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9話 王都での祝賀パーティ

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励みになります。゜+.(*´∀`*)゜+.゜



 ティエラは初めての王城に仕立てたばかりのドレスで着飾ってやって来ていた。

《判定の儀》を迎え終えた貴族の子女とその親が集められた、次代を担う貴族子女の祝賀パーティだ。6歳のティエラにとってこれが初めてのパーティで、会場である豪奢で優美なつくりの王城の大広間は公爵家のそれの3倍はありそうな広さで、見上げてもどれほど高いのか分からない天井は、細部まで細工が施されており、もう公爵家の大広間とは呼べないなと思うほどのものだった。

 昼間だというのにいくつもの大きなシャンデリアが煌めき、そこにいる人々を輝かせていた。

 王家の王太子こと第一王子に合わせて貴族たちが子を作ったため、他の年より多いためだろう──その大きな空間がほとんど埋まるように多くの人で溢れていた。

 奥には立食用のオーブルとデザートが置かれたテーブルが、壁際には休憩用のカウチソファーがあったが、それらを利用している者はほとんどおらず、誰も彼も息子の娘のお披露目に夢中で、大広間は上品な笑声と優雅なざわめきが拡がっていた。


 そう、祝賀パーティは王侯貴族へのお披露目──顔見せでもあり、ティエラたち父娘も例に漏れず、他家への挨拶廻りしていた。と言っても、高位(公爵)のティエラ父子は、挨拶に訪れる者たちの対応をしているだけで、廻っているのは伯爵や子爵たちだったが。

 そんな最中(さなか)、ティエラ父娘の背後からふた組の母娘の(あざけ)りが聞こえた。


「まぁ、地に足を着けた水鳥がいましてよ」

「とても居心地が悪そうだわ」

 ティエラから少し離れた場所にいる夫人が笑い、その隣にいた夫人によく似た顔の幼い令嬢と友人と思わしきもうひと組の母娘がくすくすと笑った。


 幼い令嬢たちはシルクのドレスを身に(まと)っており、純白の胸元で水色の宝石が(きら)めき、その頭には宝石と似た水色のリボンが結ばれていた。


 ティエラも同じようなシルクのドレスに水色の宝石を着けていた。違うのは宝石の形とリボンの色だけ。ティエラの頭には宝石とは違う、()()のリボンが結ばれていた。


 主役である今年6歳の令息令嬢は、『無垢な魂に神が色を与えてくださった』という意味を込めて純白の装いをしており、白以外は家の象徴である宝石──家珠(ジェム)──と《判定の儀》で判別した属性の色の装飾だけを身に着けるのが習わしで、家珠(ジェム)の色からどの属性の家系か、ネクタイやリボンの色からどの属性を神から(たまわ)ったかが、ひと目で分かった。


 アーグワ公爵の象徴である白鳥を(かたど)ったアクアマリンのブローチに土属性を示す褐色のリボン。鮮やかで澄んだアクアマリンに地味な褐色のリボンという対比がティエラを悪目立ちさせていた。


「そもそも、水鳥の子がモグラなんてことありますかしら?」

「ええ、モグラが生まれるはずがありませんものね」

「これが托卵というものですの? お母さま」

「あら、リアンはとっても博識ね」


 ティエラは下を向きそうになるのを堪えて、父の友人親子への対応をこなそうとする。

(──こういう中傷は想定してたじゃない)


「私の娘にご用かな?」

 大きい声ではない。なのに力強い声がティエラの横から発せられた。父イアインが半身(はんみ)で左後ろのふた組の母娘に視線を送っているかと思えば、自然な動きでゆっくりとそちらに向かって行った。

 遅れてティエラも後に続き、ふた組の母娘を見やる。

 水属性を賜ったという証である水色のリボンを頭に付けた2人の令嬢は、その胸に蟹を模った青色のブローチと亀を模った水色のブローチを付けていた。

(この形は確か──)

