二つあったモノ
昔々あるところに、二つの塔と二つの国がありました。二つの国は全く別々の国で、科学の国と魔女の国と呼ばれていました。
真っ白い塔と、真っ黒の塔。色こそ違いますが、中身は全く同じです。今はその塔の中で暮らしているのは、全く別々の人でした。
真っ白い塔には、この世界で一番すごい科学者が住んでいました。科学者さんは世界を豊かにするため、毎日毎日頑張っていました。
真っ黒い塔には、この世界で一番すごい魔女が住んでいました。魔女は世界を平和にするため、毎日毎日頑張っていました。
二人とも学んでいる分野は違いました。考え方も違いました。けれど世界のために、みんなのために頑張っている事は確かでした。
「魔法使いの言うことは分からないが」
「科学者の考え方は分からないけれど」
「「この世界のために必死に頑張って、勉強して、色んなものを作っている事はよくわかる」」
別の国に生まれ、別の考え方を持っていましたが、二人は互いの事は認め合っていました。真っ白い塔と真っ黒い塔は、二人の知識と技術を組み合わせて、お互いのために作った塔でした。遠く離れていても、考え方が違っていても、二人の友情の証でした。
二人は時々、はるばる離れた道を通って、直接会って色々と話をしたものです。科学者さんはこう言いました。
「みんなが幸せになれるように、すべてが目に見えて、分かりやすいようにしたい。みんなが同じように、便利な道具を使えるような世界にしたい」
それに対して、魔女は言います。
「目に見える事だけがすべてじゃないでしょう。それに何もかもを解き明かしてしまったら、不思議な事なんて何もなくなってしまう。分からないところがあるから、人は想像ができるのよ」
「けれど、分からないことは不安になるし、想像が間違ってしまったら……人の心は迷路に迷い込んでしまうことになる。僕は迷う人がいないようにしたいんだ」
「どうかな? 迷うのもまた、楽しいものだと思うよ。そうした回り道迷い道の中で、時々とんでもない宝物を人は見つけるのよ。みんなが同じになってしまったら、宝物は埋まったままになってしまう」
「最初から宝物なんて、埋まってないかもしれないじゃないか。ありもしない宝を探してしまったら、努力と時間は無駄になってしまうだろう? それは可哀そうな事じゃないか?」
「無駄になるかどうかは、運命の女神だけが知っているのよ。それにご褒美が貰えるから頑張るなんて……それは、やりたい事じゃないんじゃないの? 大事なのは自分の心に従う事でしょう」
こんな風に、会うたびに話すのですが、二人の話は終わりが全く見えません。けれど喧嘩するような事は無く、相手の話をよく聞いて、学びを得ようとしているのでした。
そんな風に頑張っていた二人ですが、ある日二人の住んでいる国同士が、とても仲が悪くなってしまいました。王様同士が、ものすごく仲が悪くなってしまったのです。
何とか塔に住む二人も、自分の国の王様をなだめましたが……ついに戦争になってしまうことになりました。明日戦争が始まってしまうと知り、塔に住む二人は、お互いに会いに行きました。
「「とても残念だ」」
きっとこれが、最後の会話になるでしょう。そして二人とも凄い人ですから、お互いの作ったものが、兵士たちに配られる事も分っていました。そんなつもりはありませんでしたが、相手との競い合いになったのです。けれど魔女は言いました。
「多分、科学者さんが勝つだろう。これでこの世ともお別れね」
「どうしてそう思うんだい?」
「魔法の力は魂に依存するモノ。一人一人が丁寧に自分と対話して、自分の魔法の才能を見つけて、呪文を唱えてようやく使えるの。伸びしろもみんなバラバラで、使える力もまるで違う」
「けれど、すごい魔法を使える人は……本当にすさまじい力を持つじゃないか。科学では全く再現できないし、負けるのは僕の方じゃないか?」
魔女は首を振りました。
「使えるのは、自分の魔法を極めた人だけ……確かにすごい力は出せるけど、あなたの科学は『みんなが同じように力を使える』のよ。私や、他のすごい魔法使いがみんな倒れたら、すごい魔法を使える人はいなくなってしまう。そうなったらあなたの科学は、私たちを駆逐するでしょう」
魔女の話は、科学者にもよくわかりました。
みんなが同じように力を使える『科学』は
一人が倒れても、変わりがいくらでも利いてしまうのです。
何人も、何十人も、何百人と倒れたとしても――
兵士のみんなが安定して、同じ力が使えてしまうのです。使う側が誰でもいいのです。
それに対して、魔法は違います。一人一人が自分で考えて、自分と対話して、それでようやく使える物なのです。誰もが使える物ではないのです。確かにすごい力を出せますが、その一人が倒されてしまったら、もう二度とその魔法は使えなくなってしまうのです。戦争においては、兵士の数と質が大事になります。魔法は質が良くても、数が少なくて回復が出来ないのです。
「だからきっと、戦争になれば科学が勝つよ。きっと魔法は、この世界から消えてなくなってしまうでしょうね」
「――それは、ダメだ」
科学者の人が、我慢できずに叫びました。
「科学だって、解き明かせないことがある。数字に出来ないことがある。僕はみんなの幸せを願って、科学を突き詰めてきたのに……どうしてこんなことになるんだ!」
科学者は、知っていたのです。自分の扱う分野、科学は決して万能ではないのだと。科学を突き詰め、勉強し、極めたからこそ――彼には分ったのです。科学では永遠に届かない謎が、影絵のようにある事に。
それを埋める事が出来るのが、魔女の魔法という分野でした。誰にも使える物ではありませんが、不思議な事が起きても、魔女の人は解き明かすことが出来ました。科学が苦手な所を、魔法は埋めてくれていたのです。
科学者は、理解できないなりに、魔法の必要性を知っていました。だから、魔女がいなくなってしまう事を恐れていました。
――彼女は悲しそうに、けれど優しく微笑みます。
「運がなかったの。もしかしたら、魔法の方が強ければ――消えてなくなったのは科学の方だったかもしれない。私はあなたを恨まないわ。けれど……もしかしたら失われた命が、あなたたち科学を恨むかもしれない」
「魔女さん。何を言っているんだ?」
「今は分からなくてもいい。でももし戦争が長引いて、死んだ魂の恨みが残って積み重なってしまったら――きっと大変なことが起きる。もしそうなったら……白い塔から、あなたは出ないでね」
どこか寂しそうに、魔女は科学者に言い残します。
――それが、二人の最後の会話でした。