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10.あたらしい家族


 ミレーユとミュレットの家は村の中心からは少し外れたところに位置しており、いささか物騒に思えた。


 家自体はなんの変哲もない木造の民家で、二人で住むには少々手に余る広さをしていた。父親が他界する前は三人で暮らしていたはずだから当たり前と言えば当たり前か、とアルは勝手に納得する。


 家に入ってすぐのリビングには四角いダイニングテーブルが置かれ、その中心には蝋燭が置かれている。


 ミレーユは入ってすぐ明かりを灯すと、椅子に座り、アルに手招きした。


「そんな入口で突っ立ってないで、こっちにきて座りなさいな……。自分の家だと思ってくれていいんだからね……?」


「ど、どうも……」


 あまり優しくされることに慣れてないせいか、どうにもアルは照れてしまう。


 ミレーユの横にミュレットが座り、その向かいにアルが腰かける。


「あなたには本当に感謝しているわ……あなたがあの時現れなかったら……私はどうなっていたかわからないですもの……」


 ミレーユがあらためてお礼を口にする。


「いえいえ、本当にもうこちらこそ泊めていただいて感謝しきれないくらいですよ……」


「敬語!」


 ミレーユがびしっと姿勢を正して、人差し指をアルの目の前に突き立てる。


「……え?」


「私たちはもう家族なんだから敬語はつかわないでちょうだい」


「え、いや……まだ家族になったつもりはないのですが……」


 アルは冷や汗をたらして苦笑い。


「それと……、私のことはミレーユじゃなくてママ(・・)って呼んでちょうだいね……?」


 ニコッと不敵な笑みを浮かべるミレーユに、アルは身の危険を感じざるを得ないのだった。


「……ぜ、ぜぜぜぜ、絶対ムリですぅー!!!」


 ポコット村の静かな夜に、アルの悲鳴がこだました。


 



 いくつか雑談をして、夜も更けてきた。


 就寝の間際になって、アルはようやくある懸念を抱く。


(アレ……僕ってどのベッドで寝るんだ……? さすがにミレーユさんも、一緒に寝ようなんて考えてないよな……? 僕一応中身は大人の男だし……)


 だが当然二人暮らしの家に、余分なベッドなどあるはずもなく……。


 寝室に通されると、そこには大きなサイズのベッドが一つ存在するのみだった。


「私たちはいつもここで親子そろって寝ているのよ……?」


 ミレーユがベッドに腰かけ、ぽんぽんと布団をたたく。こっちに来いという意味なのだろうが、それはアルに対してではなく、娘のミュレットにやっているのだろうと、アルは現実逃避に陥るのであった。


 ミュレットはなんだか嬉しそうに、ベッドに駆け寄り、ぽんっと飛び乗った。


「あ、じゃあ……僕はリビングの床で寝ますね……あ、野宿や過酷な環境での睡眠には育ち柄慣れていますのでお構いなく。じゃ!」


 アルがそう言い残して去ろうとすると、ミレーユが後ろからむぎゅーっと羽交い絞めにしてきた。


「私たちはいつもここで親子そろって(・・・・・・)寝ているのよ……?」


 さっきより暗いトーンで、ミレーユが言う。アルの背筋に緊張が走る。そしてそれは決して、アルの背中に押し付けられたミレーユの豊満な胸のせいではないはずだ。


「あの、ミレーユさん……? なぜさっきと同じことを言いなおすのです……?」


「アル君も親子だものね……?」


 確認するように訊いてくる。


「ちがいます……! 僕はあなたから産まれた覚えはありませんから……!」


 ぐぎぎ……と力を込めてアルが前に進もうとするが、ミレーユは強く抱きついていて離れない。


 そのまま数センチ、ミレーユを引きずって歩く。


「お願いおねがぁーい!」


 アルの背中に、ミレーユが頬ずりして泣きわめく。母親面しようとしてきたり、子供みたいに駄々をこねたりと、愉快な人だと思いつつも、アルは、


「あーもう! 鬱陶しい!」


 腕をばたばたさせてミレーユの腕を振りほどく。


 その一連のやり取りを黙って見ていたミュレットが、


「うふふ……」


 と小さな笑いをこぼした。


「ミュレット……?」


 アルがミュレットを見やると、さらに笑いが大きくなった。


「あっはっは! おかしい!ママとアルったら、本当に親子みたいに仲がいいんだもの!」


 それにつられて、アルもミレーユもいっしょに笑いだした。


「あはは! だって、ミレーユさんがおかしいんだもん!」


「あっはは! たしかに! さっきのはちょっとやりすぎかもね……」


 ミレーユは涙を流して笑っている。


 アルはなんだかそれで打ち解けた気がして、(もうどうにでもなれ!)と状況に身を任せる気になった。


 大人しくアルもベッドに腰かける。


 アルがミュレットの横に寝転ぼうとすると、すかさず、その間にミレーユが割り込んできた。


「あら、ダメよ、アル君。ミュレットの横には寝かせられないわ……」


「……へ?」


「あなたとミュレットは兄妹みたいなものだけど、血は繋がってないんだから……ホラ、間違いがあっちゃ困るでしょ……? アル君も一応男の子なんだと思うし……」


(いつの間に兄妹にされたんだ……。あくまでもこの人は僕を息子にする気だぞ……)


「は、はぁ……まあ確かにそうですね。ミュレットも年頃の女の子ですし、僕の横で寝るとゆうのは嫌でしょうしね……」


 ミュレットはミレーユの後ろで「嫌じゃないよー」と首を振ってアピールする。


「頃合いが来たら……間違いがあってもいいんだけどね……?」


 ミレーユがミュレットに聞こえないようにしてアルに耳打ちする。


(ぶー! 九歳の子供になんっつーこと言うんだこの人は……!)


