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第8話 補佐役の奮闘

 初夏。

 麦類の収穫が始まった。

 この時期は農業部門以外の専従員も可能な限り農業を手伝うようになっている。

 それは使徒たる俺もその補佐も例外ではない。


「私はっ、頭脳労働者でっ、肉体労働はっ、向いて、いないのですよ、はあはあ」


 確かに向いてそうには見えないが忙しい時期だから仕方ない。

 猫の手も借りたいという表現が前世にはあった。

 本人申告の通り小柄で体力が無いイザベルでも猫の手より少しはましだろう。


「俺の知っている世界にはこんな格言があってな。健全なる精神は健全なる身体に宿ると」

 本当はこの格言、このような使い方は誤りらしい。

 そもそも語源となった古代ローマの詩には『宿る』という意味の単語は入っていないそうだし。

 しかしここは地球ではない。

 間違いがわかる人はいないからあえて間違ったまま使わせて貰おう。


「そんな言葉、嘘、なのですよ。健全な肉体の犯罪者なんて、いくらでも、いるのですよ!」

「喋りながらだとかえって疲れるぞ」


 周りの専従者の皆さんもほほえましいものを見るような目でイザベルを見ている。


 さて、俺としてはこの季節を待っていた。

 既に農業部門最高責任者のスコラダ大司教には話を通してある。

 具体的には今回の収穫を少し分けて下さいという頼みだ。

 ついでに言うと他に必要なものはひととおり揃えてある。

 例えば乾燥大豆とか塩とか。

 さて、麦の収穫がやっと終わって一休みという時期。

 場所はいつもの図書館横の部屋ではなく、農場近くの水道・かまど設置済の部屋。

 外で農業担当の専従者が畑を耕したりしている中、俺とイザベルの挑戦が始まろうとしていた。


「何で私がこんな事をする必要があるのですか。私は教本を作る為の補佐役としてきたのですよ」

「幸か不幸か俺の補佐担当はイザベルしかいないからな。諦めて手伝え」


 俺達がやっているのは殻付き大麦を洗って水に漬ける作業である。


「こんなに大量に水に漬けて何をする気なのですか」

「麦芽を作るんだ。まずは水に漬けて吸水させる作業だな」

「今頃芽を出させても意味は無いのです」

「それがあるんだな。あとこれがうまくいったらイザベルにマニュアルを作って貰うからな。そのつもりで作業工程と注意点を覚えておけよ」


 俺が考えている作戦その1はこんな感じだ。

  ① 麦芽をつくり、それを乾燥し粉砕して乾燥麦芽を作る。

  ② ①を糊状に炊いた麦に混ぜて酵素の力でデンプンを分解する。

  ③ ②を絞って煮詰めれば麦芽水飴の完成!

 これで砂糖の代わりの甘味料が出来る訳だ。


 この世界には安価な甘味料は無い。

 砂糖は輸入品でとっても高価だ。

 甜菜から砂糖を取る事はまだ発見されていない模様。

 一応甜菜はスコラダ大司教に御願いして探しているのだが、栽培して製品化するにはまだまだ時間がかかりそう。

 だからそれまでの砂糖代用品として水飴を使おうという考えだ。


「理屈はわかりましたがとてもこんなのから甘いものが出来ると思えないのですよ」

「諦めて頑張れ。うまくいけばここの食事が大分美味くなるぞ」

「食で釣るのは卑怯なのです」

「より良い生活も生命の神(セドナ)の願いだ」


 まだ成功するかわからないので他に助手を借りるのも申し訳ない。

 だからこの文句が多い補佐をこき使わせてもらう。


 なお麦芽水飴が作戦その1という事は、当然作戦その2も存在する。

 作戦その2は味噌だ。

 ふっくらするまで煮込んだ大豆と炊いた大麦が部屋の反対側に置いてある。

 なおただの水ではなく木の灰を混ぜた水の上澄みを使っている。

 こいつを毎日俺が観察して、麹菌以外の菌を施術により殺す。

 それを繰り返せば自然の麹菌が生えてくるという訳だ。

 あとは施術で一気に麹菌を増やし、これを種に味噌を作るという計画。


 麦味噌と豆味噌両方作ってみる予定だ。

 発酵過程を施術で加速すれば促成製造も可能だろう。

 味噌と甘味があればそれだけで充分色々な料理に応用できるはずだ。

 実は第3弾、第4弾もある。

 でも今の処その辺は内緒だ。

 

「イザベルがいてくれて助かったな。俺一人だと客観的に作業を記録できないしさ」

「でもこんなので本当に成功するのですか」

「これでも生命の神(セドナ)の使徒だ。信用しろ。来週には甘いのと塩辛いのと、美味しい調味料が出来ている筈だ」


 そんなこんなで作業をした後、部屋を出て扉を閉める。


「さて、教本も出来るだけ早く作らないとな。出来れば新しい教本で教えを説いた日に、新しい食事を出したいところだ」

「教本の方だけなら任しておいてくださいと言えるのですよ」


 確かにイザベル、教本改定についてはすこぶる有能である。

 彼女と仕事をはじめて約2か月。

 主に使うと言われた教本12冊のうち11冊までが既に改定を終了した。

 1冊終わる度に大司教方に渡して色々意見を聞いているのだが、イザベルのおかげで致命的な教学上のミス等は今の処発見されていない。

 確かに大司教方からいくつか指摘があった。

 でもその殆どはイザベルから入れ知恵された知識で説き伏せる事が出来た。

 俺一人だとそうもいかなかっただろう。


 出来ればイザベルは教本作りが終わっても補佐役として使いたい。

 知識があるだけでなく、色々頭も回るのだ。

 俺が使徒であっても間違っていそうなときは容赦無いし。

 教団専従員らしくない口調等も俺にとっては気楽でいい。

 この先俺が色々教団を改革する上で彼女は絶対必要になるだろう。

 教団本来の教学に通じているから相談相手としても色々便利だしさ。

 この作業が終わる前にソーフィア大司教に御願いしておこう。

 イザベル本人がどう思うかはわからないけれど。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「俺の知っている世界にはこんな格言があってな。『健全なる精神は健全なる身体に宿る』」 これって、突っ込むところなんですかねぇ。 今時、誤った格言をわざわざ使うのは、はやらないと思います。 イ…
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