第12話 坊主丸儲け
一日目の売り上げは惨憺たるものだった。
何と小銀貨にして2枚程度だ。
これはやばいかな。
そう思いつつも俺は自信たっぷりという感じで演技させて貰う。
「まあ初日なんてそんなものです。それに試飲でも美味しいと感じてもらえればそれはそれで生命の神はお喜びになる事でしょう。私達は生命の神教団、生命の神の意に適う事が出来ればそれでいいのです」
屁理屈だけれど士気が落ちるよりはいいだろう。
そして2日目のお昼前。
心なしか試飲の数が増えて来た気がする。
相変わらずお金になるお客さんはごくごく少ない。
でも確かに試飲の数は増えている。
その辺は在庫を見ればよくわかる。
更に物好きっぽい人が鴨汁やゼリーも試し始めた。
うん、これはいい兆候かもしれない。
結果的にはそこそこ動いていた割には売り上げは小銀貨5枚程度。
でも心なしか手ごたえは感じられたように思う。
なお2日目以降は早番、遅番とチームを分けた。
立ちっぱなしというのは結構疲れるのだ。
歩きつづけるより同じ時間スタンドの中で立っている方が疲れるような気がする。
そんな訳で俺は午前中当番でイザベルは午後当番。
でも俺もイザベルも他の皆さんもついつい気になって見にきてしまう状態だ。
俺はネーブルの教団施設で教学について色々聞かれるのを避ける為にここにきているというのもあるけれどさ。
一応現状認識で教学についてもある程度は理解している。
でも専門家に質問されてもそう簡単に深い答えなんか出せるものじゃない。
そんな訳でここに逃げてきているのだ。
でも結局2日目の収益も小銀貨にして5枚程度。
「昨日に比べて確実に増えています。この調子でいけば周知されればもっともっと行くでしょう」
そう言いつつ俺自身も何気に不安だったりする。
勿論そんなの態度には出さないけれど。
そして3日目。
奇跡というか思いがけない位の変化が起こった。
鴨汁とパンスティックのセットが急に売れ出したのである。
客層も今までの子供の試飲中心から一気に変わった。
買っていくのはほとんど男性。
それもいかにも肉体労働者という感じのごっつい皆様だ。
何故だ。
それにつられてかゼリーも少しずつ売れるようになってきた。
こっちはまだ試飲無料のドリンクと頼む人が多い。
そして一度列が出来ると客はどんどん増え始める。
何か知らないが有難い。
当番では無かったのに様子を見に来た皆さんも中に入れて客をさばく。
基本的にカウンター担当は助祭長の2人。
まあキレイどころというかんじだ。
裏で注文をさばくのは司祭補以上の2人。
こっちは魔法が使えるから解凍だの温めだのが自由に出来る。
ただ裏方が足りなくなってきたので俺とイザベルも裏方へ。
ストックを解凍してはポットに入れたり、器や匙を用意したり。
そんな裏方をやりながら、俺とイザベルは伝達魔法で相談する。
『これはあと2人くらい要員をピックアップした方が良さそうだな』
『同意なのです。ネーブルの地区司教に頼んであと5人は確保した方がいいのです』
『何故5人なんだ?』
『今のままだと3人2交代でも毎日6人は出ずっぱりになるのですよ。休日を設けるには交代制にした方がいいのです。9人いれば3日に1組は休めるのです』
『なるほど、確かに』
なお調理自体は教団の調理担当が食事と一緒に作ってくれるので人員は必要ない。
「鴨汁、間もなく売り切れです」
ロザリア司祭の微妙に悲鳴に似た響きを感じる報告。
量は結構用意していたつもりだったが甘かった模様。
だって鴨汁が一番売れるなんて思わなかったんだ。
仕方ない。
その後客4人目で鴨汁は残念ながら終了。
「申し訳ありません。鴨汁、本日分は売り切れました!」
そんなトスカ助祭長の台詞で列から一気に客が抜けるかと思ったらそうでもない。
仕方ないなという感じでデザートを頼んだり試供品のドリンクを飲んだり。
結局ドリンクとゼリーも閉店前に終わってしまった。
パンスティックだけ売る訳にはいかないから今日はもう閉店だ。
「申し訳ありません。本日は売れ切れてしまいました。申し訳ありません」
仕方ないので列の皆さんに全員でお詫びをする。
綺麗処をそろえたおかげか苦情だの文句はほとんど無い。
まあうちの教団は施術持ちが多いというのは周知の事実だ。
勝てない喧嘩はしないというのもあるのかもしれない。
店を片づけて掃除し、ドリンクや器を運ぶ為に改造したリアカーを引いて教会へと戻る。
「明日はもっと用意しないといけないですね。今日のうちに調理担当に御願いしておきましょう」
「ネーブル教会長のランベルト司教に人員増加の件についてもお願いしましょうか。このままでは皆さん休む暇もないですから」
そんな話をしながらも皆表情は明るい。
やっぱりうまくいくと気分がいいものだ。
たとえ一日中働きっぱなしで疲れていても。
その後も売り上げと客数は日々増え続け、試験的実施だったドリンクスタンド事業は本格的に動き始める事になった。
なおこの事業、原価率はかなり低い。
1週間後の最初の日の売り上げがだいたい正銀貨9枚程度。
このうち容器代等も含めた原価は1割も無いだろう。
鴨汁とかゼリーとか、容器とか木匙なんかは教団本部産だ。
ミカンやオレンジはややキズがついて売れにくいものを信者の農家から安く大量に仕入れている。
仕入れた大量の果実は加工して冷凍保存しているから年中使用可能だ。
今まで廃棄処分にしていたものがお金になって農家さんも喜んでいるらしい。
なお教団の専従員の皆さんは基本的に給料はなし。
衣食住保証されてお小遣いが月に正銀貨3枚程度というところ。
スタンドの土地は狭くて変形していて使えない処を信者に月正銀貨3枚で借りているという状態だ。
まさに坊主丸儲け。
勿論儲けたお金は救済の為に使うのだけれども。
「あとはこの事業、基本的にはソーフィア大司教に投げればいいのかな」
「そうなのです。本来の事業担当はスコラダ大司教なのですが、こういった事はソーフィア大司教の方がいいように思えるのです」
俺とイザベルは教団の連絡馬車内でそんな話をする。
この連絡馬車は貨客兼用で毎週本部とネーブルを往復している。
主に野菜だの穀物だのメインの荷物用でサスペンションなど無いから乗り心地は悪い。
それでも俺とイザベルは結構満足だった。
小さいながらも異端な仕事をやり遂げる事が出来て。
「さて、報告書を書いたら次の作戦なのですよ」
「望むところだな」
俺たちの改革はまだまだ続く。




