第3話 成人の儀 当日の朝
ユアさんと紅茶を飲んでいると
「アル、今日は成人の儀ね。といってもアルにとっては、もう1年先のことだけれど。」
「ええそうですね。今日はお嬢様、来年は私ということになりますからね。
そういえばユアさん。成人の儀について雰囲気やどのようなことをするのか、
など何でもいいので教えてくれませんか?」
名案だとばかりに、正面に座るユアに上体を近づける。
それに対してユアはいつもと変わらぬ、眠たげな表情で
「わかった。教えてあげる。けど少し暑苦しい…」と少し嫌そうに言う。
言われてからユアの整った顔のまつげが数えれそうなほど近いことに気づき、慌てて元の姿勢にする。
「うん?……うわっすいません、無意識でした!」
その慌てように少し頬を緩めると、ユアは成人の儀について説明を始めた。
「アルは、何歳で成人の儀に参加できるようになるか知ってるよね?」
「もちろんですよ。成人と名前にあるように16歳で参加できるはずです」
「うん、そのとおり…」おもむろにくせ毛が目立つ頭を優しくなでられる。
その突拍子のないユアの行動に、少しの間身を委ねてしまう。
その自らに対して恥ずかしくなり赤面し、慌ててユアの手が届かない所まで、椅子ごと後退する。
「ちょっとユアさん!昔間違えてお姉ちゃんと言ったことをまだ引っ張りだしますか!」
ユアの凶行に対して反論の言葉を返す。
「うん…アルはユアの弟、でしょ?」といいながらそれがさも当然のことだという
雰囲気を醸し出し、コテンと首をかしげる。
そのユアの圧倒的攻撃に一瞬たじろぐが、無視を決め込み元の話に逃げた。
「成人の儀の参加年齢についての確認はできましたけど、実際教会で何をするんですか?」
ユアは少し不服そうに普段よりもジト目度を上げながら、話にしかたなく合わせてくれる。
「教会の礼拝堂でその年に儀式に参加する人とその家族や関係者が集まって、
創造神トバリエに祈りを捧げる。その後、教会のお偉いさんが挨拶をしてやっと
儀式に移る。」
「ふむふむ、って教会の司祭様のことお偉いさんっていいましたよね今?ユアさんって変なところで教会
に反発的ですよね」
ユアの言動についてツッコミをいれる。
そのツッコミを無視してユアはなにもなかったように説明を続ける。
「儀式については、祭壇に飾られている水晶玉に触れるだけ。それで、スキルを可視化する能力とそのス
キルに対する知識、それから人によっては、神からのプレゼントである
ギフトが貰える。」
説明を終えたユアは、褒めてもらいたそうに少しジト目度を下げ、アルに褒めてオーラをぶつける。
その行為に気づき仕方なく言う。
「ユアさん、成人の儀について教えていただきありがとうございます。」
その言葉ではないとばかりにジト目度を上昇させ、テーブルから離れた位置にいるままのこち
らに詰め寄ってくる。
そして、ユアが近づいてきたことで、ふわっと香ってくる男にはない癒される香りに
心臓の鼓動が加速したのを自覚した。このままではユアのペースにのせられると
危惧し、少し恥ずかしいのを咳払いで誤魔化しさっきの言葉を訂正する。
「ユア姉ありがとう。」その言葉に対して、ユアはその普段の凪のような顔に
若干満足げな表情を浮かべながら、「ユアお姉ちゃんでもいい…」と言う。
もう逃げ出したいという願いが叶ったのか救世主が現れる。
執事長であり、自分の父親でもあるサエルが使用人控室に入ってくる。
室内の状況を確認し、ため息をつく。
「アル、そろそろルースお嬢様を教会にお連れする時間ではないかい?」
優し気な口調だが、少し威圧されているような気がして、救世主の登場に歓喜していた表情は
サッと青ざめる。
「執事長すいません。すぐに取り掛かります!」
言いながら急いで出かける支度をしに部屋を飛び出す。
「アルの変なところで気が抜けるのは、いまだに治らないか…」
「あれはあれで、アルらしくていい…」
「君も相変わらずアルのことがお気に入りのようだね」
離れていくそのちいさな背中に投げかけるがその言葉に、ユアはなにも言わず立ち去った。
言われた当の本人はアルのことを嫌いな人がこの屋敷にいるわけがないのだから当然のこと…と思いながら去る。
馬車の準備が出来ているか確認するため、屋敷に隣接している厩舎に早歩きで向かっていた。
その最中にふとお嬢様が出発される時間まであとどれくらいの猶予が残されているのかと懐中時計で確認する。するとまだ余裕があることが分かり、父である執事長が自分に逃げる口実を作ってくれたのだろうと解釈する。
ゆっくりと本来の目的である馬車の確認に向かうことにした。
お屋敷の正面玄関の前にゆっくりと馬車を横付けして、厩舎担当の使用人であるサムさんに
今日の馬たちのコンディションについて聞いていると、正面玄関の重厚な扉が開く。
ユアさんが外に出てきてその後ろに、ジェスタ様とお嬢様が出てこられる。
そのままこちらに向かってくる3人を見て、サムさんにお礼を言い、
ローゼンハイツ家の紋章である砦と広い空をイメージしたエンブレムが
その存在を大きく主張している白塗りの馬車の扉を開け、底面に収納されている
ステップを展開する。
その状態に問題がないか目視で確認したと同時に背後からの足音の近さから、
馬車に入るルートを開けるように体を横にずらしながら、振り返る。
「いつでも出発できます。」
「うん、よろしく。」
その後ろから来られたお嬢様に手を差し伸べようと体を向けると、そこには、
先ほどご案内した際の明るい表情とは違い何か悩みを抱えたような
表情をされたお嬢様がおられた。
今触れるわけにはいかないだろうと判断し、いつもと変わらぬ態度で接する。
「お嬢様!お手をどうぞ!」
その後、私が馬車の御者を務め、成人の儀を行う会場である教会に到着する。
到着後の案内をユアさんに任せ、馬車を教会の預り所に預ける