32.薔薇は散る
このシーンが書きたくてこの話を書きました
村と街の間に位置する草原に、アルは一人で立つ。
来るか来ないかもわからない、未知の敵を討つために。
「はぁ……見張りを引き受けたはいいけれど、勝てるかどうかわからないしなぁ……。正直、来ないでほしい気持ちの方が強い」
でも、かつての強敵と再び剣を交えたい。というのも本心だった。
いやな予感というものは、往々にして当たるもので、アルの周りの空気が一瞬にして変わった。
まるで嵐の前の静けさのように、草原を走る風がぴたと止む。
「来たか……」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「な、なんだあれ……」
やって来た盲目の薔薇は、かつてアルの知っていた姿とは異なっていた。
返り血で身体を赤く染め、体毛は生えっぱなし、衣服はボロボロ、野人――いや、それはまさに修羅と呼ぶにふさわしい。
その修羅は草原を咆哮とともに突き進む。
「あれはもはやモンスターだな、いや、災害レベルのなにか……だな」
盲目の薔薇はまるでイノシシのように直進していたが、アルの存在に気づくと、はたとその動きを止めた。
(お、気づいたか……)
まるでアルの持つなにかに反応したかのように、その場に静止する。
盲目の薔薇は強者を求めひた走ってきた。彼のその異常なまでの強さへの執念が、アルのもつ強さに惹かれたのかもしれない。
アルのもつ強者のオーラが、災害級のオオイノシシを引き留めたのだ。
「ガルルルル」
「ヒトの言葉も忘れたか……もはや狂人を通り越して、バケモノだな」
盲目の薔薇はアルのほうを向くと、いきなり襲い掛かってきた。
一直線に突進してくる。
アルは杖を構え、魔法陣を起動する!
――吸収盾!
突進の衝撃は、透明色の盾にすべて吸収される。
「よし、防いだ!」
そのまま立て続けに、
――火炎球を放つ。
盾にぶつかり静止した盲目の薔薇を、火球が捉えることは難しくなかった。
「ギエエエエエエ」
鼻頭を焼かれ、薔薇が悲鳴を上げる。
だがそれでやられるような相手ではなかった。
薔薇はボロボロのマントの中から錆びれた剣を取り出すと、無造作に振り回す。
通常の人間であれば動作の前にはなにか前兆が見えるものだが、理性を失って久しい彼の動作には、そういった人間らしさが欠けていた。
「くそう、反応が遅れた……。むちゃくちゃな動きだっ!」
アルは人体加速でなんとか避ける。あと一歩遅れていたら危なかった。
薔薇の攻撃はなおも続く。
まったく読めない無軌道な剣撃、そして前兆のない突飛な動き。
それらはアルの常識からすれば、見たことのない剣技!
「だめだ、全然突破口が見えない」
逃げ続けることしかできない。
相手は剣聖とも互角にやりあったほどの剣使い。今のアルは子供の身体で、しかも手にしているのは剣ではなく杖だ。
「さすがに分が悪いか……。でも、逃げるわけにはいかない!」
薔薇が斬り込んできたところに、顔面めがけて水流弾を撃ちこむ。
「グオオオ」
ひるんだ隙にすかさず風斬撃で追い打ちをかける。
――ザシュ!
斬撃は、薔薇の肩に当たり、そこが抉れる。
「よし、いいところに当たった。これで剣の動きも鈍るはず」
そう思ったのもつかの間、次に繰り出された剣は、先ほどよりさらに威力を増した攻撃!
「な、なんで……!」
「グオオオオ……」
もはや怪物となった彼は、肩の負傷など気にもとめずに、さらに全力で剣を振るのだ。
「馬鹿め、そんなんじゃ肩の傷がさらに広がるぞ」
だがこれはアルにとってはチャンスでもあった。
「よし、今度はこっちから攻撃だ!」
アルは防戦一方から一転、薔薇の剣撃を受け始めた。
杖でそのまま受けるのではやはり分が悪いので、剣と杖が交わるわずか数秒前に風斬撃を発動。剣の威力を魔法で相殺させる。
(おかしい……さっきから人体加速でこっちは高速で動いているのに、まったく同じ動きをされている……!?)
