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水瓶座のナイト 2

□    □    □





背筋に走った悪寒。

背後を勢い良く振り返る。

真紅の尻尾が視界の端を横切るが、背後には勿論誰かが居る訳ではない。


「何だ…今の…。」


竜は、飛鳥組の道場で仁科に手解きを受けていたが、今まで感じた事のない強烈な寒気に、集中力が揺らいだ。


「隙有り!」


叫んだ仁科の回し蹴りが、竜の脇腹に減り込もうとした瞬間、反射的に竜の腕が防御の体勢をとり、その掴んだ仁科の足を軸として軽く跳躍をして体を捻り、回転した勢いのまま踵で仁科の秀麗な顔を狙う。

が、当たる瞬間に、仁科の顔が後ろに反り直撃を免れる。

その白い頬に、一筋の赤い線が走る。

竜は、とん、と床に足を付くと、仁科の頬に気が付く。


「あ、ごめん。」


しまった、と後悔しながらも謝罪を述べれば、気にするなと微笑まれた。


「意識せずにしたにしては、結構恐いの出すね。今のは本気で危なかった。」


仁科は、流れた血液を手の甲で拭い、微笑んだ。

生徒の成長を素直に喜んでいるようだった。


「一週間前と全然違う。体が覚えてるみたいだね。」

「なのかな。」

「で?何か気になる事でも?」


先程の、組み手中の竜の反応の事を指しているのはすぐに分かった。

が、竜は返答に窮した。

何と説明すればいいのかが分からないのだ。

ただの悪寒のような気もするし、そうではないような気もする。

考え込んだ矢先、左の脹脛(ふくらはぎ)が熱を伴って痛みを訴えた。


「いっ!」


あまりの痛さにしゃがみ込む。

攣った痛さとは確実に違う。

ジャージの裾を持ち上げ、胡坐を掻いて脹脛を覗き込んでみると、そこには水瓶座のマークが痣のように浮かび上がっていた。

仁科もそれを目にして、「あ、のバカ!」と呟いた。


「水瓶の“エクウィティ”が、結界を発動したんだよ。王は、それを感知する事が出来る。あいつ…“オルディネ”とバトりだしたか。」


苦々しい表情の仁科。

竜は、仁科に向けていた視線を、己の脹脛に向けた。


「昔っからあのバカップルは、事ある度にドンパチと…。」

「昔から…?え、でも、今までは…。」

「全くの未覚醒だったから、感知能力も全くなかったんだよ。だが、今は違うからね。」


仁科は、考え込みながら竜に説明をする。


「あの子がキレる時は、大概が“獅子の王”…あんた絡みだからね。多分、洸も近くに居るだろ。竜、行くよ。」


彼女は一人で話を進め、上着を羽織ると道場を足早に去って行く。

竜も急いで上着を羽織って後を追う。

途中、流に遭遇した為、出掛けるとだけ言って別れた。





□    □    □





「“風蓮華(かざれんげ)”!」


雅が纏う風が分散し、幾つもの飛礫(つぶて)となって瀬蓮に襲い掛かる。


「“颯嵐(そうらん)”。」


瀬蓮は愉しそうに笑いながら纏う風を竜巻に拡大し、雅の放った風の飛礫を巻き込むと、螺旋の力で加速させ、雅に打ち返す。


「“爽雫(そうだ)”!」


雅が叫べば、間近に迫った飛礫が爆竹のような音を立て弾けた。

静寂が場を支配する。

片や不愉快そうに表情を歪め、片や愉快そうに表情を歪める。

30分は続く戦いに、周囲の民家や広場、公園、草花は滅茶苦茶である。

破壊されたブロック塀に腰掛けた洸が、やれやれと腰を上げた。


「不毛な闘い、“蟹座騎士(カンクロ・エクウィティ)”である保塚洸が介入する。“水縛(すいばく)”。」


洸が宣言した途端、水が上空で争う雅と瀬蓮の動きを拘束した。

二人は同時に、邪魔をした洸を睨み付けた。

洸の表情は切ない色を湛えている。


「ヒポポタマス!外せ!」

「邪魔してんな、ガキ!」

「……恋人同士ってのは…何とも辛い事だねー…。」


洸の呟きは、ギャーギャーと騒ぐ二人の耳には届かない。




これも運命(うんめい)

解っていても、割り切れないのは自分だけなのか。




その時、二人の声がピタリと止まった。


「誰…。」

「騎士か…。」


突然潜められた声。

二人の結界に、何者かが侵入したらしい。

結界内に入れるのは“騎士(ナイト)”のみ。

空気が先程以上に張り詰めるのが解る。


「“牡牛座騎士(トーロ・エクウィティ)”が介入だ!そこの水瓶座コンビ!沈め!!!!」


女の怒号が響いた瞬間、“水瓶座騎士(アックワーリオ・ナイト)”の二人が、強力な引力に従い、地面に減り込んだのだった。

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