後篇
クラスメイトの女子。彼女が奴隷墜ちしたのは、ほぼ間違いなくカジノでの散財。一攫千金を狙ったのか、それ以前におカネを使い果たしてしまったから手っ取り早く稼げる手段としてカジノを選んだのか。正直、俺にとってはどうでもいい話だ。
しかも。現在この場所にいる生存者は、自由民である俺と、奴隷である彼女だけ。これもまた、俺にとって都合がいい。
この世界で奴隷は、「物」だ。人権以前に、あらゆる権利が認められない。自殺する自由さえないのだから。そして奴隷に対する権利は、常にその主人が持つ。
けれど、この元クラスメイトの少女。彼女の主人は、多分今回の戦闘で死亡した。
状況は容易に想像がつく。身の程知らずにも格上の魔物に挑み、けれど勝ち目がないと判断し。死ぬよりはマシだと奴隷を捨て石にしたにもかかわらず、皮肉にも生き残ったのはその奴隷ひとり。
さてこの場合。このフロアボスが隠し持つ宝物は、誰に権利があるでしょうか?
奴隷にはそれを主張する権利はない。つまり、俺が全て独占していい、という事になる。
更にここには、主人を失った奴隷がいる。この奴隷は、今後どうなるでしょうか?
「えっと、有り難う。助けてくれた、のよね?」
「いいや? 俺はアンタを助けちゃいない。アンタが一人、生き延びただけだ」
「……それって、ツンデレって奴? それとも、アニメかなんかの台詞の剽窃?」
「そんな話じゃないさ。だけど状況を理解出来ていないみたいだから、ひとつひとつ解説しよう。
アンタのご主人様は、今回の戦闘で死んだ。間違いないな?」
「うん。そこの戦士がそう。戦士が戦死、なんて、ギャグみたいよね♪」
「すると、アンタの今の立場は、『無主奴隷』になる」
「え? 主人がいなくなったら、解放されるんじゃないの?」
「奴隷は奴隷だ。仮令主人が死んでも、自由民に格上げされる訳じゃない。
この世界では、奴隷に権利はない。基本的人権すら尊重されない。ただの『物』だ。そして主人と奴隷が同じ場所にいて、主人が死んで奴隷だけが生き残ったというのであれば、その奴隷には主人殺しの容疑がかかる」
「そ、そんな。でも、キミが証言してくれれば――」
「俺がそんなことをして、何のメリットがある? もう一度言う。奴隷は『物』だ。石が落ちてきて人が死んだとき、遺族がその石に八つ当たりすることがあったとしても、その石を庇う人間なんかいない。
けど、目撃者は俺しかいないから、俺が見なかったことにすれば、『主人と逸れて彷徨っていた。主人が死んだことは知らなかった』とキミが主張したとしても、一定の説得力があるだろう」
「な、なら!」
「その場合でも、キミの立場が無主奴隷であることには変わりない。繰り返して言うけれど、奴隷は『物』だ。誰が何をしようが、性欲処理に使おうが攻撃魔法の試し撃ちの標的に使おうが、それに対して苦情を言えるのは、その奴隷の主人だけ。無主奴隷には、反論の権利もない」
「そ、そんな。じゃぁあたしは――」
「生き延びる方法も、あるぞ? 俺は幸いにも、奴隷契約を代行する『スキル』を持っている。無主奴隷となったアンタは、俺を新しい主人に選ぶことが出来る」
「……あたしを、奴隷にしたいってこと?」
「俺が、じゃない。それが唯一アンタが選べる道だってことだ」
「巫山戯ないでよ。自分の都合で奴隷を調達しようとしているだけじゃない!」
その通り。俺にも目的があって、その為には人手がいる。けれど俺は地球にいた頃から他人を信じることが出来ず、そしてこっちの世界では本当に信用出来る人間なんかなかなか見つからない。
だから手っ取り早く奴隷を買いたいと思っていた。だから『奴隷契約』なんていうスキルも手に入れた。格安奴隷を購入する為の手段も色々考えていた。
けど、こっちの事情もある程度理解して、常識を共有出来、けれど裏切ることもなくまた絶対服従させられる奴隷を入手出来るチャンスだ。これを逃したらただの馬鹿だろう。
「で、どうするんだ?」
「お断わりよ。元クラスメイトの奴隷になるくらいなら、死んだ方がマシよ!」
「あいにく、奴隷には自殺する権利もない。だけどわかった。ただでさえ嫌がる相手を無理やり奴隷にするつもりはないし、それが元クラスメイトなら猶更だ。
じゃぁな。達者で暮らせよ」
「ちょっと、助けてくれないの?」
「言ったろ? 奴隷は『物』だ、って。自分の奴隷以外の奴隷を連れ歩いていたら、奴隷盗難を疑われちまう。あぁ、でも元クラスメイトの誼だ。少しだけど、食糧は置いていくよ」
「……礼は、言わないわよ」
「多分、その必要はないよ」
◇◆◇ ◆◇◆
そうして、俺はフロアボスの隠し部屋に入り。宝物を入手した上で、迷宮から出た。
彼女の姿を見たのは、その一週間後。
依頼を請け、町外れにある「若い女奴隷の死体」を処理した。
……死因は、衰弱死。だけど、死ぬ直前まで、もしかしたら息絶えた後も、男たちに凌辱されていたらしい痕跡が残っている。
俺が与えた食料が、彼女に余計な体力をつけ、死ぬまでの時間を引き延ばした。つまり、それだけ苦しむ時間が伸びたということだ。けど。俺は何の感慨も抱かずに、ただ黙々と死体袋にそれを仕舞い、処理場へと運んで行った。
(2,106文字:2020/12/09初稿 2020/12/09投稿予約 2020/12/12 03:00掲載予定)
《 あとがき 》
「異世界転移して、その後自業自得で奴隷落ちしたにもかかわらず、主人公に『助けなさいよ!』っていう女性キャラって、多くね?」っていう疑問から生まれた、実験作です。
評判が良かったら、ちゃんと練り込んでシリーズ化するかも。その時には、主人公も奴隷少女も、ちゃんと名前を与えます。
でも。シリーズ化したら、主人公が本作のエピソードに達するまでに、二章くらい必要なんだよなぁ。修業や下積みに紙幅を割くのは趣味じゃないけど、どうすべ?