23.決戦!! - 前編
村に戻って来たアルたちは、驚愕することになる。
なんとカイべルヘルト家の追手は、既に去ったあとだったからだ。
「……で、みんなで奴らを追い返してしまったの……?」
「そうなんだ! すごいだろう……!」
ナッツが鼻高々に自慢する。
「はぁ……」
アルは深く嘆息した。
ミュレットだけが無邪気に、
「すごいじゃない、ナッツ! 子供たちだけで敵を倒してしまうだなんて! これもアルの教育のおかげね! ねぇ、アル?」
とはしゃいでいる。
それ自体は結構なのだが……、ナッツは若干面白くない気分になった。ミュレットはもっと自分を褒めてくれるだろうと思っていたのだが、結局ミュレットが一番強調したのはアルの手柄だったからだ。
それでナッツは嫌でも悟ることになる。自分ではミュレットの相手になれないと。恋敵であるアルには一生敵わないだろうと……。
だが当のアルは……。
「ねぇ、なんでアルはそんな浮かない顔なの?」
ミュレットが訊く。
「だって……そりゃあ、そんなことしてしまったら絶対またやってくるじゃないか……。せっかく僕が隠れてた意味も無くなるしね……。まあとにかくみんなが無事でいてくれてよかったよ……」
そこに話を聞いていた村長が割り込む。
「問題はそこなんじゃが、アル君……。なんとかならんかね?」
「相手は必ずより強力な体勢でやってくるでしょうね……。こちらも本気にならないとヤバいかも……。まあこの村に危害は加えさせませんよ。こっちもこうなったら徹底的にやってやる……!」
ポコット村という守りたいものができたからこそ、アルは今度こそ本気でカイべルヘルト家を潰す気だ。
村人は総出で準備に取り掛かった。防壁を作ったり、罠を貼ってみたり。
アルも仲間をさらに鍛えて待つことにした。
◇
そこからジークたちが戻ってくるのに、さほど時間はかからなかかった。
「おい、奴らが来たぞー!」
見張り台の上にいた村人が真っ先にそれを確認し、叫んだ。
どうやらアルの予想通り、ジークはさらに精鋭の使用人部隊を引き連れてやってきたようだ。
「来たな! この村に手出しはさせないぞ!」
アルは先陣を切ってジークたちの前に身体を晒した。
「そんな! 自分から出ていくなんて……。せっかくみんなで防衛を施したのに」
誰かが残念そうに、だがアルのことを心配してそう言った。
「いや、彼は最初から我々村人に戦わせる気はなかったんだ。自分だけで解決する気らしい……」
アルの目には確かな覚悟が宿っている。
「自分から出てくるとは馬鹿な奴だなぁ」
ジークは心底嬉しそうに、アルを舐めまわす目で見つめた。
「ジークさま、ここはわたくしにおまかせを」
そう言ってアルの目の前に立ちふさがった男は、大げさな鎧に身を包んでいた。
どうやらこいつが敵陣の切り札らしい。
「はっはっは、こいつの鎧は絶対に剣を通さない! いかに貴様が剣の腕で勝ろうとも、絶対に勝てない相手を用意したのだ!」
ジークはすでに勝ちを確信しており、高笑いが止まらない。
アルは冷静に相手を眺める。
(たしかに硬そうな鎧だな……あれならエルマキドゥクスのレプリカでも歯が立たないだろう。でも、今の僕の装備は剣ではない……!)
アルが抜いたのは剣ではなく、杖だった。持ち手の部分は剣聖の剣エルマキドゥクスによく似たものだが、その先についているのは刀身ではなく杖。
この杖を実践投入するのはこれが初めてになる。
ジークはアルの手にしたものを見て、驚きを隠せないようす。
「な、なんだそれは? 気でも狂ったか? 舐めるにもほどがあるぞ! そんなヘボい刀身の剣で、いったいどうやって戦う気なんだこいつは……!」
敵陣の雑魚たちもあまりのことに笑い出す。これは勝ったなと誰もがそう確信していた。
「なにを笑っているんだ? これは剣じゃないぞ?」
アルは不敵な笑みをこぼす。
「なに? お前は剣士だろう? それも凄腕の……それが剣でないならなんだというのだ!」
目の前の鎧の男が問いかける。
「これは……杖だ! 魔法のな……」
すると敵陣の嘲笑は一斉に勢いを増した。
「わっはっはっはっは、そいつが杖だと? 笑わせる、貴様が魔力ゼロの忌み子だということは既にみんな知っているぞ? そんなゼロのクズが魔法の杖なんか持っちゃってどうするつもりだよ? おままごとでもしようってのか?」
ジークがアルを挑発する。敵陣の笑いはなおも勢いを増して止まらない。
「笑ってる暇があればかかってこいよ」
アルも挑発で返す。
「ならばおのぞみ通りに、殺してやろう! こちらもそれが悲願だからな。やれ!」
ジークの命令で戦いの火ぶたが切られた。
後ろの雑魚どもは村の外周を囲う防壁を襲おうと一斉に散らばった。そして次々に防壁に群がろうとする。
だが防壁の上からは戦える村人たちが一斉に弓矢や火球魔法で応戦する。打ち下ろす形になっているのでジークの陣営はたまらない。上からのほうが有利だ。
「っく……ただの村人のくせに魔法を使いやがって小癪な……」
ジークがなおも苦戦する味方に歯噛みする。せっかく陣営を立て直して出直したのにこれでは前と同じではないか。
「よし、村は大丈夫そうだな……。雑魚はみんなに任せるか」
アルは安心して目の前の敵大将に向き直る。
突然、村人からの火球が、目の前の鎧の男にぶち当たる。
――ボシュ。
鎧は金属だから、溶けはしないまでも熱でダメージがあるかもしれない。アルは一瞬期待したが、それは間違いだったと気づく。
鎧男は何食わぬ顔で、
「フン、こんな火球がアダマンタイト製の不死身鎧にかなうわけないだろう!」
「なに!? アダマンタイト製だと!?」
村人の一人が鎧男の発言に驚く。無理もない、そんな代物を持ち出されては普通の手段ではなす術もない。
だがアルはそれでもいたって冷静だ。なにか弱点はないかと目を凝らし、思考を巡らせている。
「おお! さすがはアダマンタイト製の鎧! これならお前ひとりでも勝てそうだなぁ」
ジークは不安の表情をほどき、勝利の確信を取り戻す。アダマンタイト製の鎧を着ているのがこの男一人なのはおそらく予算の都合なのだろう。さすがの貴族といえど、これが限界なはずだ。
「ええ、わたくしに任せてください。この鎧は火も、剣も通しません! さあアル・バーナモントよ、覚悟するんだなぁ!」
鎧の男はのっしのっしとアルへと歩を進め、詰め寄る。
その硬度と引き換えに、その動きは非常に遅い。それに同じく強硬度の大剣も持っているものだから二重に重いはずだ。
男の歩いた後には地面がへこんで跡ができているほどだ。
逆に言えば、そののろさこそが唯一の弱点ともいえる。
アルはそこに勝機を見出した。
「まあ剣の達人に対してアダマンタイト製の鎧を用意したとこは褒めてやろう……。たしかに僕も剣だけだったらどうしようもなかったかもしれない……」
(まあそれでもやりようはあったのだが……)
アルは前世でもそういった相手と何度も戦っている。当然、思いつく対処法はいくつもある。
「あ? 何が言いたい?」
「だがそんなもので僕に勝てると思ったら大間違いだ」
「……は?」




