南極星の宮殿にて。
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そこは星が数多煌く宮殿。
蓮の花が浮かぶ大きな池が見渡せる大広間。
テラスのサンデッキチェアに身を横たえ、瞼を閉じているのは千鶴だ。
一筋の涙が頬を伝い、ゆっくりと瞼が開かれる。
視界に入ったのは、地球で見るよりも遥かに巨大な月。
千鶴は、数回瞬きをすると、上半身を起こし、自分の体をきつく抱き締めた。
「竜…。」
腕に残る、思いの外細い体の感触と温もり。
貧弱なのではなく、無駄な筋肉を纏わぬ体。
そして、想像していたよりも高かった体温。
込み上げて来たのは、切ないまでの愛しさ。
憎しみで手に掛けた訳ではない。
思い出す度に発狂しそうな記憶が、千鶴を苛んで行く。
彼が、“魂の記憶”を思い出したのは一年前。
十六歳の時。
何が引き金になったのかは、全く思い出せない。
ただ、思い出した時、彼は病院のベッドの上で、沢山の機械に繋がれていた。
口元には酸素マスク。
腕には点滴。
その物々しさから、自分が瀕死だったと言う事は察しが付いた。
不意に視界に入って来た真紅の髪に、目を奪われた。
そこに居たのは幼馴染の竜。
遥か昔から愛し続ける魂。
―――殺し合うのが宿命の相手。
それからと言うもの、彼は、己の本当の想いを隠し、幼馴染として過ごして来た。
そして、竜の十七の誕生日。
彼の力が覚醒すると定められた日。
幼馴染、友人、親友、理解者という立場を全て捨てた。
「…竜…。」
「捨てて来た過去を懐かしんでるのか?」
大理石の床をゆったりと歩く音と共に、聞き慣れた声が響いた。
振り返れば、苦笑を漏らしている庵が、「よ。」と右手を上げていた。
無言の空間。
一つのサンデッキチェアに背中合わせで座る千鶴と庵。
庵が吐き出すタバコの煙が、空気中に消えて行く。
「お前は、さ…。」
「ん〜?」
千鶴が、呟くように問い掛ければ、煙で輪を作っていた庵はやる気なく答えた。
「お前は…妹と対して…辛くねーの?」
「…辛い、が、俺の場合は、星座が違う。あいつは水瓶、俺は双子座。それが唯一の救いさ。」
「そうか…じゃ、昴さんは辛いな…。」
千鶴の言葉に、庵は何も言わなかった。
否、言えなかった。
同情した所で、何も変わらない。
千鶴も昴も立場は同じ。
二人にしか共有出来ない辛苦に、庵は口を挟めなかった。
(コレが、宿命…神様も酷い事しやがる…。)
胸の奥が微かに痛んだ。