表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァイン戦記  作者: 瀬戸 生駒
騎士
1/7

決闘

 古から伝わる神話の一節から。


「かつて神々は天をかけ、星を渡り、この大地に降り立った。

 大地は豊かに満ち、何本もの天を支える塔を、雲を貫いて建てた。

 塔から伸びる枝は太陽すら包み、塔から放たれる光はこの地をまばゆく照らした。

 さらなる光を求めて、民は塔に集まった。

 光にたどり着けなかった一部の民は、闇に沈んだ。

 いつしか闇は力を増して、総ての塔を倒した。

 塔からこぼれた光は天に戻って星となり、天と地は永遠に別れた」


 文章がおかしいのも含めてもっともらしい冒頭だが、さらに続く一節がこの神話を台無しにしている。


「柱に残った神々はその地の王になった」


 おそらくは、王家が己を正当化して尊さを高めようとして付け足したのだろうが、はっきり言って蛇足だ。

 むしろ、この文章がない方が、神話は神話としての貴さに勝る。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「先生、またそれかい。好きだねぇ」

「先生」と呼ばれた……青年と呼ぶには歳を取り過ぎ、壮年にはまだ早い黒髪の男は、革表紙の本を閉じた。

 前方に目をやる。

 そして、声をかけてきた、頬に大きな傷を持つ、中年男を見た。

 赤毛の中年男は片手に斧を持ち、地面に伏して、やはり前方を見ている。

「まだだ、カール。焦って飛び出したら……死ぬぞ!」

「けどよ。シュレーゲル先生。遅れたら全部持って行かれるぜ!」

 カールももう三十歳を過ぎて久しいらしい。

 ならば、寿命の三分の二は越えている。

 思い残すことは少なく、当面のまとまったカネを子供に残せればいいのだろう。

 せいぜい長生きしたところで、人生五十年だ。

 シュレーゲルは思わず苦笑した。

 神話の時代、人は平気で百年生きたという。

 そんな荒唐無稽が通用するから「神話」なのだが。


 シュレーゲルは前方を凝視しながら、やや腰を浮かして、けれども左手を後ろに伸ばして、カール達を制している。

 目は前を向いたままだ。

 その先では、「ナイト」が「決闘」をしていた。


「決闘」とは、「ナイト」どうしの、一対一の勝負だ。

「ナイト」とは、高さ十八メートルほどもある巨大な機械仕掛けのケンタウルスで、四本足の馬の身体に、人間の上半身が首の位置に生えている。

 そのヒト部分の腹が開き、「騎士」が乗り込む。

 ナイトの体躯を活かしたスピードとパワー、さらに全体を包む装甲によってヒトの放つ矢は歯が立たず、剣も槍も折れるだけだ。

 一騎のナイトは一千の兵士に匹敵し、「ナイトを倒せるのはナイトだけ」とも言われている。

 その決闘が今、目の前で行われている。


 神話時代の原始人ならたしかに巨人同士の戦いに映り、叙事詩の一編も詠んだだろうが、神話マニアのシュレーゲルはともかかく、カール達は現実に生きている。

 ナイトを包む装甲はすさまじく堅く、武器に転用すればこの上なく鋭い刃物になる。

 刃物に加工できなくても、鍛冶屋や商人に高値で売れる。


 ナイトの剣、鋼がぶつかり合うカーン! カーン! という高い音は遠く響き、他の村々からも、やはり同じ目的の連中が集まってきている。

 連中に出し抜かれては、せっかく集まってきた意味がない。

 ナイトのことはナイトに任せ、連中を蹴散らして「戦利品」を独占することができれば……。

 そのためには、他より早く獲物に駆け寄るしかないが、早すぎてもナイトのとばっちりで犬死にしかねない。

 その見極めのために、神話研究者として各地をまわり、多くの決闘を見てきたシュレーゲルが雇われた。

 カール以下二十人あまりが、シュレーゲルの指示を待っている。


 ……そろそろか。

 シュレーゲルは思った。

 黒いナイトの盾は弾じき飛ばされ、振り下ろされる剣を手甲でかろうじて凌いでいるだけだ。


 ナイトの決闘は、まずはランスを構えて全力疾走し、すれ違いざまにそれを突き出すことから始まる。

 もちろん、突きが決まって相手の腹や頭を貫ければ勝利が確定するが、よほどの力量差があっても、そんなことはまれだ。

