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9.温かい村人【視点移動あり】


 アルが村を救っている頃、アルが通って来た道を行く、別の影があった。


 男の名はカイド――旅の商人だった。


「カイドさん……この道で合ってるんですかねぇ?こんな獣道、誰も通りませんよ……」


 声の主はカイドが荷物持ちに雇った奴隷だった。


「いや……この道で合ってる、ここを行くと目的の街につく」


 カイドの目的は、アルがいる村をさらに北上した先にある大きな街だった。


「ちょっと待て……」


 急にカイドが足を止めたものだから、奴隷はそれにぶつかってしまった。


「なんです……?カイドさん。そんなに血相を変えて……」


 カイドが立ち止まったのには訳があった。カイドの目の前に広がるのは、赤い道。


 いや、それは血だった。


 そしてその血の下には、干からびたゴブリンの死体がずらり、一直線に並んでいるではないか。


「……っ!?……ひぃっ!!」


 ゴブリンの腕は丁寧に切り取られており、なんともグロテスクな道を作り出していた。


「……な、なんなんですかねぇこれはいったい……?」


「わからない……なにかとてつもない力を持ったものが、ここを通ったことは確かだろうが……」


 カイドは腰を落として、ゴブリンを探ってみた。


「ちょ……!カイドさん、よく触れますね……!?」


 ドン引きする奴隷を無視して、カイドは考えることに夢中だった。


「これを見てみろ……。ホラ、ここの傷口。一直線に全員が同時に、同じ方法で殺されている」


「つまり……どういうことです……?」


 奴隷はいまだ釈然としないようすで訊く。


「つまり……これをやったのは人間じゃないってことさ……神か、悪魔か……それはわからないけど、とにかく、なにか強大な存在」


「げ……怖いこといいますね……ひ、引き返しましょうよ……!こんな気色の悪い森、もうごめんですぜ!」


「いや、引き返すことはしない……。そんなことをしていては、目的の日にちまでに街に着かなくなってしまう。まあでも、当初のルートを変更して、ちょっと迂回していくことにするかな……」


 カイドはそう言って、さっそく手持ちのナイフで、茂みに切り込みを入れ、別の道を作り始めた。


「そ、そうですね……なにもこんないかにも危なそうなルートをたどることないですもんね……あーよかったぁ、俺、こんなところで死ぬの、嫌ですもん」


「まだ出くわさないと決まったわけじゃないぞ……、まあでも、そう願うばかりだが……」


 結局、カイドたちが迂回したことによって、彼らはアルのいる村を通らなかった。


 こうして、カイドとアルが出会うのはまだ先のこととなるのであった。




 

 村人はみな、温かくアルを迎え入れ、宴会が開かれた。


「いやーそれにしても、見事な剣さばきだったなぁ……! 俺もあんたみてぇになりたいぜ!」


「ほんとほんと、そんなに小さいのに、いったいどこで剣術を学んだんだろうねぇ……?」


 老若男女に囲まれ、質問責めにあいながら食べる食事は、アルにとって久々に美味しい食事となった。


「これこれ、そんなにはやし立てるでない。アル君も困っておるじゃろ」


 村長がみんなに自重を促すと、みな静かに自分の席に戻った。


 宴会は村長の自宅兼集会所で行われており、村の全員が出席した。五十人にも満たないちいさな集落なので、それで十分収まった。


「アル君、あらためて、ポコット村の村長としてお礼を言うよ。君を村の英雄としてたたえよう」


 深々と頭を下げる老人に、アルはいささか気恥ずかしい思いだった。


「いやいや、頭をお上げください、村長さん。僕は当たり前のことをしたまでで……」


 まあこうやってお礼を言われるのは、剣聖であったアルにとっては、慣れたものだった。……のだが、久しぶり――なんといったってそれは前世でのことなのだから――だったため、なんだかくすぐったい感じが抜けなかった。


