CAR LOVE LETTER 「Mid night Dreamer」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:TOYOTA Vits(NCP91),SUZUKI CAPPUCCINO(EA21R)>
今日も俺は峠に来ている。
今夜はここで知り合ったFDの人と追い掛けっこだ。
さすがに登りの高速セクションじゃ歯が立たないが中腹のテクニカルな所では、まだこっちにも分がある。
みんなは俺の車を所詮ヴィッツと言うけれど、こいつをそんじょそこらのヴィッツと一緒にしてもらっちゃ困る。
こいつはワンメイクレース専用なんだ。
レース用だから何が違うって訳じゃない。逆にレース用だから、改造も自由じゃないし、いじったハチロクの方が速いかも知れない。
けれど、そんな制限された枠内で精一杯の走りをする、そして無制限の相手に一矢報いる事ができれば、それがレースの為の自信にも繋がるんだ。
とは言っても、まだレースには一度しか出たことは無い。
しかもレースは予戦落ち。コンソレーションレースもほとんどブービー。
メチャクチャヘコンで、練習有るのみと思ってるんだが、サーキットに行くにも金が掛る。
なので今はこの峠でいろんな相手と異種格闘技、という感じだ。
もうずいぶん夜も遅い時間になってきた。
FDの人は、明日仕事で早いから、とここで退散。俺は他の車を追い掛ける事にした。
格上の車にも意外と着いて行ける。最近ではかなり自信も付いてきた。
ヴィッツなんかで峠を掻き回しているもんだから、ヤマアラシなんてあだ名も付いているみたいだ。ちょっと気分がいいね。
今はこんな所で走っているけど、いつかはスーパーGTやフォーミュラニッポンのドライバーになってやる。それが俺の夢であり目標だ。
そんなあだ名だけじゃ満足しないぜ。
次の獲物を探していると、銀色のカプチーノが現れた。
軽じゃなぁ。そう思っていたのだが、明らかに登りの加速がおかしい。更に展望台を流しっぱなしで抜けてくじゃないか。こいつはとんだ食わせ者だぜ。
俺が相手なら、退屈はさせないぜ!
カプチーノが戻って来て、再度スタート地点に並ぶのを確認して、素早くヴィッツを後ろに滑り込ませる。
さあ行くぜ!ふやけた走り見せたらケツつっつくぜ!
カプチーノもその気の様だ。スタート前にハザードを一回、この峠ではヨロシクって合図だ。
カプチーノと俺のヴィッツは、つづら折れのコースに向かって突撃する。
背中がゾクゾクし、脳の奥の方がチリチリ焦げる様な、そんな興奮を感じながらアクセルを床まで踏みつける。
確かに速いが、やっぱり軽だ。最初の高速セクションは楽なもんだ。勝負はこの先のテクニカルセクションだ!
しかしこのカプチーノ、車が安定してるというか、後ろから見てても不安感が全く無い。かなり良い車高調でも入れているに違いない。
バトルは中腹のテクニカルセクションに移行する。
ここからが本当の勝負だぜ!と思った瞬間、カプチーノがオーバースピードでコーナーへ進入する。
やっちまった!俺は目を細め、惨状を直視しないように備えた。
が、カプチーノはそのままの勢いを維持したまま、何事もなかったかの様にコーナーをクリアする。
まさか!
俺がコーナーをクリアした時には、カプチーノは次のコーナーのアプローチに入っている。
ふざけんな!このセクションは俺の十八番なんだ!軽ごときに千切られてたまるか!
今まで手加減していたつもりだったが、いつの間にか本気も本気、ギリギリの走りをしていた。
それでもカプチーノとの差は縮まらず、どんどん開いて行く一方。
頂上の折り返し地点のバスロータリーを、カプチーノはあざやかにドリフトを決め、下りのアタックに移行する。
下りに入っては、最早俺には全く打つ手無し、カプチーノのテールランプを拝む事すらできなかった・・・。
失意のままスタート地点に戻る俺。
カプチーノのドライバーは、車から降りてタバコをくわえてこっちに手をふっている。
それだけ差を付けられた、って事だ。
俺はそのまま素通りして帰って寝てしまおうとも考えたが、きっとすごいチューニングをしているに違いない。
自信を取り戻す為にも、少しカプチーノの人と話をしてみる事にした。
「元気いいねぇ。結構走ってるのかい?」
歳の頃は40後半位だろうか。カプチーノは人当たりのいいスリムなオジサンだった。
「そっちこそ。メチャクチャ速いじゃないですか。どんなチューニングしてるんですか?」
そう見えるかい?
カプチーノはにやりと笑って、驚愕の種明かしを始めた。
なんとエンジンはどノーマル!しかももうすぐ10万キロだと言うじゃないか!
この車は、少し前に友達が家のリフォーム代金捻出の為に泣く泣く手放した物だと言う。
エンジンも足回りも、その前オーナーから譲り受けた時のままだと言う。
タイヤだけはインチキしてるケドね、と言うカプチーノには、溶けたSタイヤがはめ込まれていた。
自分のホームコースで格下の車に負けたのが悔しくて仕方がない。
その気持ちを俺はカプチーノにやんわりと投げ掛けてみた。
すると、良くも悪くも、元気過ぎなのさ。もう少し落ち着いて走ればいいんじゃないかな、とカプチーノは答える。
カプチーノも若かりし頃、モータースポーツで名を馳せようと、それこそ競技と名の付くものには出まくったそうだ。
そんな経験もあるから、多少は車を転がす事が出来る様になったと言う。
モータースポーツでの思い出話もいくらかしてくれた。
ジムカーナの事や、ダートラやラリー、ワンメイクレースも走った事があると。
しかし成績はさほど奮わず、資金も苦しくなり、いつしか子供が生まれ、家を構え、モータースポーツなどと言っている場合じゃなくなったという。
この歳になって、やっと生活にも余裕が出て来て、友達のお下がり位であれば、オモチャを買ってもらえる許可が降りた訳だ。晩酌の本数半分が条件でね。
昔は誰よりも速く、それだけを求めて競技に出ていたけれど、今は違う車の楽しみ方をしている、と。
速さこそ全て。そう思っている俺にとって、こんなごたくは聞き入れられない話だった。
だがこの人は現にこの車で俺より圧倒的に速い。
ものすごくモヤモヤした気分だ。
俺のそんな態度を汲んでくれたのか、カプチーノはもう一つ口を開いた。
「俺は夢を途中で投げ出しちまったんだ。だが、君にはまだまだ夢を追い掛ける時間もエネルギーも、有るんじゃないかな。」
少しだけ気が楽になった。
俺がこの人と同じになると言う訳じゃない。
俺は俺のやり方でやって行けばいいんだ。
「さて、もちろんもう一本行くだろ?」
カプチーノはまたにやりと笑みを浮かべた。
翌日俺は、あまりの寝不足で学校をサボった。
モソモソと昼過ぎに起き、パンをかじりながら昨日の事を思い出していた。
その後カプチーノとは会うことはなかった。あれは夢だったのか?
だが、バスロータリーの細い二筋のブラックマークと、俺の心にしっかりと焼き付けられたあの人の走りが、現実であると証明している。
今日も俺は、峠に来ている。
夢と現実の間を漂いながら。




