さそり座の双子騎士
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美しい顔がフラッシュにて真白に照らされる。
スタジオ内に流れるポップな曲は、美女の好きなアーティストの曲。
そして、彼女の双子の弟の歌声。
曲に合わせて踊る美しい黒髪。
桜色の唇が映える白い肌。
幼さ残る口元に浮かぶのは妖艶な笑み。
「はい、終わり。蓮華ちゃん、今日も良かったよ。」
カメラから顔を上げたのは、業界で一番の人気を誇る年配カメラマンだ。
年の割りに、心は若い。
今でも最前線でシャッターを切っている。
「今日もアリガト、謙さん。」
美女は、カメラ前の妖艶な笑顔と打って変わり、無邪気な笑みでカメラマン、野嶋謙に今日の仕事の礼を述べた。
彼女の名は、菊池蓮華。
年は19。
ファッションモデルからショーモデルまで何でもこなす、幅広い年齢層に人気の在る女性だ。
「レンちゃん…今日も遅いかな…。」
携帯を見、着信及びメールがないのを確認し、落胆の息を吐き出した。
マネージャーの入江ユキが、蓮華のスケジュール手帳を捲りながら、小さく苦笑を漏らした。
「蓮華、そんなに心配しなくても大丈夫よ。」
「でも、レンちゃんからメール来てない…。」
パチパチと携帯を開いたり閉じたり。
スタイリストに髪を梳かれながら、小さく息を吐き出した。
野嶋のアシスタントと、入江が軽い打ち合わせを始めたが、それを気にする様子すらない。
アシスタントは入江に小さく耳打ちをした。
「あの、レンちゃんって?」
「ああ、君、まだ入って間もないのか。今掛かってる曲、あるでしょ?」
「あ、はい。今人気のバンド“lotus”ですよね。」
「ボーカル、彼女の弟なのよ。」
僅かな間をおいて、アシスタントが驚愕の声を上げた。
「ボーカル、REN。本名、菊池連歌。」
その時、蓮華の携帯に着信が入った。
メールのようだ。
沈んでいた蓮華の表情が、瞬く間に微笑みを見せた。
「噂をすれば、彼からの連絡のようね。」
「入江さん、レンちゃん今終わったって!」
子供のようなテンションの上がりように、周りもつられて笑みを浮かべる。
その時。
「ちわ。」
掛かっている曲と同じ声がスタジオ内に響く。
全てを魅了する美しい声。
顔を覗かせたのは、中性的な顔立ちをした、蓮華に似た青年。
「レンちゃん!?え、今終わったばっかじゃないの!?」
パタパタと駆け寄り、自分と同じ身長の弟を抱き締めた。
175cmの美しい姉弟に、皆、感嘆の眼差しを向ける。
「ココのスタジオだったから。」
「そうだったんだぁ…入江さん、帰って大丈夫?」
「ええ。連歌くん、7時に此処入りね。」
入江の言葉に、了解と手を上げると、姉弟はスタジオを後にした。
「姉弟って言うより………。」
「恋人同士ね。さて、明日も早いわ。お先でーす。」
入江は、アシスタントの後をサラリと言い流すと、スタジオから立ち去った。
同時にスタジオ内の片付けが始まった。
□ □ □
二人は、地下駐車場に置いてあるバイクへと歩いていた。
「こんにちは。」
連歌のバイクに腰を預けている男。
二人の歩みがピタリと止まる。
「誰…アンタ…。」
穏かだった連歌の表情が、一気に険しくなり、蓮華を背中に庇う。
「俺は、千鶴。その後ろの姉さんに用はない。用があるのはアンタだよ、菊池連歌さん。」
ふふ、と口角が持ち上がり、バイクから腰を上げた。
瞬きの間に、男…千鶴の顔が、真正面にあった。
千鶴の左手が、臍の下…下腹部を服越しに触れた。
驚き身を引こうとしたが、連歌の体は身動きが出来なかった。
「ちょっと、変態。人の弟に何するのよ。」
蓮華が、容赦なく千鶴の手を叩き落した。
千鶴の笑みが深まる。
「白々しいよ、“蠍座騎士”の菊池蓮華さん。」
蓮華の目が、驚愕に見開かれたのは一瞬。
刹那の間に、妖艶な笑みを浮かべた。
「裏切り者に名を呼ばれる覚えなどないわ。」
姉の極端な変わりように、連歌は驚きの視線を向ける。
「アンタ、案外役者だね。弟くんビックリしてるよ?」
「別に役者な訳じゃないわ。二面性があるだけよ。」
「ふーん…弟くんの身に何かない限り、変わる事はないんだ。」
千鶴の愉しそうな声に、蓮華も笑った。
連歌は、そんな二人に異常さを感じる。
「ね、姉さん?」
「可愛いあたしのたった一人の肉親。」
蓮華と連歌の両親は、幼い頃、災害で他界した。
それからと言うものの、二人は親戚から援助を受けながら育った。
「貴方の目覚めは望んでいない…。だけど…目覚める事が貴方の…私たち“星座騎士”の運命。」
蓮華は、そっと弟の体を抱き締めた。
「今も昔も…私の半身…“蠍座騎士”。」
耳元で蓮華の声が響いた瞬間、連歌の体内が強く脈打った。
「…良かったの?お姉さん。」
「良いも悪いも、いずれはこうなる運命だもの。覚悟する時間が少しでも長い方が良いわ…。」
そっと身を離し、連歌の背中をトンと押した。
連歌の体は力が抜け、簡単に体が傾ぐ。
千鶴はそっと連歌の体を抱き止めた。
「その子が狂う事は許さないわ。」
「…最初見たときは、お姉さんの方が発狂するかと思ったけど…。」
「女をなめない事ね。」
そう言いながらも、蓮華のその青い目は哀しみに揺れていた。
千鶴と連歌の姿が、蜃気楼のように揺らめき、その場から消えた。
「さよなら…愛しい連歌…シャウラ………。」