29.女神
女に連れられ、教会に入ると、そこには大きな女神像が鎮座していた。
「で、用件はなんなんですか? 僕に会いたい人というのは?」
「まあまあ、ここに手を」
女は女神像へと触れるように促した。
なにがなんだかわからないまま、アルはそれに従う。
「……うっ!?」
女神像に触れた瞬間、アルを強烈なめまいが襲う。
(なんだこれは!?)
次に目が見えるようになった瞬間、アルは別の空間にいた。
「ここは?」
周りを見渡すも、そこにはなにもない。
先ほどの修道女も消えている。
あるのはただ靄がかった空間だけだった。
「ようこそ……アル……」
声がした。
そして次の瞬間、目の前に先ほどの女神像を実体化させたような女性が現れた。
まるでコマ送りのように、一瞬で目の前に現れたのだ。
「あなたは……?」
アルは訊ねながらも、その答えを予測していた。
その見た目からして、彼女は女神なんだろう。
それにしても信じがたい状況に、困惑せざるを得ない。
「そうです、あなたの予想通り、私が先ほどの教会に祀られていた女神です」
「そうですか……とは言い難い状況ですね……」
「信じられないのも無理はありませんね」
アルはそれ以上に、なぜ自分がこのような状況に置かれているのか不思議だった。
「僕になんのようですか?」
「そうですね、あなたには謝らなければなりません……」
「あやまる……?」
なにか女神に謝られるようなことをしただろうか? アルには全く身に覚えがない。
そもそも神がなにかを詫びるなどということがあるのだろうか。それもまたアルにとって大きな疑問だった。
「あなたが魔力を持たないのは、一部私の責任でもあります」
「なんだって!?」
思わず大きな声が出る。相手は女神だというのに、責めるようなニュアンスを含む声が出てしまった。
「というのも、あなたが死ぬことは私にとって予想外だったのです。本来であれば死んだ者の記憶を消去し、新しい肉体を与え、新たな人生を始めさせるのは私たち女神の役割なのですが……」
「へぇ……じゃあなにか? 貴方がミスをしたから僕は魔法が使えないというのか?」
アルは怒りと悔しさでよくわからない表情になる。
女神は申し訳なさそうな、されどどうしようもない諦めを含んだ複雑な表情でアルを見据えている。
「本当にこのようなことはまれなのです……。あなたの死は、いわば自然の死ではない」
「なんだって……? じゃあ僕は何者かに意図的に運命を捻じ曲げられたとでも?」
「そうですね、あなたが転生したのは、おそらく魔法によってでしょう……。そのせいで、あなたは記憶はそのままに転生してしまったのです。魔力がないのもその影響によるものでしょう。女神を通さずに無理やり転生させられてしまったのですから、それも仕方がないことです」
「いったい誰がそんなことを……?」
「それはもちろん私にもわかりません……。それはあなたがこれからの人生で見つけてください」
アルはまだ女神の目的がわからないでいた。
「で、それを伝えるためにシスターに僕を拉致させたと?」
「もちろんそれだけではありません。私はあなたに補償をしたいとおもっているのです」
「補償?」
「ええ、魔力が使えないあなたに、代わりになにか授けてあげたいと思うのです」
アルは震える。女神が力を授けると言っているのだ。それはどれほどのものだろう。
アルが真っ先に思いついたのは、魔力を人並みに持ちたいということだった。
「なら、魔法が使えるようにはできないのか?」
「それはできません、あなたはそもそも身体のつくりが違ってしまっているのです。仮に私が何かしたところで魔力受容体がありませんから、魔力を扱うことはできません」
「なんだ……そうなのか……」
アルはがっくしして、肩を落とす。そううまい話はないだろうとは思っていたが、やはり真実をほかならぬ神から告げられると、ショックだ。
「あ、でも一つだけ方法はありますよ。一度死んで、もう一度身体を作り直せばいいんです」
女神がとんでもないことを口にする。アルは顔面蒼白になる。
「そ、それは遠慮したいです……」
「では代わりに他のことで……」
(とはいってもなぁ……ほかに得たい能力は特にないし。剣術は極めたのだからやはり他となると魔法のことしか思い浮かばない)
アルの考えを察したのか、女神は、
「ではこれはどうでしょう?」
なにやらアルに光る石のようなものを手渡した。
「これは?」
「それは魔力石といって、永遠に魔力を放出しつづける石です。あなたの杖に組み込めば、無限に魔法が撃てますよ」
「……!? それは、ありがたい! 今の水晶じゃあせいぜい数十回魔法を使ったら打ち止めになってたからな……」
「では、あなたの人生に幸運あらんことを……」
「あ、ちょ……!」
女神がそう言い終わると同時に、アルの意識が現実へと引き戻される。
目を開けると、女神の姿はどこにもなく、目の前にあるのはただの女神像だけだ。
外を見ると先ほどと全く変わらない明るさで、通行人や立ち止まって話し込んでいる人の位置もそのままだ。
「なんだったんだ今のは……」
アルが独り言ちると、横にいた先ほどの修道女が声をかけた。
「どうしたんですか……? 顔色が悪いようですけど……?」
修道女の声は先ほどとは打って変わって、清楚で穏やかな喋り口調だ。
まるでアルのことを初対面のような顔で見つめてくる。
「え、いや……その……」
「もし体調が悪いようでしたら、修道院にベッドがありますから、そこで休んでいってくださいね?」
修道女は満面の笑みで、アルに優しさを向ける。
「は、はぁ……ありがとうございます」
(なんだこのシスター……さっきのことを覚えてないのか? 女神に操られていたのか?)
アルはなんだか不気味になって修道院を後にした。
その足で、カイドの工房に再び戻る。
「お、アルじゃねえか、さっきぶりだな。どうしたんだ?」
アルはカイドにさきほど女神にもらった魔力石を見せた。
「おいおいこれは……! お前とんでもない代物をゲットしたな! どこで手に入れたんだ?」
「いやぁそれはちょっと……。内緒っていうことで」
「まぁいいけどよ……。ちょっと待ってな、今、水晶と入れ替えてやるからよ」
魔法陣の改良と違って、魔力石の装着はものの数分で済んだ。
女神が気を利かせて、水晶と同じ大きさの石をくれたからだろうか。
「ほらよ、これで魔法陣撃ち放題だぜ」
「おお! これはすごいですね」
アルは素振りのように素撃ちをしてみる。
無限に魔法を撃ち続けられるので、言い知れぬ万能感があった。
「大魔術師さまの誕生だな」
カイドがからかうように言う。
「茶化さないでくださいよ。いくら魔法を撃てても、結局僕自身に魔力はないんですから……」
「まあまあ、そうコンプレックスに思う必要もないんじゃねえのか? 剣の腕は一流で、魔法も杖さえあれば撃ち放題の最強少年なんだからよ。もうお前に勝てるような奴はいねぇんじゃないのか?」
「そうですかねぇ……。ま、とりあえず今日は助かりました。また来ます」
「おうよ」
アルはカイドと別れ、街を後にする。
街を出てすぐに、杖を構える。
草原はこの魔力石の効果を試すに絶好の場所だった。
――人体加速。
アルの世界が加速する。
さして障害物もないから、気持ちよく草原を走り抜ける。
森へ入ってからは少し慎重になってスピードを落とすが、それでもものの数分で村へと帰りついた。
村へ着くとアルは倒れてしまった。
「あ、この魔法使うと疲労がすごいの忘れてた……」