第124話 春の嵐
それは3の曜日、もうすぐ日が暮れるという頃。
俺は職員室で書類と戦っていた。
イザベルの数少ない欠点はその能力の高さに起因している。
自分も周りも仕事が出来る事を認めているから、どうしても仕事を多く受け持ってしまうのだ。
だからこういう時は俺が苦労する羽目になる。
そんな訳で現状認識能力をフルに活用しつつ書類をせっせと片付けていたところ。
「使徒様はいるか」
学校では珍しい人が職員室に飛び込んできた。
教団最高幹部の1人、スコラダ大司教だ。
「どうされたんですか、いったい」
「これを見てくれ」
スコラダ大司教は懐から封に入った手紙を取り出す。
やけに高そうな封筒だな、何事だろう。
俺はそう思いつつ中を読んでみて……おいっ!
「初耳です。急いで向かいます」
「すまん頼む。馬車は出す」
「走った方が早いです。一応『高速移動神技』も使えますから」
そう言って職員室にまだ残っていたノーラ司祭に頼む。
「すまないノーラ司祭。急いで出かける。万が一私が明日いっぱい戻らなければ学校長代理として急ぎの事案から処理してくれ」
「あらあら、この大変な時期に」
「出来るだけ急いで戻れるよう善処する」
そう言った俺はもう歩き……走り出している。
着替える時間も惜しい。
そのまま学校の外に出て、ついこの前習得した高速移動神技もどきで走り出す。
手紙は国王からスコラダ大司教宛だった。
内容は闇の神教団の拠点が発見され、制圧活動が行われる件についてだ。
本日正午頃、闇の神教団の拠点について衛視庁がイザベル王女による訴出を受理。
直ちに衛視庁は他の国王庁組織と連絡を取り、軍や王宮の上位術師を召喚。
更に勝利の神教団の使徒や高位聖職者まで集めて制圧活動の準備をしているらしい。
訴え出たイザベル自身も術師として制圧部隊に加わっているとのことだ。
何故気づかなかったのだろう。
そう俺は思う。
イザベルも残った課題の一つが闇の神の使徒だと気づいていた。
だから俺に内緒で色々調べていたのだろう。
おそらく安息日に届いた手紙。
あれがきっと闇の神教団についての調査結果だ。
何故あの時の表情を俺は見過ごしてしまったのだろう。
そう悔いながら俺は走る。
俺は体力は無いが施術で回復できるので問題ない。
走る速度も馬より速い。
それでももどかしい。
もっと速く、もっと速く。
頼むイザベルが事を起こす前に間に合ってくれ。
そう思いながら全力で走る。
もっと速く走れないか。
例えば地球は丸みがある。
その丸みをショートカット出来るような近道は無いか。
無論実際に地下に潜って走る訳では無い。
等角航路に対する大圏航路、更にそれより近い2点間を直線で結ぶ道。
そんな時空間的にもっと速く近い道が欲しい。
必死にそう思いながら走っている時、ふと何かが視えた。
視力でではなく現状認識でだ。
この世界の世界線から僅かに逸れて走るルート。
その最短距離が確かに視える。
躊躇わずに俺はその道に入る。
踏みごたえが微妙に違うが同じように走れる。
だから俺は走る。
高速移動神技もどきももっと力を込められて更に速度を増す。
アネイアの街が視える。
イザベルは何処だ!
俺の現状認識がイザベルの位置を捕らえる。
王宮の北西側、とある大貴族の居館だ。
炎が上がっている。
力と術のぶつかり合いがこの距離でもわかる。
既に制圧活動は始まっているようだ。
頼む、間に合え!
俺の意思に術が応える。
遠く視えていた現場が更に近づく。
現実世界があり得ない弧を描いて俺に近道を作る。
俺の術と力と願いが更に俺を加速させる。
イザベルが視える。
使徒トマゾ氏が視える。
闇の神の使徒が視える。
使徒2人が激突する現場に俺は辿り着いた。