 宴会ということもあって、卓にはたくさんのお酒が用意されていた。


 アルは何の気なしに、その一つを手に取って、口に持っていこうとした。


 矢先、となりの席に座っていた中年の女性に咎められる。アルの母が生きていればこれくらいの年齢だっただろうか……。


「ちょっと、アンタ、いくら腕が立つからって、まだその年じゃ飲んじゃいけねぇよ」


「おっと……これは失礼……。ぼーっとしてました……。あははー……」


 アルは前世の癖で、つい無意識にお酒を飲もうとしてしまっていたのだ。


 笑ってごまかすが、いくらか変に思われたようで、気まずい空気が流れる。お酒をたしなむのは、最低でも十五になってからというのが通例だった。


「アル君……キミは、ほんとうに不思議な少年だ……もし差し支えなかったらだが……これまでのことを話してみてくれないか……? なに、無理強いはしないよ。ただ……わしもみなも、大好きな君のことをもっと知りたいんじゃよ……」


 村長が極めて優しい口調で、そう言うものだから、アルとしても応えないわけにはいかなかった。


「では……話します……」


 アルは、これまでに自分の身に起こったことをかいつまんで話した。もちろん、自分が剣聖エルフォ・エルドエルの生まれ変わりであること、前世の記憶があることなどは隠してだが。


 みんなはそれを食い入るように見つめて、耳をかっぽじってよく聞いた。


「そう……そんなことが……」


「大変だったんだな……」


 アルが話し終えると、村人はみな口々に同情の言葉や感想を口にした……。


「よし、じゃあ私がアル君を引き取ります! そして育てます!」


 そう申し出たのは、昼間アルが救った、あの美形の女性だった。


 歳は二十台後半くらいで、前世でのアルより若い。そのような女性が母親となると申し出たことに、いろいろ想像をして、アルはいささか顔を赤らめた。


「ちょ、ちょっと待ってください……! 僕はそんなつもりで助けた訳では……」


 アルは誤魔化すように立ち上がって、手を身体の前に出し拒むジェスチャーをとった。


「でもあなたうちの子と同じで、まだ九歳でしょ!? 行く当てもなく、一人でどうやって生きていくってのよ……!? いいからうちの子になりなさい!」


 すでに母親気どりの女性に、アルは困惑を隠せない。


「それはいい提案じゃ! それとも……アル君は、我々の村に加わるのは嫌と申すのか……?」


 村長まで乗り気でそういうものだから、アルも断るに断れず、


「じゃ、じゃあとりあえず、お言葉に甘えて……今晩だけでも泊めてもらおうかなー……なんて……」


「今晩だけと言わず、いつまでもいてくれていいんだからね……?」


 アルが宿泊を受け入れたことで女性はなんだかホクホクしてとっても嬉しそうだ。


 その後も宴会は続き、さまざまな話を、さまざまな人とした。みなアルの話に興味津々で、なんだかアルにとっては初めて気分のいい体験となった。


 宴もたけなわとなったところで、女性が再びアルの元へやってきた。


「さあ、アルくん。うちに帰るわよ……!」


 女性の手には、彼女の娘と思われる女の子の手が握られている。


 母親によく似た金髪碧眼の美少女で、隠れるようにして母親の後ろに立っている。


(昼間の……! かわいい子だなぁ……でもちょっと恥ずかしがり屋さんなんだろうか……?)


 アルが少女に視線を移すと、彼女はふいっと顔をそむけた。


「さ、ミュレット! 挨拶して。これから家でいっしょに暮らすんだからね!」


「み、ミュレットです……よろしく……」


 ミュレットは言いながら、さらに母親の後ろに隠れようとする。


「僕はアル。よろしく」


 アルが笑顔で返すと、少女の方も警戒を解いたのか、少し――ぎこちなくだが――はにかんで見せる。


 母親のほうはミレーユというらしく、親子らしい名前だな、とアルは思った。


 父親は他界していないらしく、今は二人暮らしだという。


 正直、女性の二人暮らしのところにお邪魔するのは気が引けたが、アルがそれを口にすると、


「なーに言ってんだか! アル君こーんなにかわいいんだから女の子みたいなもんでしょ! それに、子供がそんなこと気にするんじゃありません!」


 とミレーユにあしらわれてしまった。


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