騎士
鎧は身につけていない。
装飾の少ない黒い布の服に同色のズボンを履いている。
ナイトの色に服を合わせたのかとシュレーゲルは一瞬思ったが、ワンテンポ遅れて揺れた黒髪から、逆だと気がついた。
黒髪に、服装やナイトの色を合わせたんだ。
ナイトの色は特に決まりはないが、「黒いナイト」は歴戦の勇士のみに許されるのが一般的だ。
が、「自分の黒髪に合わせた」と言い張れば、少なくとも口先の戦いでは負けないだろう。
そう。「口先の戦い」だけなら。
目の前に立つ騎士は、歴戦の勇士どころか、まだあどけなさの残る子供に見えた。
黒い瞳に、ストレートの長い黒髪を頭の後ろで束ねている。
長さは背中に届くほどもある。
手にした剣の鞘も、やはり黒い。
そこから銀色の刃をすらりと抜いた……と思う。
剣を抜くさまも、振るうさまも、シュレーゲルには見えなかった。
が。ナイトから降りて彼の前に立つまで、確かに剣は鞘に収まっていた。
それがいつの間にか彼の右肩に、抜き身で乗っている。
ならば……抜いたのだろう。
剣の長さは八十五センチほどか。
シュレーゲルの持つ剣は、先ほどとっさに拾ったもので、長さは五十センチにも届かない。
つまり、シュレーゲルの剣は騎士に届かず、騎士の剣はほんの数センチ動かせば事足りる。
万事休すだ。
しかし彼は、自嘲とも嘲笑とも取れる苦笑がこぼれた。
まっすぐの鋼すらあつらえられなかったのか、反り返るように曲がっている。
しかも、刃は曲がった外側だけ、つまり「半分」しかない
反対側を研ぎ上げる予算すら用立てられなかった貧乏な駆け出し騎士だとシュレーゲルは判断した。
刃がないから、肩に剣を置かれても、いまだシュレーゲルの肩には傷一つついていない。
もっとも……多少、ほんの数分か数秒かあとには、彼の首がはねられるか、あるいは身体を袈裟斬りにされるだろう。
自称「神話研究者」、一般には「賢者」を名乗りつつも、実際には吟遊詩人と大差ない貧乏流転の人生を送ってきたシュレーゲルだ。
貧乏人が貧乏騎士に殺される、分相応な最後かもしれない。
肩に剣を乗せられたまま、存外に時間があったため、シュレーゲルは相手をまじまじと見られた。
見た目は成人ギリギリ、十五歳前後か。
もっとも、騎士を継げば、自動的に「成人」と見なされる。
「布の服」と感じたが、若干起毛し、ウールのようにも見える。
シュレーゲルの知らない素材だ。
が、身につけた宝石は、大豆程度の大きさしかない。
やはり貧乏騎士か。
もっとも、値踏みをしていたのはお互い様だろう。
シュレーゲルも、野盗や落ち武者狩りにしては胸当ての一つもなく、靴も木をくり抜いただけのもので、走るのには向かない。
緑色をした麻布の服は繕い痕が目立ち、どう見てもカネがあるようには見えない。
実際、村に帰って今回の「報酬」をもらえなければ、また雑草を食い川の水で流し込む牛馬のような生活にもどる、正真正銘の貧乏人だ。
「剣を捨てろ。貴様が振り下ろすのと私が刃を返すのと、どちらが早いか比べてみるか!」
やや甲高い声で、騎士は叫んだ。
年齢も身長も、とうぜん目の高さもシュレーゲルの方が上だが、彼は自分が圧倒されていることを自覚した。
さすがに幼くても騎士は騎士か。
身分がどうこうではなく、立ち居振る舞いで平民を圧倒する。
「私はエリザベート=カタリーナ=フォン=グロースリッター。騎士だ。貴様も名を名乗れ!」
……「エリザベート」?
女の名前だ。やはり目の前の騎士は女か?
細身の骨格とすらりとした顔立ちに納得しかけたが、騎士は「ズボン」を履いているし、言葉遣いも男言葉だ。
女ならばスカートでないと、教会がうるさい。
単純に、ナイトに乗るのにズボンの方が都合が良く、教会も目を瞑っているのかもしれないが、庶民にはあずかり知らない話だ。
ともあれ、先に名乗られたのならば、応えるのが礼だろう。
ここで自分が殺されても、騎士の記憶の片隅くらいには残るかもしれない。
「俺はシュレーゲル。近しい者や故郷の者はゲアハルトと呼んでいたが、久しくそんなやつはいない。しがない平民だ」
「その平民が騎士に、いやナイトに剣を向けるか!
それとも気がふれた、ただのたわけか!」
その言葉に、呆けていたシュレーゲルは我に返った。
「ああ。気もふれるさ! 何人死んだと、何人殺したと思っている!」
詰問するシュレーゲルに、騎士……エリザベートは、むしろ嗤った。
「他人を巻き込まないように、わざわざこんな荒れ地で決闘をした。
勝手に集まってきて、勝手に死ぬのまでは面倒が見られない。
ところで、まだ剣の速さを比べたいか?」
「あ……」
言われてシュレーゲルは構えたままの剣を離した。
トスリと地面に落ちた。
たしかに、エリザベートの方が筋が通っている。
死肉を貪ろうと集まってきた野犬に気を遣って、さらに我が身を野犬に捧げる聖人など、神話の中にもいない。
場所を変えたら変えたで、そこに野犬が来るだけだ。
あるいは野犬のたどり着けない場所で決闘をしても、無駄足を踏ませたと恨まれるうえに、「見届け人」もいない。
そうか。
シュレーゲルはようやく合点がいった。
自分の首が繋がっているのは、決闘の見届け人として選ばれただけだ。
有象無象の中で彼が選ばれたのは、たまたまナイトの正面に立って剣を構えたシュレーゲルの蛮勇に興味を覚えたか、単なる気まぐれだろう。
気まぐれなら、彼女の気が変わらないうちに話術で興味を引けないだろうか?
シュレーゲルは自分で言うのもおこがましいという自覚はあるが、神話の知識がある分、そこらの吟遊詩人よりも話題も経験も豊富だし、弁舌も立つと自認している。
生きながらえる目があるとわかって、彼は……生きながらえるすべを探した。
エリザベートの持っている「剣」が「何」かは、読者にはわかっていると思います。
1話冒頭の「神話」からして、「何」かも、読者にはわかっていると思います。
この話は、登場人物達と読者の「意識・認識の乖離」を、SF者の筆者が楽しんでいます。
前作「カージマー18」が、こっそり「マイフェアレディ」を下敷きにしていたように、本作にも現状では「下敷き」がありますが、筆者のことですから途中で軌道変更して、変な方向に進むとは思いますが(苦笑)
この話が短いのは、キャラクターたちの自己紹介(名前だけ)にフォーカスしたためです。
次はもう少し長くなります。たぶん。
いあ。よー知らんけど