水瓶座のナイト 2
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背筋に走った悪寒。
背後を勢い良く振り返る。
真紅の尻尾が視界の端を横切るが、背後には勿論誰かが居る訳ではない。
「何だ…今の…。」
竜は、飛鳥組の道場で仁科に手解きを受けていたが、今まで感じた事のない強烈な寒気に、集中力が揺らいだ。
「隙有り!」
叫んだ仁科の回し蹴りが、竜の脇腹に減り込もうとした瞬間、反射的に竜の腕が防御の体勢をとり、その掴んだ仁科の足を軸として軽く跳躍をして体を捻り、回転した勢いのまま踵で仁科の秀麗な顔を狙う。
が、当たる瞬間に、仁科の顔が後ろに反り直撃を免れる。
その白い頬に、一筋の赤い線が走る。
竜は、とん、と床に足を付くと、仁科の頬に気が付く。
「あ、ごめん。」
しまった、と後悔しながらも謝罪を述べれば、気にするなと微笑まれた。
「意識せずにしたにしては、結構恐いの出すね。今のは本気で危なかった。」
仁科は、流れた血液を手の甲で拭い、微笑んだ。
生徒の成長を素直に喜んでいるようだった。
「一週間前と全然違う。体が覚えてるみたいだね。」
「なのかな。」
「で?何か気になる事でも?」
先程の、組み手中の竜の反応の事を指しているのはすぐに分かった。
が、竜は返答に窮した。
何と説明すればいいのかが分からないのだ。
ただの悪寒のような気もするし、そうではないような気もする。
考え込んだ矢先、左の脹脛が熱を伴って痛みを訴えた。
「いっ!」
あまりの痛さにしゃがみ込む。
攣った痛さとは確実に違う。
ジャージの裾を持ち上げ、胡坐を掻いて脹脛を覗き込んでみると、そこには水瓶座のマークが痣のように浮かび上がっていた。
仁科もそれを目にして、「あ、のバカ!」と呟いた。
「水瓶の“エクウィティ”が、結界を発動したんだよ。王は、それを感知する事が出来る。あいつ…“オルディネ”とバトりだしたか。」
苦々しい表情の仁科。
竜は、仁科に向けていた視線を、己の脹脛に向けた。
「昔っからあのバカップルは、事ある度にドンパチと…。」
「昔から…?え、でも、今までは…。」
「全くの未覚醒だったから、感知能力も全くなかったんだよ。だが、今は違うからね。」
仁科は、考え込みながら竜に説明をする。
「あの子がキレる時は、大概が“獅子の王”…あんた絡みだからね。多分、洸も近くに居るだろ。竜、行くよ。」
彼女は一人で話を進め、上着を羽織ると道場を足早に去って行く。
竜も急いで上着を羽織って後を追う。
途中、流に遭遇した為、出掛けるとだけ言って別れた。
□ □ □
「“風蓮華”!」
雅が纏う風が分散し、幾つもの飛礫となって瀬蓮に襲い掛かる。
「“颯嵐”。」
瀬蓮は愉しそうに笑いながら纏う風を竜巻に拡大し、雅の放った風の飛礫を巻き込むと、螺旋の力で加速させ、雅に打ち返す。
「“爽雫”!」
雅が叫べば、間近に迫った飛礫が爆竹のような音を立て弾けた。
静寂が場を支配する。
片や不愉快そうに表情を歪め、片や愉快そうに表情を歪める。
30分は続く戦いに、周囲の民家や広場、公園、草花は滅茶苦茶である。
破壊されたブロック塀に腰掛けた洸が、やれやれと腰を上げた。
「不毛な闘い、“蟹座騎士”である保塚洸が介入する。“水縛”。」
洸が宣言した途端、水が上空で争う雅と瀬蓮の動きを拘束した。
二人は同時に、邪魔をした洸を睨み付けた。
洸の表情は切ない色を湛えている。
「ヒポポタマス!外せ!」
「邪魔してんな、ガキ!」
「……恋人同士ってのは…何とも辛い事だねー…。」
洸の呟きは、ギャーギャーと騒ぐ二人の耳には届かない。
これも運命。
解っていても、割り切れないのは自分だけなのか。
その時、二人の声がピタリと止まった。
「誰…。」
「騎士か…。」
突然潜められた声。
二人の結界に、何者かが侵入したらしい。
結界内に入れるのは“騎士”のみ。
空気が先程以上に張り詰めるのが解る。
「“牡牛座騎士”が介入だ!そこの水瓶座コンビ!沈め!!!!」
女の怒号が響いた瞬間、“水瓶座騎士”の二人が、強力な引力に従い、地面に減り込んだのだった。