 ミュレットはそれを興味深そうに後ろで見ていた。


 そのまましばらく横になって会話してるうちに、ミュレットもミレーユも眠りに落ちてしまった。


 アルだけはなんだか冴えてしまって、なかなか寝付けないでいた。


 ミレーユに対して背を向ける形で寝ていたものの、後ろからは僅かに体温が伝わってくる。


(うぅ……この布団もすっごいいい匂いだし、やっぱりこんなの眠れるわけがないよなぁ……)


 それでもこの数日の疲労がたまっていたのか、いつのまにかアルも眠りに落ちていった。





 アルは悪夢にうなされていた。母親を失って以来、定期的に襲われる悪夢だ。


「……うう……母さん……」


 先に目覚めていたミレーユは、その寝言を聞き逃さなかった。


「はぁい、ママでちゅよー」


 寝ているうちにアルの身体はミレーユの方を向いており、その顔はミレーユの胸元すれすれまできていた。ミレーユはそれを自分の身体へと抱き寄せ、その大きな胸で受け止めた。


 半分寝ぼけているアルの顔に、柔らかい感触が襲い掛かる。なにか大自然的なものに包まれているような夢を見て、幸せでいっぱいになった。


「うぅ……幸せだ……」


 アルの寝言が前向きなものに変わり、抱きしめた甲斐があったなと、ミレーユはご満悦だ。


 アルはそのまましばらく幸せなまどろみに浸った。


 ミレーユも、まだ布団を抜け出るにはあまりにも朝早くなので、そのままうつらうつらしていた。


 だが、突然アルの身体が跳ね上がって、びくっびくっと震えだした。震えは一瞬で収まったが、あまりの衝撃でアルは目を覚ます。


 ミレーユもびっくりして身体を起こした。


 アルは自分の下半身を確認し、事の次第を理解する。


「あ、あの……ミレーユさん! こ、これは、ちがくて……その……その……」


 あまりの申し訳なさと恥ずかしさに、アルは謝罪の言葉も見つからない。


 だがミレーユはというといたずらっ子のような顔で笑い出し、


「うふふ……アル君ったら……どんな夢をみてたのかしらねぇ……」


「いや……ほんと、ごめんなさい! 僕みたいな汚らわしいゴミムシはさっさとこの村から出ていくので許してくださいどうかどうかみんなにはこのことは黙っていてくださいお願いしますお願いします!」


 アルは寝ぼけた頭で考えた精一杯の謝辞をまくしたてる。


「あらー、私、怒ってなんかないわよ? だって、アル君だって男の子だもの……ねぇ? それに……若干私のせいなところもあるし……」


 とミレーユは苦笑い。


「へ……?」


「ま、まあとにかく洗濯してあげるから、脱ぎなさいな! ほら、はやくしないとミュレットが起きちゃうわよ……!」


(む……たしかにそれはマズイ)


 アルとミレーユはまだ眠っているミュレットをその場に残して、洗濯場へと歩いて行った。


 洗濯は【洗濯樽】と呼ばれる魔法道具によって行われる。【洗濯樽】にはあらかじめ製造段階で半永久的に持続するように魔力が込められており、魔力が扱えない人でも使えるようになっている。


 【洗濯樽】は過疎の村といえども全家庭に備え付けてあるほどに、生活必需品だった。


 半永久的に持続する魔法道具というととてつもなく強力なものに思えるが、これは【洗濯樽】が「回転」という単純な動作で機能するからこそ可能な芸当であり、もっと複雑な機械となるとこうはいかない。


(いやーまさかこんな形で粗相をいたすとは……そうかこの身体ももう九歳だもんな……。そろそろそうなっても(・・・・・・)おかしくないよな……)


 アルはもう恥ずかしさのあまり消えてしまいたい思いだった。


「重ね重ね、もうほんと申し訳ないです……。洗濯までさせてしまって……」


 アルは深々と頭を下げる。


「敬語! 昨日も言ったけど?」


「あ、はい。えーっと、今度から気を付けるよ、ミレーユさん」


 もうミレーユに頭が上がらない思いのアルは、素直に敬語を直すことを誓った。


「ミレーユさん? ママでしょ……?」


「え……それはさすがに……ねぇ……?」


 ミレーユから無言の圧力がかかる。


 いい年こいて赤の他人をママ呼ばわりするのは、アルにとってなんとも気恥ずかしいし、ぜひご勘弁願いたかったが、そうも言ってられない。


 ある意味弱みを握られたような形になってしまい、ああもうこの人には今後一切逆らえないのだろうなぁと、アルは心中穏やかではなかった。


「ま、ママ……?」


 アルが恐る恐るそう声に出すと、ミレーユは満面の笑みを浮かべて、アルの頭を撫でまわした。


「そう! よくできました! あーもうほんと、アル君ってかわいいんだから」


(ダメだ……ここに居るとダメになる……この人は男を、人をダメにする……ママ属性が強すぎる!!!)


 アルはいろいろと覚悟を決めたのだった。


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ハイファンの追放ものと異世界恋愛を混ぜたような作品です!

エルフ美少女が国をつくったりチートで暴れたりします!


【連載版】老害扱いされ隠居した不老不死の大賢者であるエルフ美少女は田舎でスローライフを送りたい~私をBBA呼ばわりして婚約破棄した若い王子がいたらしいけどもう忘れました~世界の秩序が大変?知るかボケ。

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