 ブローチの形から家名を導こうとしたティエラだが、それより先に父イアインが、

「そなたらは、トルトーガ家とロータス家であったか。同じ水属性の家系として仲良くしていきたいところだが……」

 と言った。

「ええ、ええ、もちろんですわ」

 さきほどの勝ち誇ったような声と打って変わった声で母娘たちが肯定した。

「それはよかった。ふむ……そなたらのご息女は髪や瞳に先祖の色を持たされなんだようだが、魔法は受け継いだようでなりよりだ。逆に我が娘は公爵家のアクアマリンの髪と瞳を受け継いだが、魔法は受け継がなんだ。全てを受け継ぐというのは難しいようだ」

 父がにこやかにそう言うと場の空気が軽くなり、母娘はほっとした顔になる。

 だが、それを許さぬかのように父の笑顔が冷や水を浴びせるかのような含みのあるものに切り替わった。


「おや、トルトーガ家のご令嬢は褐色の髪か……娘と逆で面白い」


 褐色の髪に水色のリボン、水色の髪に褐色のリボン──逆なだけで嘲笑した娘とティエラの頭は同じ配色をしていた。

「恵みの水と母なる大地の色を兼ね備えるとは、実に縁起がよい。トルトーガ家も鼻が高いであろう?」

「ええ、ええ、もちろんですわ。アーグワ家もそうなのでございましょうね」 

「無論だ」

(お父様……)

 父イアインは、嘲笑した家もティエラ同様に色を全て受け継いでいないと指摘し、ティエラをアーグワ家の正当な血筋であることを示しただけに留まらず、大地を称えることで土属性を肯定してくれたのだ。


「何かありましたか?」

 単独で挨拶廻りしていたのだろうトルトーガ家とロータス家の当主が慌ててやってきた。

「歓談していただけだ。お互い自慢の娘を持った、とな」

 父の言葉でほっとしながら「そうでしたか。ですが、娘はまだ挨拶廻りが済んでおりませんので、大変申し訳ありませんがこれにて失礼させていただきます」と、母娘を伴ってそそくさと離れていった。


 祝賀パーティには、男爵を除く子爵から公爵までの貴族の子息令嬢が王によって招待されていた。会場内は家柄に厳しい代々から続く貴族ばかりで、公爵家に堂々と悪意を向ける者などいないと思ったが、誰のことかはっきりとは分からぬよう(にご)せば大丈夫だろうと安易に考える者がいたようだが、父の声かけによってそれも沙汰止(さたや)みとなった。


 パーティ会場である王城、ひいては王都へは馬車で3日掛かってやってきた。そこから王都にある公爵家の別邸で1日休養を取ったので、もう4日も屋敷から離れている。

 堆肥(たいひ)を作ったあと、庭師のネロ爺と一緒に実験用のじゃがいも畑を作って2週間が経っていた。


(そろそろ芽が出る頃なのに……その瞬間を見れないなんて)


 幼いティエラは王城のパーティに心躍っていたが、土属性と笑われ、その血さえ疑われて不快な気分になっていた。そして、大人のティエラは畑の様子が気になり、混ざりあった結果、今すぐ屋敷に帰りたい気持ちが強まった。

 だが、せめて主催者である王と王妃にお目通りしなければ帰れない。


 聞こえる範囲での(さげす)みはなくなったが、王の登場を待っている間に出会う者たちの顔にはティエラを見下す顔が見え隠れしていて、気持ちが塞がる一方だった。


* * *


「この国の次代を担う者たちよ、よくぞ参った。(みな)の健やかな姿を見ることができ、喜ばしい」

 上品な笑声とざわめきが拡がっていた会場は、王と王妃の登場でより厳粛(げんしゅく)(おもむ)きを纏い、王の声がよく響いた。

「我が子、ルズリヤも貴公らと同じく《判定の儀》を無事終え、神から光を賜った」

 王が祝辞を述べ、王太子ルズリヤが登場する。

「ルズリヤ・ルフラントです。皆と共に神からの福音を祝えて嬉しく思う」

 初めてみる従兄叔父(いとこおじ)従兄叔母(いとこおば)、そして、はとこは美しくキラキラと輝いていた。

 光を放つかのようなプラチナブロンドの髪に碧瞳。幼いながらに整った高貴な顔立ち。シルクの礼服は彼の神秘性を際立たせた。

 まるで天の使いであるようなルズリヤにティエラはしばし見惚れる。

(光……? そっか)

