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14.村を出よう


「……と、いうわけなんで、僕、村を出ます!」


「……はぁ!?」


 村長の家、兼集会所となっているその場所で、アルの突然の告白に、村人全員が異口同音に驚いた。


「前にも話した通り、一応僕は追われる身なんですよ……僕としては大好きなこの村に面倒事を持ち込みたくはないんで、とりあえず出ていくことにしました」


 村人たちは納得がいかない様子で、


「何言ってるんだ……!?」


「そうよ、そうよ、迷惑だなんて気にしなくてもいいのよ! アルはもうみんなの家族なんだから」


「そうだぜ! そんな奴らが来ても、俺たちがぶっ飛ばしてやるよ!」


 アルに師事している子供たちが、威勢よく立ち上がった。


「ははは……気持ちは嬉しいんだけどね……。そのへんの魔物ならともかく、相手は貴族の一家だし……まだ君らには勝てない相手かな……数も多いしね。それに、貴族に逆らったりなんかしたら、それこそこの村はどうなるかわからない」


「そんな……、他に方法はないの?」


「そうだな……まあ奴らがここにやってきても僕が居なければそのうちほとぼりも冷めるだろう。そしたら、また帰ってくることにするよ」


「絶対だぞ!?」


「僕がいない間、村の防衛はみんなに任せたよ。もう君たちだけで下級の魔物くらいなら倒せるはずさ!」


 そのような一幕があり、村人はみなアルとの別れを惜しんだ。


 また宴会が開かれ、それぞれに言葉を交わし合った。


 唯一ミュレットだけがいまだ口を開かないままいるのだった。


「ミュレット……?」


 家に帰り、家族だけになっても口を開かないものだから、アルも心配して声をかける。


「私、アルと離れるのいやだよ。せっかく家族になれたのに……」


 ミレーユも心配そうな目で二人を見つめる。


「離れるといっても、またすぐ帰ってくるよ。ちょっとの間、身を隠すだけさ」


 口ではそう言うものの、やはり村にこれ以上の危険を持ち込むのは絶対に避けたい。そういう思いで、アルは戻らないつもりでいた。それをいっしょに暮らしてきたミュレットだけは見抜いていたのかもしれない。


「嘘よ……」


「ほんとさ……」


「じゃあどうやってほとぼりが冷めたことを知るっていうの? いつのタイミングで戻ってくるっていうの? 一年後? 二年後? それとも十年後? まさか永遠に戻らないっていつもりじゃないかしら!?」


 いまにも泣き出しそうなミュレット、そして図星を突かれた顔のアル。


 見かねたミレーユが助け舟を出した。


「近くの大きめの街に、親せきのおばさんが住んでるから、そこを頼ればいいわ。そこなら手紙のやりとりもできるし、私が知らせるから……」


「そうね、それならアルが逃げそうになってもわかるから、安心だわ……!」


「いやいや、そこまでしてもらうわけには……」


 そんなことをされては、余計に村を離れ辛くなる、とアルは首を振る。


「アル……!」


 ミレーユが有無を言わさぬ表情でにらみつけると、アルは一瞬にして態度を変えた。


「はい」


「なぁに? アルったら、私の言うことは聞けないのに、ママに睨まれたらなんでも頷いちゃって……なんだかおもしろくないわ!」


 ミュレットが拗ねてむくれる。いつものことだ。


「アルはママには頭が上がらないのよねー?」


 ミレーユが面白がってアルをつんつんつついた。


「は、はい。それはもう……」


 そう、例のあの日以来、いまだにアルはミレーユに逆らえないでいる。





 アルが村を離れるまでにはまだいくらか猶予がある。カイべルヘルト家の使用人が、仲間が帰ってこないことを不審に思い、屋敷に帰って報告するまでには三、四日かかるだろう。


 そこからカイべルヘルト家の者たちが再びこの村の所在を突き止め、実際にアルを探しにくるのは、一週間は先のことになる。


 それまでにアルは、できるだけ村の者を強くしようと考えた。


 もちろん追手が村に到着したときにはアルの痕跡は何も残っていないはずだが、万が一ということもある。村人を鍛えておいて損になることはない。


 訓練のさなか、アルは一人の少年に向かって歩いていく。


 少年は素振りの途中で、後ろから近づいてくる彼の気配に気づくそぶりもない。


 近づいて行って、肩に手を置く。


「村のこと、それから……ミレーユやミュレットのこと、頼んだよ」


 アルは一番信用の置ける友人にそう告げた。


 彼はナッツといって、これまたアルと同年代の村の少年だ。


 ナッツは剣術で抜きんでた成績をあげ、その熱心な姿は、アルに一目を置かせた。


 彼は振り返り、


「おう、まかせておきなよ! 安心してアルは街に行って隠れてろ」


 彼らが仲を深めるに至ったのは、ナッツがアルにある相談を持ち掛けたことがきっかけだ。


 これは数週間前、まだ彼らが戦闘の訓練を開始する前にまでさかのぼる。


「アル、ミュレットを助けてくれたこと、本当に感謝しているぜ?」


 それは村人全員の思いと同じだったが、ナッツは特にそう思っていた。というのも、それは彼が幼いころからミュレットに思いを寄せていることに起因する。


「君は、確か……ナッツだったっけ?」


 彼らは軽く自己紹介の挨拶を交わした。


「アルは、今はミュレットんちでいっしょに暮してんだよな……?」


 ナッツはあくまで淡々として告げた。そこに嫉妬の感情は入り混じっていない。ミュレットとアルはまだ知り合って日も浅く、一つ屋根の下に暮らしたとてどうこうという感じでもなかったし、なにより、アルのその可憐な見た目が、ナッツのライバル感情を殺したのだ。


「まあ、そうだけど……それがなにか?」


「オレ、実は昔っから……ミュレットのことが好きなんだよな……だから、その……お前にいろいろ協力してもらいたいと思って……」


「ふむふむ。なるほどー……そういうことか……」


 アルは興味深そうに、ニヤニヤとナッツを見つめる。剣聖エルフォとしての生活は、色恋とは無縁のものであったため、こういったイベントはアルにとってとても新鮮で懐かしいものに感じた。


 もちろん剣聖に言い寄ってくる輩は腐るほどいたが、そのどれもが、名声や金や、その他もろもろの薄汚い欲望を元にした動機の者だったので、こういったピュアな恋愛感情とはほとほとご無沙汰だったのだ。


「な、なんだよ……そんな茶化すことないじゃんか……!」


 ナッツはアルの冷やかすような反応をみて、顔を赤らめる。


「いや、わるいわるい。そういうつもりじゃなかったんだ……。まあとにかく、僕は君とミュレットがくっつくようにアシストをすればいいんだね? 恋のキューピットというわけだ」


「お、おう。頼めるか?」


「任せておきなよ!」


 アルは満面の笑みで無邪気にピースした。


 こうしてナッツはアルへの牽制に成功し、アルは愚かにもミュレットの恋心に気がつかないままなのであった。


 アルがミュレットを異性として意識するようになるのは、まだ先のこと。


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