目覚めの炎 1
若干のBL表現があるかもしれません。
ご注意願います。
それは抗う事の出来ぬ運命。
揺ぎ無き宿命。
逃れる事の出来ぬ天運。
生まれ落ちる前から決められていた道筋に青年達は翻弄される…―――。
□ □ □
―――こんこん
「兄様、入るよ。」
黒い髪を高く結い上げた15歳ほどの少女が、暗闇の室内に足を踏み入れた。
奥にあるベッドの中の山が、もそりと動いた。
ゴソゴソと這い出て来たのは、青年の影。
―――シャッ
「早くしなきゃ、遅刻するよ。」
少女がカーテンを開ければ、朝陽が室内を照らし出した。
必然的に青年も照らされる。
真紅の髪。
赤銅の瞳。
全て紛い物ではなく、生まれながらにして得た色。
寝惚け眼を擦り、大きな欠伸をする。
「ふぁ〜あ…おはよ、和歳。」
「ふふ、お早う、竜兄様。」
和歳と呼ばれた少女は、兄の幼少から変わらぬ寝惚け方に小さく笑いを漏らした。
彼女に「竜」と呼ばれた青年。
鹿森竜。
和歳の二つ上の兄である。
周囲には、「実は和歳が上なのでは?」とさえ噂される程に、妹の方がしっかりしている兄妹だ。
両親は、五年前に飛行機事故にて他界。
莫大な遺産があった為、それをちまちまと使いながら生活をしていた。
「今日は、兄様の誕生日だね。17歳おめでとう。」
「ん〜、サンキュ。お前も誕生日だな。15才オメデト。」
「有難う。さ、朝食の用意は出来てる。冷めない内に下りて来てね。」
「了解。」
大きく伸びをする兄を残し、和歳は静かに部屋を出て行った。
一人残り、ぼんやりと窓の外を見つめる竜。
彼は、先程まで見ていた夢を思い出していた。
荒廃し、亀裂が数多走る大地。
漂う血の臭い。
空には暗雲が立ち込め、稲妻が轟く。それはまるで地獄絵図のような風景。
ぼんやりと悩む。
夢にしては、あまりにリアルな空気だった。
竜は、ファジーウルフの深紅の髪をガシガシと掻き、盛大な溜息を吐き出すと、ベッドから立ち上がった。
下半身は三本ラインのジャージを穿いているが、上半身は裸。
程よく筋肉が付き、見るからにスポーツ大好きと言ったところか。
大きな欠伸をすると、床に落ちていた黒Tシャツを拾い上げ、歩きながらそれを身に着けた。
部屋を出て階段まで来ると、玄関ホールに人影を見付ける。
その人物は、竜に気付き、にこやかに手を振って来た。
竜も振り返しながら、階段を下りて行く。
「おはよ、竜ちゃん。」
「モーニン、千鶴。」
Gパンに黒のロンT姿の彼の名前は、篠原千鶴。
手首にシルバーバングルが煌く。
緋色のアシメパーマがふわふわと揺れている。
朱色の目がにんまりと細くなる。
「あっれー?今日ってガッコじゃね?」
私服姿の幼馴染に、竜は首を傾げた。
「うん、学校なんだけど…自主休校?」
あはは、と声を上げる千鶴に、適当人間の竜もさすがに呆れ模様。
その時、チャイムが鳴り、ガチャリと扉が開いた。
「よ。」
顔を出したのは、金茶のウルフカット頭。
色の薄いサングラスが、陽光を浴びて光る。
「あれ、イオッチ?」
「遅いじゃん、イオリン。」
見るからにヤの付く稼業的な服装の成年、飛鳥庵。竜と千鶴の幼馴染である。
庵は、サングラスを取り、スーツの胸ポケットに差し込んだ。
「兄様?」
リビングに通じる扉から、和歳が顔を覗かせた。
玄関ホールにて開催されている集会に、少し驚いた表情を見せると、フッと表情を緩めた。
「いらっしゃい、2人とも。」
「おはよー、かずっちゃん。」
「はよ、和歳ちゃん。」
「まあいいさ。上がれよ。」
竜が声を掛ければ、二人は「遠慮なく。」と適当にスリッパを履いて、リビングへと向かった。
四人は対面ソファーに腰掛け、食後のコーヒーに舌鼓を打っていた。
「いやー、かずっちゃんの手料理は美味いねー。」
「どうも。」
満面の笑みの千鶴に、和歳は苦笑を漏らす。
「で?」
竜が声を掛ければ、目の前の幼馴染達は、同時に首を傾げた。
「イオッチはイイとして、何で千鶴は私服なん?」
「おお、その事ね。」
ポム、と手を打つ様に、「他に何があんだよ。」とは口にしない。
どうせ無視されるのが解っているから。
「そっかー…竜ちゃんは解んないかー…。どうする?イオリン。」
神妙な面持ちで、顎に右手を添える千鶴。
今度は竜が首を傾げた。
問い掛けられた庵は、深く吸い込んだタバコの煙を、溜息と共に吐き出した。
そして、茶色の目を和歳に向けて、にんまりと口角を持ち上げた。
「竜は解ってねーみてーだが…和歳ちゃんは、解ってるよね?」
意味深な言葉。
投げ掛けられた和歳の表情は動かない。
その代わり、竜の表情が意味不明と歪む。
「チョー意味不。」
「今日は、竜ちゃんの誕生日。」
「ん?ああ、そうだけど?」
竜の答えに、千鶴は満足そうに笑みを浮かべると、ソファーから立ち上がった。
千鶴は、竜と和歳に背を向け、暖炉へと向かう。
暖炉に飾ってある数枚の写真。
かつての家族写真。
千鶴が手に取ったのは、幼馴染大集合の一枚の写真。
その写真を左手で取ると、空いた右手で幼い竜の顔をそっと撫でながら、口を開いた。
「これが…“獅子の王”とは…なんて嘆かわしい事だろう。そして…。」
千鶴が低く笑った。
その声の冷たさに、リビング内の空気が張り詰める。
―――ボッ!
左手の写真立てから、黒い炎が発火した。
竜の目が驚愕に見開く。
千鶴の目が冷たく光り、肩越しに竜を睨み付けた。
「そして、実に馬鹿馬鹿しい。」
初めて見る千鶴の冷たい眼差しに、竜は息を呑んだ。
「お前の為に、数多の者が血を流し、命を散らした。」
「え…?」
告げられた言葉に、眉を顰める。千鶴が何を示しているのか解らない。
「千鶴…?」
「お前の部下が可哀想だぜ、王様よ。」
ジリ、とタバコを揉み消し、庵が鋭い眼光で竜を睨み付ける。
その凶悪な視線を目にした瞬間、頭の右側が激しい痛みを訴えた。
唐突の事に、咄嗟に痛みの訴える部位を押さえ、やり過ごそうとするが、意思に反し徐々に痛みは全体に広がり出す。