そこから考えられる結論は、相手も人体加速を使っているということだ。
「魔法を発動させれるくらいの理性は保ってるってことか? まあ無意識なのかもしれないけど」
だがアルは女神からもらった魔力石で無限に人体加速を発動可能なのに対して、薔薇は限られた魔力しか持たない。
(それなのに、なぜ動きが鈍くならないんだ!?)
もうかれこれ五分も剣と杖を交えている。
加速した状態の五分は、相当に長い。
それどころか、
(コイツ……さらに加速している!?)
人体加速は他の魔法同様、重ね掛けが可能なのだ。
アルは魔法陣で人体加速を発動しているので、魔法はひとつづつしか使えない。
だが盲目の薔薇は違う。重ね掛けをすることでアルの速度を簡単に凌駕する!
「くそぅ……どんだけ魔力があるんだよ!?」
ついにアルは負けを覚悟し始めた。
盲目の薔薇の速度が、完全にアルを捕える!
「ガルル!」
――キン!
盲目の薔薇が放った剣が、アルの杖を地に落とす!
「っく!」
それと同時にアルの身体も遥か後方へと吹き飛ばされる。
だがただでやられてやるアルではない。
剣と杖が交わり、弾かれるその瞬間、吸収盾を局所的に発動させていた!
それによって盲目の薔薇の持っていた剣までもが弾かれる。
お互いの得物が地に落ちた。
戦いは仕切り直し、かと思われたが、アルは既に負けを認めていた。
この状況では、身体の大きい薔薇のほうが有利だ。
アルが互角に戦えたのは杖のあるおかげ、肉弾戦では大人と子供、どちらが勝つかは明白だ。
(くそぅ……ここまでか、村のみんな、ミュレット、すまない……)
アルは地面に転がり、悔し涙を浮かべた。
(殺すならはやく殺せ……)
そう覚悟して目を閉じる。
死を待つ時間は永遠にも思えた。
(ん?あれ、おかしいぞ。いくら永遠に思えても、これは長すぎる。なんで攻撃してこない?)
疑問に思ってアルが目を開けると、そこにはきょろきょろ首を回す盲目の薔薇の姿があった。
(あいつ、なにをしているんだ?)
どうやら盲目の薔薇はアルを見失ったようだった。
(どういうことだ、彼は人の気配を掴んで位置を把握できるはずなんじゃないのか?)
実際、剣聖時代にアルが戦ったときも、その恐るべき五感で苦戦を強いられた。
――ッハ!
突如、アルのなかにあるひらめきが舞い降りる。
前世と今世、そこになにか違いがあるとすれば。
アルの身体に魔力があるか、ないか、である。
(そうか、彼は僕の身体に魔力がないからわからないんだ)
そう、盲目の薔薇は聴覚や謎の第六感で世界を見ていたのではなかったのである。
彼が頼りにしていたのは、魔力の反応。
魔力を帯びているのを感知して、攻撃していたのである。
魔力を帯びた杖を手放してしまえば、彼にアルの居場所はわからない!
(勝機!)
アルはそろりと音をたてずに起き上がると、地に落ちてある杖めがけて小走りで近づいた。
そして杖を拾い上げるとあてもなく放り投げる。
「グオオオ?」
盲目の薔薇はそれをまるで犬のように追いかける。
アルが動いて逃げたとでも思ったのだろう。
その隙にアルは、地に落ちてある剣を拾う。
さきほど盲目の薔薇が落とした剣だ。
(これで、勝てる!)
剣を持ったアルは、盲目の薔薇に感知されない。
剣には杖と違って魔力がない。
そう、これなら死角からの攻撃が通る。
アルは盲目の薔薇の背後から剣を一振り、突き刺した。
不意の攻撃を避けられるはずもなく、みごとにそれは急所を捕えた。
「グギャアアアアアアアアアアアアア!!!!」
盲目の薔薇はその大きな巨体からどくどく血を流してその場に倒れた。
「やったぁ!」
前世では敵わなかった強敵を、今回ようやく倒すことができたのである。
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