっているはずの塔が、開いたのです。