 数秒遅れで頭に届いた言葉にティエラは、ふと思う。

 土魔法のことで頭がいっぱいだったティエラはすっかり忘れていたが、王家は《五大元素魔法》から外れた上位の属性である《光》を受け継いでいるのは周知のことだった。

(私にも王家の血が流れているなら、私も光であってもよかったのに)

 多くの者に蔑まれる属性よりも多くの者に称えられる属性のほうがよかったとティエラは気落ちする──が、すぐに思い直す。

(いいえ、土魔法は菜園づくりに役立つから好き。それに──)

 そして、先刻の父の言葉と笑顔を思い出す。

(お父様に認められたのだからいいの)

 あれが父の本心であるなら──



「やっと娘を紹介できるな、レイアル。娘のティエラだ」

「お初にお目に掛かります。アーグワ家が長女、ティエラ・アーグワでございます。本日はこのような盛大なパーティにご招待いただき、ありがとうございます」

 王一家の前で父に紹介され、ティエラは緊張を隠して優雅にカテーシーをした。

「よう来た、イアイン。会えて嬉しいぞ、ティエラ嬢」

「ティエラ嬢、お会いしたかったわ」

「君と私は、はとこだと聞いた。仲良くして欲しいな」

 レイアル王が鷹揚(おうよう)に、ベレサティラ王妃が気高くも優しい微笑みで、ルズリヤ王子が天使の微笑みで迎えてくれた。


 近くで見る王子は、より美しく感じた。子供独特の柔らかな髪は、白金の輝きで光そのものであるように思え、同じ輝きを放つ長い睫毛で縁どられた青い瞳が柔らかく弧を描き、可愛らしくも美しい小さな鼻と唇はまるで芸術品のようだった。

 王と王妃も美しい金髪だったが、王子と比べると見劣りしてしまう。だが、王も王妃も王子によく似た美しい顔の造形と微笑みをしていた。

「心無い者がいろいろ言うでしょうが、母なる大地の土を持つティエラ嬢を私は誇らしく思いますよ」

「ありがとうございます」

 王妃の慈愛の籠った微笑みに緊張で固まっていたティエラの体のこわばりが少し(ほぐ)れた。

「そこのイアインから『6歳とは思えぬほど勉学によく励む』だの『幼いのに弁が立つ』だのティエラ嬢の自慢話をよく聞かされたわ。わしも成長が楽しみだ」

 王がにやりと笑い、王子が興味深げに続けた。

「大人が読むような本も読まれると聞きました。どんな本を読んでいらっしゃるのか、時間があればぜひお話ししたいですね」

「そうね、ルズリヤと話が合いそうで嬉しいわ。今度ゆっくり時間を取ってお話ししましょう」

「はい、ぜひ」

 油断すればまた見惚れそうになる天使のような王子と会談を設けられることになり、ティエラは嬉しさ半分重荷も感じてしまうが、顔には出さなかった。

「堅苦しい書物の話だけではつまらないわね。ティエラ嬢、ご趣味は何かおありかしら?」

「本を読むことが好きですが、植物を()でることも好きです」

(愛で方が普通の令嬢と違うけど)

「まぁ。だから貴女は土魔法に目覚めたのかしら?」

「そう……きっと、そうだと思います」

 王家の光でもなくアーグワ家の水でもなく、土属性の私が生まれたのは、前世で土をいじって植物の世話をしていたからかもしれない。王妃の言葉でなんとなく、そう思えた。


 そんなティエラの耳に観衆のひそひそとした声が入る。


「王も王妃もティエラ嬢をご贔屓(ひいき)しているようだわ」

「身内だからであろう。公爵夫人は王の従妹姫であったし、公爵自身も王家の血が少なからずはいっているからな」

「身内ねぇ……本当に従妹姫の血が流れているのか疑わしいですけれど」

「土の血は、もはや平民にしか流れておらんからな」

「では、ティエラ嬢は公爵家の庶子で?」

「その線が強かろう」


(平民にしか流れてない……?)

