16.道中
村を出たアルとミュレットは、森の中をただひたすら進んでいた。方角としては合っているはずなのだが、こうも同じ景色ばかりが続くと不安になってくる。
本来であれば街へは、一日二日あればたどり着く道のりなのだが……。子供の足ということもあるし、今のところ馬車のあてもない。
すでに二人はうんざりしてきていた。口数も少なくなってきている。
「ねぇ……ミュレット、あとどれくらい歩けば森を出られるの?」
「そうねぇ……まああと二時間くらいかしら……」
「はぁ……まだそんなに……」
そんな会話をしてからすでに一時間以上が経過している。そろそろ森を抜けてもいいころだろうと文句をいいかけたところで、遠くに明かりが見えてきた。
「あ! あそこまで行けば開けたところに出るんじゃないかな?」
「ようやくね……」
二人の顔に生気が戻り、疲れていたはずの足も軽やかになって駆け出す。
森を抜けるとそこは見渡す限り一面の草原であった。
「おお……」
アルは感嘆しつつ目を腕で覆う。ずっと暗い森の中にいたせいで、遮るものがない直射の日光が、やけにまぶしい。
まちがいなくアルが今世でいままでに目にした最大の草原だった。
しかし目の届く範囲に建物などはなく……まだ目的の街までは遠そうだ。
草原を少し行くと馬車が通れそうな幅の、土でできた道が現れた。
「馬車の跡だね……」
「追いかければまだ間に合うかも……。もしかしたら乗せていってもらえるかもしれないわ!」
僅かな期待を胸に、二人はまた駆け出す。
◇
馬車の主はしがない商人の男で、軽く事情を話すと気前よく乗せてくれた。小さい子供の二人旅というのが珍しいことだったからかもしれない。理由はなんであれ、商人の人のよさそうな笑顔を見れば、裏がないことは確かだった。
商人がアルたちに、
「まだもう少しかかるから、それまで二人でおしゃべりでもしてるといいよ」
というので、その言葉に甘えさせてもらうことにした。
二人は馬車の屋根の上に座り、景色を楽しみつつ到着を待つ。馬車の中は商品で埋まっていたのでそこしか座れるところがなかった。
雑談の中で、二人はある問題点に気づく。
「そういえば……街に入ったら、僕に魔力がないことを隠さないといけない……」
「あ、確かにそうね! 村と違って、街には魔法に精通した人たちもたくさんいるだろうしね……。それに……偏見とかも……」
ミュレットが心配そうにアルの顔色をうかがう。アルは村での暮らしに慣れきって、完全に失念していたのだ。自分が忌み子と呼ばれる存在であることを……。
「前は魔力布で隠せてたんだけど……。壊れちゃったうえに、それも家を出るときに置いて来てしまったからなぁ……」
壊れてしまっても、アルにとって大事なものであることに依然変わりはなかったが、あのときは咄嗟のことで忘れてしまっていた。
「新しく魔力布を買ったり作ったりすることはできないの?」
「うーん、それも考えたんだけど……あれは結構特殊な製法を用いるから、そこそこの値段するんだよね……」
もちろん小さな村で暮らしていた二人は、そんなお金を持っていない。ミレーユに持たされたのは最低限の旅費くらいだ。
「そうだ! 私、いいことを思いついたわ!」
ミュレットが急に大声を上げて立ち上がった。揺れる馬車の上で急に姿勢を変えたものだから、ミュレットは「おっとっと」とバランスを崩す。
アルがそれを抱き寄せて制止する。
「ちょっと! 急にどうしたんだ? あぶないじゃないか!」
「えへへ……ありがとう、アル」
物音と共に二人がイチャイチャしだしたものだから、商人の男も気になって後ろを見やる。アルはそれに気まずそうに会釈と苦笑いで返す。
「もう……乗せてもらってるんだからお行儀よくしてないと……!」
「ごめんごめん」
「それで、思いついたいいことって、なに?」
アルが改めて問いただすと、ミュレットは無言で彼の手を握った。
「……?」
なんのことかわからずに、アルは首を傾げる。急に手を握られて照れがない訳ではなかったが、それはあまり態度にでず、僅かに頬を赤らめるにとどまった。
ミュレットはそれを不満に思ったのか、それとも無言の説明が伝わらなかったことが不満なのか……すこし困ったような怒ったような顔でアルを睨んだ。
そんなに睨まれてもやはりアルには伝わっていない。
「ねえミュレット、意地悪しないでちゃんと説明してよ!」
「もう、まだわかんないの? アルったら……。まさに、コレよ、コレ!」
ミュレットは繋いだ手をぶんぶん縦に振って強調する。
「なにか感じない……?」
「そう言われてみれば……確かになにか温かい感じがする」
アルは言われて初めて、自分の身体に広がる体温以外の温かみに気づいた。なにか液体の中に浸かっているような、そんな不思議な感覚がある。そしてアルはそれを感じるのはこれが初めてではないことにも気づく。
「まさか……ミュレットの魔力!?」
ミュレットが無言で頷く。
彼女は自信の身体を纏う魔力をアルにも分け与えていたのだ。
魔力を認識できる人間は身体の表面にも僅かに魔力を纏っている。
彼女は手をつなぐことでアルをも自分の身体の一部のように扱い、魔力を纏う範囲を広げたにすぎない。だがそうすることでまるでアルにも魔力が存在するように見える。
「これなら……気づかれないかもね……!」
アルの顔が一気に笑顔になり、つられてミュレットも笑顔になる。自分の提案が受け入れられたこと、そしてそれによって彼が喜んだこと……ミュレットにとってはそれが何よりの幸せだった。
だが、アルはまたある問題点に気づいて固まる。
「あのーミュレットさん……?」
「……ん?」
「これって……ずっと手を繋いでないとできないですか?」
なぜか敬語のアルに、ミュレットは不敵な笑みを返す。
もちろん手を繋いでいなくとも工夫をして密着すれば魔力の共有はできたかもしれない。しかしミュレットはこう返す。
「なにか問題でも……?」
「……いやー……」
アルは、やはり彼女もミレーユの娘だなと思う。恐ろしい血筋だ。
「つまり僕たちは街にいるあいだ、ずっと手を繋いだまま過ごさないといけないってことかな……?」
「そうなるね」
アルは深く嘆息する。ミュレットはなぜか嬉しそうだ。




