目覚めの炎 2
嫌な汗が全身に滲み出す。
「…貴方達は“覚醒者”なのか…。」
いつものように静かな和歳の声が、頭痛を僅かに和らげる。
それでも、思考能力は回復しようとしない。
和歳の問いに、庵が「ご名答。」と呟く。
「“獅子の王”が目覚めてないのなら、是幸い。」
千鶴が右手を和歳に向かって翳し、小さく呟いた。
「"豪煉"。」
黒い炎が和歳に襲い掛かった。
それは生き物のようにうねる。
和歳は瞬時にしゃがみ込み、床に手を付いた。
「"火鏡"。」
深紅の炎が床から這い上がり、黒い炎を相殺した。
千鶴が感心したように口笛を吹いた。
「さっすが、かずっちゃん!そこの腑抜けより楽しませてくれそう。」
声高に笑う千鶴は、竜が知っている彼ではない。
狂気に満ちている、と表現しても過言ではないだろう。
竜の呼吸が不自然に乱れる。
それを感じ取り、和歳の表情が僅かに曇る。
「余所見は余裕の証かな?」
そう呟いた庵の右掌に、風が集まり渦を巻く。
ふっ、と軽く息を吹き掛ければ、集まった風が数多の刃となって和歳を襲った。
意識を逸らしていた為に、和歳の反応が数泊遅れる。
竜の体が咄嗟に動き、和歳の体を庇いながら床に倒れこんだ。
「あ、竜ちゃん意識戻った?」
愉しそうな千鶴の声に、恐怖を感じる。
「でもね、竜ちゃん…。」
満面の笑みから一変。
無表情となり、倒れ込んでいる竜を冷たく睨み付けた。
「使えない王なんて、必要ないんだよ。」
語尾まで言い終わった瞬間、黒い炎が竜たちを包み込んだ。
「…よわ…。」
「期待外れだな。」
暫くして、千鶴がパチンと指を鳴らせば、黒い炎が一瞬の内に消え去った。
焼けた兄妹を期待していた千鶴と庵の表情が、驚愕に歪む。
白い炎が、竜たちを包み込み、千鶴の炎から守っていたのだ。
ドーム型の上部から空気中に溶けて消えて行く。
現れた傷一つない竜と和歳の姿に、千鶴は苦々しく舌打ちをした。
「めっちゃ予想外。」
「だな。」
呟いて、状況を把握し切れていない竜に千鶴が声を掛けた。
「今日のところは、退いて上げるよ。感謝してね。」
ふふ、と笑う様は、いつもと何一つ変わらない千鶴の表情。
「あ。」と声を上げると、和歳を指差した。
「その子…ホントに竜ちゃんの妹?」
意味深な言葉は、竜の耳に嫌に木霊する。
千鶴と庵は、クスクスと笑いながら、その姿を消して行った。
残された兄妹。
竜は、呆然と幼馴染が立っていた場所を見つめていた。
和歳は小さく溜息を吐き出し、体を起こした。
そして、真っ直ぐに青ざめた竜の目を見つめる。
竜は、震える唇で必死に言葉を紡ぎ出した。
「今の…何…?」
「簡潔に言えば、敵。」
動揺を隠せない竜と違い、和歳の声ははっきりと告げた。
そして、竜は和歳に更に問い掛ける。
「さっきの…千鶴の言葉…どういう事…?」
その問いに、和歳はゆっくりと瞼を閉じた。
その瞬間、彼女の体を紅の炎が包み込んだ。
衣服が焼け消え、白い肌まで侵食する。
すると、肌は焼け焦げる事はなく、炎と同化して行く。
左側の額から足の爪先まで、三本ラインの刺青が走る。
和歳の目が、ゆっくりと開かれると、その目は金の光を纏っていた。
『我が名は、和歳に非ず。初代“獅子の王”の魂に付き従う者、火陽。』
「か、よう…?じゃあ、和歳は…!?俺の、妹…。」
竜の動揺は色濃くなって行く。
しかし、目の前の和歳…否、火陽は冷静な声音で返した。
『貴方様に、妹など居らぬのです。全ては、先代“獅子の王”であるお爺様の願い。我が王よ…私の手をお取り下さい。』
赤い肌の細い手が、そっと目の前に差し出される。
『今はまだ、貴方様のお力を解放する訳にはいきません。貴方様の力は、この地球を滅ぼしかねない。』
竜は、訳も分からず、言われるがままに火陽の手を取った。
頬を流れた涙は、最愛の妹を失ったからか。
それとも、自分の辿るべき定められた宿命を悲嘆してなのか。
それは、彼自身にも説明が出来なかった。