 そういえば、とティエラは思い出す。赤に青、黄、緑と色鮮やかなリボンやネクタイ──褐色のリボンを着けているのは自分だけだった。

(土属性は私だけ? それって……)

 ティエラは、貴族では土属性の子を間引いてきた歴史をまだ知らなかった。()えて()せられていたのだが、周囲の囁きで答えに近づく。

 父と王が何か話しているが、ティエラは背後の声に集中してしまった。


「そもそも土属性などではなく、魔力なしと聞いたが?」

「魔力なし!?」

「公爵家の者が魔力なしとは」

「土でもあるだけマシとしたか?」

「どちらにしろ、婚約者などできぬだろうな」

「王太子の婚約者候補筆頭であったというのにな」


 ひそひそした声は、いつの間にか明後日の方向の噂話となっていた。

(魔力なし……? どこからそんな噂が……)


「ティエラ嬢」と、自分を呼ぶ声にはっとしてティエラが前方を見ると、王妃が申し訳なさ気な顔で言う。

「恥ずかしいことですが私、土魔法を見たことがないの。よければ見せていただけないかしら?」

「はい、喜んで」

 これは王妃の助け舟だろう。

 使用人に用意されたのは、ダイヤモンドの原石だった。ダイヤモンドは王家の貴石で、ルズリヤの胸にも太陽を模った白金の土台にダイヤモンドが煌めいていた。

 ダイヤモンドを美しく輝かせるためにはカットの対比や角度、対称性や光の反射の調和が大切だ。繊細で綿密に計算されたカットを素人ができるはずがない。

 王妃がそれを知らないはずがない。その王妃がこれを用意したということは、一種の試練だろうか。

「……」

 考え込むティエラに王妃が、

「あら、ティエラちゃんには土のほうがよかったかしら」

 と、新たに土を用意してくれた。

(いつの間にか「ちゃん」呼びになってる)

 これは可愛がってくれているのか。馬鹿にしているのか。どちらだろう──とティエラは思案した。「やってやろうじゃない」と、負けん気が強いティエラが出掛けたがすんでのところで引っ込む。

(身の丈に合わないことをするべきではないわね)

「はい。宝石を扱うには私は荷が重く思います。こちらの土を使わせていただきますわ」

 大皿の土が盛り上がり、次第に形が整っていく。

 上部が拡がるような形になり、その両端から羽根が生まれる──一本の筋、その筋からさらに細かな筋が拡がり、触れれば毛羽立ちしそうな美しい羽根が。

 一枚一枚美しい羽根が優雅に拡がり、力強く羽ばたく翼となる。

 翼を支える太い前腕から首が頭が弓なりに突き出し、硬く鋭い(くちばし)ときらりと光る瞳が、そして躍動やくどうする胸筋から(たくま)しい脚が獲物を狙うように前方に鋭く突き出し──その爪は鋭く煌めいた。

「鷹か」

「まぁ、この|躍動感。まるで生きているよう」

「素晴らしく精密な土像ですね」

「土だというのに目や爪は光沢しているではないか」

 王家のもうひとつの象徴である鷹を精密に作りあげたティエラを口々に褒め称える王家一同に呼応するかのように背後からも感嘆(かんたん)の声が上がる。


「ほう。素晴らしい魔法精度だ」

「あの歳でここまで扱えるとは」

「なんと見事な」

「なんだ、使えるではないか」

「いや、確かに魔力なしと聞いたのだが」

「どちらにせよ、土属性では王家どころかどこにも(とつ)げんよ」

如何(いか)に魔法精度が優れていようと土魔法では、なぁ」


「アーグワ家はなぜ、土を間引かなかったのだ」


 ──間引く。


 薄々気づいていた。だが、初めてはっきりとその言葉を聞き、ティエラはよろめいた。


(土属性の子が自分以外にいなかったのは、間引いているからだったの――)


 そこまでするほど土魔法は《無能》だと言うのか。


(有能性を示さなければ……お父様も私を間引く──?)


 ──頭が眩んだ。


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