 揺れる機体からの突きが急所に当たるのは技量よりも運に頼るところが大きいし、お互いに盾を持っていて、当たりそうな突きは盾ではじくから。

 多分に様式美の意味合いが大きいが、かといって「それだけ」でもない。


 数回……一般的には三回から五回ほどすれ違えば、相手の力量がわかる。

 ランスで盾を弾き飛ばせば、斬り結ぶまでもなく勝利が確定だ。

 黒いナイトは盾をはじかれてはいるが、しかし実際には斬り合っている。

 さらにランスは「馬」の腹に添えた金具に戻されている。


 ならば……ランス戦では辛うじて互角に凌いだが、そのあとの剣戟で盾をはじかれたか。

 力量差は明らかだが、騎士には「プライド」という余計な感情があるらしい。

 そのプライドとやらは、騎士にとっては、時に命よりも重いと聞く。

 技量の差を認めて敗者の礼を示し剣を納めてしまったら、命もナイトも傷つかないが、プライドが粉砕されるとか。

 まぁ、おかげでカールたちは、こうして「おこぼれ」を狙えるのだが。


 と。斜め前方の草むらが動き、男達が飛び出した。

 はじき飛ばされた盾を狙った、他の村の連中だ。

「バカが!」

 シュレーゲルはつぶやき、つられて飛び出しかけたカール達を、後ろ手に両手を広げて制した。

「けどよう、先生」

 不満を口にするカールの頭を押さえて、シュレーゲルは決闘の現場を、落ちた盾を指さした。

「ああなりたいのか!」


 黒い装甲のナイトは盾を拾おうとし、赤い装甲のナイトはそうはさせまいと、盾の上に前足を降ろす。

 ぐしゃり。

 盾の周りに集まった連中を躊躇なく踏みつぶし、蹴散らす。

 盾にとりついた連中も、赤いナイトが踏み降ろした足によって、盾の下で潰れた。


 ……ゴクリ。

 カールは生唾を飲み込んだ。

 飛び出したのが自分たちなら、盾の下でつぶされていただろう。


 追い詰められた黒いナイトの、最後の捨て身の反撃だろう。

 馬のいななきのように、ぐいんと両前足を高く上げ、勢いをつけて踏み降ろす。

 しかし、それすら読んでいたように、赤いナイトは右手の剣の先で盾を跳ね上げた。

 浮き上がった自分の盾によって、黒いナイトは一瞬視界を奪われた。


 どーん!


 赤いナイトが半歩後ずさった。

 そのため黒いナイトの前足はむなしく地面を叩き、動きが止まる。

 赤いナイトは一連の流れのまま、剣を横に薙いだ。


 ずどーん!

 どすっ!

 

 黒いナイトの右手の肘から先が、剣を握ったまま地面に落ちた。


「いくぜ、テメエら!」

 カールが駆け出す。

「馬鹿野郎! まだ早い!」

「うるせえ、チキン野郎! 村主には『なんの役にも立たなかった』って伝えてやるよ!」

 雄叫びを上げるカールに、彼の部下二十人あまりが続いた。


 シュレーゲルは歯ぎしりしたが、確かに勝負は付いている。

 次に赤いナイトが剣を薙げば、黒いナイトのクビは飛ぶ。

 そのあと、一番に負けたナイトにとりついたものが、一番多くの分け前を得られる。

 しかし、シュレーゲルは動けなかった。

 怯んだわけではない。

 生半可な吟遊詩人よりも多くの決闘を見てきた彼の本能が、踏み出すことを躊躇させた。


 剣もろとも右腕を落としておきながら、赤いナイトに油断はなかった。

 実質勝負はついていて、あとはセレモニーさながらクビをはね飛ばし、剣の先に掲げるだけだが、まだ左腕がある。

 それを踏まえて黒いナイトの右側にまわり、オーバーアクションもとらずゆっくりと、剣を黒いナイトの首筋に当てた。


 しかし、それが仇となった。

 黒いナイトが、ないはずの右腕を突いてきた。

 腕はないが、残った肘から衝角が伸びていた。

 それがザクリと赤いナイトの鳩尾に埋まった。


 衝角とは「ラム」とも呼ばれ、ナイトの主兵装が剣になるより以前の名残だ。

 今では様式美としての意味が大きく、頭につけていたり肩につけていたりする。

 が、黒いナイトにはそれが見えなかった。

 様式美も理解できない、若いチンピラ騎士かとシュレーゲルは思っていたが、しっかり本来の位置にあり、本来の使い方をしたんだ。


 鳩尾から「血」を流して、赤い騎士がひっくり返った。

 ……!

