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彼女が自殺した

作者: みあ



彼女が自殺した


僕に『愛してる』とメッセージを送った後に。




そのメッセージを受け取ったのは、残業で会社に一人残っているときだった。

普段彼女は僕に好きとか愛しているなどと言わない。むしろ僕が言う方だった。そのため、『愛してる』と送られてきた時はスマホを落としてしまうくらい驚いた。嬉しさよりも驚きの方が上回って、思わず『どうしたの?』と送ってしまった。

しかし、その後彼女から一向に返信がなかった。返信がないことにどこか嫌な予感がした僕は仕事を中断し、すぐに彼女と暮らす家と帰った。



家に帰ると、彼女の姿はなく、机の上に『愛してる』と書かれている紙と何かの錠剤が置いてあった。それを見て嫌な予感がした。彼女の名前を呼ぶが、返事が返ってこない。家中を探し回ると、彼女は寝室のベッドで眠っていた。その姿を見てホッとした。


(良かった。ただ寝ているだけか…)


彼女の寝顔に安心し、彼女の頬を触ると、頬は冷たかった──まるで死んでいるかのように。サーッと血の気が引いた。急いで脈を確認するが、脈がなかった。彼女は眠るように亡くなったのだ。自ら薬を飲んで。





あれからどれほど経っただろうか。

僕は動くこともできず、ただただ彼女の寝顔を見つめることしかできなかった。彼女の寝顔は死んでいるとは思えない程美しかった。彼女は死ぬ時でさえも美しいのだ。彼女はあの頃からずっと変わらず美しい。僕と出会ったあの時からずっと。


彼女を一目見たとき僕は恋に落ちた。

今まで散々一目惚れなんてありえないと断言してきた僕がこうも簡単に恋に落ちるとは思いもしなかった。それほどまでに彼女は美しく、僕は全てを彼女に捧げたいと心から思った。

それから僕の中心は彼女になった。毎日彼女に会いに薬局へ行った。彼女に声かけることすらできない僕は、毎日必要のない頭痛薬を買うことしかできなかった。それでも彼女を一目見たいと僕は毎日用もない薬局へと通った。元々地味で冴えない僕だったが、彼女と並んで歩ける男になるためジムに通い始めた。女性との会話の仕方やデートの誘い方だってインターネットで何度も検索した。そうした努力もあって、僕は彼女に話しかけデートに誘うことができたのだ。初めてのデートは緊張でほとんど覚えてない。覚えているのは、緊張のあまり口走って彼女に告白してしまった僕に、彼女が笑顔で「はい」と答えてくれたときだけだった。その日は人生で最高の日だった。僕が彼女の恋人になれたのだ。これほど嬉しいことはない。僕はあまりの嬉しさに泣き叫んでしまう程だった。


それから毎日が幸せだった。彼女にふさわしい男になるため僕は更にジムに行く回数を増やし、今まで見たこともないファッション誌を読み始め、少しずつ僕は変わっていた。容姿が変わると中身までも変わるようで、根暗だった僕が活動的になり、今まで関わることがないと思っていた人たちと友人になるほど人間関係が大きく変わった。それが功を奏したのか、仕事までも上手くいくようになり、一大プロジェクトまでも担うようになったのだ。

彼女に出会ってから僕の人生は大きく変わった。彼女のためにしてきた全てが僕の人生にとってプラスに働いたのだ。彼女は僕の女神だ。仕事も、友人も、恋人も、全てが順風満帆だった。全てが上手くいっていた──そのはずだった。





彼女はどこを触っても冷たかった。

その冷たさが現実を教えてくれた。もう彼女がこの世にいないのだ、と。一筋の涙が頬を伝い、彼女の頬へと落ちた。彼女の頬を拭くが、ぽたぽたと零れ落ちる涙は止まることもなく、僕は拭くことをやめた。僕は冷たい彼女の額に額をくっつけ、もう目を開けることもない彼女を見て泣き叫んだ。どれだけ泣き叫んでも彼女は「泣かないで」と言ってくれなかった。いつものように困った顔して笑ってくれよ。「馬鹿ね」って僕を見て笑ってよ。お願いだ。目を覚ましくれ。そしたら、君の口から直接「愛してる」を聞かせてくれよ。




いつか君に言ったよね。君は僕の全てだって。

君と出会ったその日からそれはずっと変わらない。君は僕の全てだ。君がいない世界に僕がいる意味なんてもうない。

机の上に置いてあった錠剤を手に取る。きっと君は分かっていたのだろう。僕が君のいない世界で生きていけないことを。


どうして君は自殺したんだ。僕は君に何かしてしまったのだろうか。もっと早く気づくべきだった。どうして気づかなかったのだろうか。今朝笑顔で見送ってくれた君が自殺するほど苦しんでいたことを。

目の前の錠剤を見ると、頭の中は後悔でいっぱいになった。僕が彼女を苦しめたのかもしれない。強く握りしめた拳を何度も机に叩きつける。僕のせいで、彼女が。僕のせいで、彼女が。拳から血が出ても痛みすらも感じなかった。僕はもう一度拳を机に叩きつけようと振り上げたとき──そっと何かが後ろから僕を優しく抱きしめ、「愛してる」と囁いた。それは紛れもなく彼女の声だった。彼女が「愛してる」と言ってくれたのだ。君が自殺するほど苦しんでいたことにも気づかない僕に。

その声に決心がついた──今君のところへ行くよ。




「愛してる」



僕は横たわる君の隣で薬を飲んだ。



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