過去の記憶 2
遥か昔。
地球が出来て間もない頃。
赤子のような青い星は、一人の姫と帝王により守護されていた。
姫の名は【ポラリス】。
帝王の名は【カノープス】。
二人は仲の良い兄妹だった。
兄は南極の天より地球を守護し、妹は北極の天より地球を見守った。
そして、姫を守る騎士【光の騎士】、帝王を守る騎士【闇の騎士】。
それぞれ十二人の騎士達が、黄道十二宮に配置されていた。
皆が皆、争う事無く平和に過ごしていた。
彼らが見守る中で、地球は成長していく。
成長する事は、皆にとってとても喜ばしい事だった。
しかし、ある日、帝王・カノープスが謀反を起こした。
―――人類など要らぬ。
彼は、進み行く人類の業に耐え切れなくなったのだ。
制御不能となった人類は、更に業を重ねる。
そして、血が流れ始めた。
光と闇の騎士の魂は、繋がっている。
謀反の始めに、カノープスは、己の眷属である闇の騎士の魂を、強制的に分離させ始めた。
傷ついた闇の騎士の拠り所は、カノープスしかなかった。
故に、彼らの意思もカノープスの思いに染まり出した。
記憶は闇に埋もれて行き、かつての友人、恋人の血により手を染める。
光の騎士たちは、過去の思い出もあり、満足に抵抗も出来ず儚く散った。
姫は北極の宮殿の奥に獅子の騎士と共に篭った。
そして、父である天空神・ウラノスに祈りを捧げた。
―――光の騎士の魂を救い給え。
聞き届けた天空神は、散った十一人の魂を地球へと飛ばした。
それを見ていたカノープスは、母である大地神・ガイアに祈る。
―――光の騎士の魂を滅し給え。
聞き届けた大地神は、散った十一人の魂を地球へと飛ばした。
それを見ていたポラリスは嘆いた。
そして、獅子の騎士同士が相打ちとなり、地球へと飛ばされる。
兄は、嘆き悲しむ妹を見て言った。
―――騎士らの魂が転生をし、九代目となった時…決着を着けようぞ…。
そう言い残し、帝王は闇の中に姿を晦ました。
□ □ □
「そして、宣言通り、八代目まで決着は着かぬまま、九代目へと魂は転生した。」
「だれ…?」
震える竜の問い掛けに、流はフッと微笑んだ。
ス…と細い指が竜を指した。
「貴方は、光の騎士の長である“獅子の王”の魂を次ぐ者。」
紡がれた言葉に、再び激しい頭痛が襲い始める。
同時に走馬灯が脳裏を掠めた。
今朝、夢で見た地獄絵図。
声が頭の中に響いた。
『お前で最後だ、レグルス。』
聞き覚えのある声。
あまりの痛みに意識が保てず、ブラックアウトした。
□ □ □
血の臭いが充満していた。
自然と眉間に皺が寄る。
「お前で最後だ、レグルス。」
先程の声。
「アルギエバ…。」
苦々しい声。
それは、自分から発せられた。
勝手に動く体に困惑する。
そして、不意に気付く。
これは、過去の出来事なのだと。
「レグルス…。」
幼い少女の声が背後から聞こえた。
恐怖に震える声。
視界の端に捉えた、波打つ金色の髪をドレスの上に散りばめた十にも満たない少女。
「ご心配なされますな、ポラリス姫。すぐに済みます。」
体が立ち上がり、血に濡れた剣を構える。
頭に飛び込んで来た映像。
人を斬る感触。
自分と同化している人物の記憶だ。
悲しみに満ちた感情。
かつての友人たちを斬り付ける苦しみ。
そして、今、手に掛けようとしているのは、愛する者。
相手も構える。
同時に大地を蹴った。
二人の咆哮が響き渡る。
(千鶴…。)
心臓を貫き、同時に貫かれた瞬間。
相手にダブったのは、幼馴染の姿。
そして、意識が光に包まれた。
□ □ □
ハッと目が覚めれば、そこは何度か泊まった事のある飛鳥組の客間だった。
竜の全身から汗が噴出し、呼吸が乱れている。
頭痛もほとんど治まり、ジクジクと鈍く重いだけ。
身を起こせば、枕元に綺麗に畳まれたパーカーと、寝巻き用の浴衣が用意されていた。
浴衣に着替え、障子を開ければ、外は既に月が輝いていた。
「アルギエバ………千鶴…。」
名を呟けば、心臓がギュッと痛みを訴えた。
その時、誰かの腕に包み込まれた。
右肩に埋められた頭。
嗅ぎ慣れた香水の匂いに、声が震えた。
「ち、づる…。」
「数時間振り…竜ちゃん…。」
聞いたことのない静かで穏やかな声。
大人びた声音に、切なさを感じる。
「思い出したんだ…?」
「っ、少し…。」
そう、ほんの少し。
最愛の人を手にした瞬間だけ。
「ごめん…。」
するりと零れ落ちた謝罪の言葉。
言った本人さえ、驚いている。
「はは、何に謝るのさ。」
「や、わかんね…。」
きっと、過去の自分が言ったのだろう。
暫くの間の後、千鶴も謝罪を述べた。
「俺も、ゴメンネ…。」
そう言って、竜を抱き締める腕に力が篭る。
続いた言葉に、竜は愕然とする。
「でも…生き残るのは、俺たちだ。」
ハッとして、視線を後ろへ流す。
頭半分、竜よりも高い千鶴。
「アイシテルよ、竜ちゃん。」
頬に唇を押し付けると、千鶴はその場から消え去った。
微かな香水の香りと、頬に触れた唇の温もりだけ残して…。