「カァーーーッル!」

 はっとして声を限りに叫び、シュレーゲルも駆けだしたが間に合わない。

 黒いナイトは、剣を掴んだままの自分の腕を拾い、剣を左手に持ち替えて、赤いナイトのクビを落とした。

 持ち上げた腕から、バラバラと人影が落ちる。

 その首に剣を刺し、高く掲げた。


 あの人影のどれかが、カール達だ。

 あの高さから落ちたら、まず助からない。

 仮に助かったとしても、手足の骨は砕け、もう野良仕事にも戻れないだろう。

 地面にうずくまり、かすかにビクン! ビクン! とのたうつ人影を、黒いナイトは躊躇なく踏みつけ、赤いナイトの剣を拾いあげる。

 他の村の連中だろうが、またバラバラと地面に落ちた。


 自分の剣を首から抜いて鞘に収め、赤いナイトの剣を持ち主の首に刺した。

「馬」の背に、自分の切り飛ばされた右腕を乗せる。

 そのたびに、人影が落ちる。

 まるで、決闘相手も群がる村人も弄ぶような仕草に、シュレーゲルは我を忘れた。

 足元に落ちていた、おそらく近くの肉片が持っていただろう剣を手にして、黒いナイトの正面に立ち、構えて怒鳴った。

「クソ畜生!」


 騎士は、兵士ではない。

 序列の末席ではあるが、貴族様だ。

 貴族の目から見れば、シュレーゲルなど虫けらか枯れ枝くらいにも気に止めず、踏みつぶしたところで良心の呵責などないだろう。

 それが喉も枯れよ絶叫したところで、羽虫が五月蠅いのを潰す程度の感覚で踏みつぶされても文句は言えない。


 しかしシュレーゲルは叫ばずにはいられなかった。

 胸から上だけになったカールの顔が彼の足元に転がって、カっと目を見開いてシュレーゲルを見ていたから。

 同じように殺すなら殺せ!

 村人から「先生」と呼ばれる彼にあるまじきヤケクソで、シュレーゲルは怒鳴った。


「クソ畜生のド外道が!」


 その声が届いたのか、ぐいんと黒いナイトの顔……といっても口も鼻もなく、中央に大きな丸いひとつ目があるだけだが、その目が下を向き、シュレーゲルを見た。

 文字通り、見下されている。

 間を置いて「ぷしゅー」と吐き出された蒸気は、ナイトの溜息か。

 ほどなく、ナイトの腹が6つに割れて、開いた。

 その奥は、暗くて見えないが、おそらく騎士がいるのだろう。


 シュレーゲルはナイトの顔ではなく、開いた腹の奥を凝視した。

 やがて黒いナイトが足を折りたたみ、腹の位置を下げた。

 まだたっぷり5メートルほどの高さはあるが、そこから黒い影が飛び出した。

 折りたたんだ前足や装甲の段差を足場にして、身軽にトントンとはねて、シュレーゲルの前に立った。

試しに「さわり」だけですが、投稿してみました。

あんまりストックがないので、不定期連載になります。

筆者がSF者なので、「ファンタジー」に偽装していますが……たぶんSFです(苦笑)


登場人物など、ドイツ風にしたので……すげー読みにくい!

これからの登場人物や地名など、さらに読みにくくなります。

初手から後悔中です(苦笑)


プロットは概ね決まっていますが、前述のようにストックが少ないので、反応次第で方向転換します。

要望や感想でふらふらしますので、お気軽にお声かけください。

あ。筆者は非常に打たれ弱いメンタルですので、そのあらりご高配くだされたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