第86話 新しい街大見学会
夏休み前には新しい街もほぼ完成した。
少し遅れたのは麦の収穫時期があったからだ。
農作業は時期ものなので基本的に最優先される。
特に収穫時期は建設部であろうと土木部であろうと業務部門はできる限り投入だ。
教師の皆さんは午前午後の授業があるから召集外。
でも寮務の先生は半分ずつ手伝いに行っていた。
そして夏休み前の安息日。
出来上がった街や工場の見学会を行う事になった。
街全体及び工場、住宅等の一部を開放して工場勤務を希望する人の他、近くの住民や国王庁等まで見学を受け入れる予定。
人寄せのバザーもやっている。
更に芸術の神教団に合唱と音楽演奏を頼んだ。
交通機関としてアネイアから無料の連絡馬車まで出している状態だ。
うちの学校の生徒も先生方引率で来る予定。
さて、本日の俺とイザベルの配置は新しい街の街道沿い中央にある集会所前。
テーブルを出して受付や案内等をやっている後になる。
実際の受付は教団事務部門の皆さんがやっていて、監督兼説明要員という感じだ。
入居予定の部屋の概要や募集する工場の勤務内容、待遇等が記されたパンフレットも数種類用意している。
さて、どれくらい来るかな。
そう思いつつ俺達は待っている。
まず連絡用の教団馬車が2台到着。
勤務希望者とその家族らしい人々がどっと降りる。
「おはようございます。ようこそいらっしゃいました」
「案内ツアー希望の方はこちらでお待ち下さい。自分で見学される方は必要でしたらパンフレットをお配りしています」
案内を開始する。
「これではまるでお祭りなのです。こんなに大々的に新規就業者を募集するのは間違いなくこの国でははじめてなのですよ」
「でもここの住環境を知ってもらうにはこれが一番いいだろう。ここに触発されて他の場所の居住環境も整備が始まるかもしれないし」
「でも既存の街はなかなかそう綺麗にはならないのですよ」
「すぐには無理だろうな。でも見本を示せば徐々には変わっていくんじゃないか」
俺としてはこの機会に新しい街の在り方を大々的に知らしめたいと思っている。
元はといえば教団での人手不足からはじまった事だけれど、住環境や都市のありかたを変えるきっかけになったらと思うのだ。
その為にはより多くの人々にこの街を見て貰うこと。
だからこうやって大々的に見学会をやってみた訳だ。
ソーフィア大司教は対費用効果等を考えて渋い顔をしたが、俺とスコラダ大司教の2人で説き伏せた。
スコラダ大司教は正しいと思えば基本的に賛成してくれる。
だからこういう場合は味方につけやすい。
目的の為には多くの人に訪れて貰う必要がある。
そんな訳で俺達は色々招待状を出しまくった。
それこそ関係省庁からはじまって近郊の領主や他宗教団体までだ。
アネイアの教会でも大々的に広報してもらったし一般客用に馬車のシャトル便も用意した。
いまのところ到着したのは教団の連絡馬車2台。
あとは付近に住む住民の方々という感じだ。
ただ昼には芸術の神教団を呼んだ音楽鑑賞会も予定している。
教団製即席料理シリーズや冷凍食品、新調味料の試食会もある。
その頃にはもっともっと集まってくれるだろうと思っているのだけれども。
おっと、教団馬車ではない馬車が到着した。
紋章を隠しているがこれは何処かの貴族かそれとも商人か。
何人かが降りてここでパンフレットを受け取った後町内へ向かっていった。
「今のはリアーナの領主ベフェレット子爵家の皆さんなのです。おそらくこの街が自分の領地にどれくらいの影響を与えるか偵察に来たのだと思うのです」
イザベルはその辺色々と詳しい模様。
更にそういった馬車が次々という感じでやってくる。
「いい感じなのです。近場の領主は皆さん偵察に来ているのです。それだけここは注目されているようなのです」
なおここの領有は国王庁並びに上院委員会で検討された結果、国王家の直轄領と決まった。
その辺の決定についてはやはり某大司教が色々暗躍した模様だ。
いつもは本部を離れない癖に1週間ばかりアネイア出張に行っていたし。
あの人は見かけによらないコネと行動力があるからな。
それが良いのか悪いのかは別として。
おっと家紋を隠さない馬車も到着した。
あの馬車とその紋章は見覚えがある。
確かこの国の最南部を治めるスリワラ伯爵家の紋章だ。
昨年の巡行で出会ったイザベルの友人アンナ・サンドラ嬢の家だな。
降りてきたのは……
何でスコラダ大司教がその馬車から降りてくるんだ!
一応施術で髪や肌の色等を変えている。
でも視力でなく現状認識で見ている俺は騙せない。
そしてあと5人。
うち2人は大司教と同じくらいの年齢の太めの男性と同じ年代の中くらいの背格好の男性。
残りの若い男3人は護衛だろう。
中くらいの背格好は現状認識でスリワラ伯爵本人と判明。
そして太めの男性は……おいおいおい。
施術を使って変装しているが間違いないぞこれは。
「イザベル、行くぞ」
「仕方無いのです」
イザベルも気づいたようだ。
「ここの持ち場は宜しくお願いします」
「わかりました」
受付を皆さんに任せて俺とイザベルは出る。
こんな処に来てはいけない人が来てしまっているのだ。




