8話 土づくりと微生物
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前話に一部間違いがあったため、修正しています(2020.1.15)
流れはそんなに変わっていません。
肥料の材料集めはすんなりといったが、そこからが大変だった。
ルーシーが古い陶器の水差しを持ってきてくれたので、私はそれを足元に置き、尿を集めようとした。
骨片を集めたときのように自分の膀胱内にある尿を触媒にし、林の地中に染み込んでいるだろう小動物の尿を土魔法で集めようと考えたところで、気づく。
(あ。地中の尿なんて蒸発してたり、発酵してたりして、そんなに集まらないかも)
それに、尿はそのまま畑に撒くと有毒なガスや熱を出して植物の根を傷めてしまう可能性があるから、十分に発酵させる必要がある。それなら、分解中の周囲の土ごと持ってきたほうが手っ取り早そうだ。
「ルーシー、せっかく水差しを持ってきてくれたのに申し訳ないのだけど、バケツを用意してちょうだい。あと、ふすまも用意できないかしら?」
「バケツとふすま……でございますか?」
「小麦を製粉するときに除かれる小麦の外皮のことよ」
「水車小屋まで用向かなければならないかもしれません」
「お願いするわ」
しばらくすると、ルーシーは小麦ふすまを用意するよう屋敷の使用人に伝え、バケツだけ持ち帰ってきた。
今世のバケツは木製だ。木の板を金属で作った輪で留め、側壁をつくっている樽と同じ構造のものだった。私はそれを足元に置き、
「我が体内にある尿と同じものが染み込んだ土よ! 我が元に!」
膀胱内の尿を触媒にして地中の尿が染み込んだ周囲の土をおおざっぱにイメージし、土魔法で引き寄せた。
バケツに移動させた山盛りの土は、つーんとした刺激臭がした。
「お嬢様……こんなものに触れてはいけません」
「ふすまが届いたら、それと混ぜて発酵を促進させるわ。十分に発酵したらこの臭いはなくなるから大丈夫よ」
「何か作業がありましたら私がやりますので、お嬢様はご指示くださいませ」
「土魔法でいろいろできないかの検証もしたいの。直接は触らないから見逃してちょうだい」
公爵令嬢としては不相応の行為なのだろう──でも、私は止めない。菜園づくりが好きだし、何より土魔法の有用性を見つけたいから。
「そうね。どうせなら、土魔法で発酵を促進できないかしら」
発酵とは地中の微生物が有機物を分解して物質が変化することを言う。尿が発酵すると、窒素が発生するが、十分な発酵には時間が必要だった。
微生物を土魔法で操ることができたらそれを早められるかもしれない。
もともとは塩水だった岩塩が鉱物で土属性扱いなら、土を食べて生きる微生物も土属性に分類されないだろうか?
「試してみる価値はあるわね」
小麦ふすまが届くまでに他の用意をしておこう。
肥料の材料は残り枯れ草だけだったが、土魔法で集めるまでもなく、小屋の裏で間引きしたであろう植物や雑草の入った布袋をたくさん発見したので、これを使わせて貰うことにした。
「さぁ、それじゃあ、畑の用意を──と言いたいところだけど、肥料として使うにはまだ下準備がいるわ」
肥料としてこのままでは使えない。微生物に分解されやすいよう、骨片を骨粉に、枯れ草を灰にする必要があった。
「お嬢様、どこでそんな知識を?」
と、驚くルーシーに私は内心焦ったが冷静な仮面を貼り付け、
「お父様の書斎にあった本よ。農業に関する本まであるなんて、さすがお父様よね」
領主の書斎にならそういう本があるかもしれないと思い、誤魔化した。
(そうだわ、土いじりの前に今世の農業の本を読めばよかったのよ)
そうすれば、事前に何が足りないか、前世の知識で何が役立つか分かったのに、と私は今になって反省した。
「お嬢様、いつの間に書斎へ?」
「……土属性が判明したあと、何ができるか知りたくて、お父様に許可をいただいたの」
と、嘯く。
気が遠くなるような顔をしながらも一連の私の行動を見守ってくれたルーシーに嘘をつくのは忍びない。
(あとで、お父様に書斎への入室許可を貰っておこう)
さて、肥料の下準備だ。
骨粉にするその前にも、骨片を加圧蒸煮して油分や蛋白質の一部を取り除いて乾燥させたかった。
「乾燥も魔法でできたらいいのだけど……さすがに土魔法じゃ無理よね」
風魔法ならできそうだけれど、屋敷内の魔法が使える人間は、私を除くと父と家庭教師だけで、父も教師も水属性だった。
手作業でやるしかない。
「ルーシー、圧力鍋はあるかしら? 密封状態で煮込める鍋よ。それで煮込むと骨まで柔らかくなるの」
「ああ、密封鍋のことですね。屋敷の調理場にもございますよ」
「よかったわ。なら、その密封鍋でこの骨片を……そうね、半日ほど蒸して煮込むように言っておいて」
と、骨片の入った鉢をルーシーに手渡した。
同じように枯れ草を灰にするのも使用人に任せ、肥料の完成は待つばかりになった。
「次は土ね」
私は日焼け止めの手袋を外し、小屋の横に積まれた土をつまみ、指先で遊ぶようにして土の粒子、塊の具合、粘土を調べた。
「普通の土ね」
庭師が作った堆肥かと思ったが、違った。
小屋の中や周囲にも堆肥らしきものはない。
(この国に畑の土づくりという概念がないのなら、堆肥と三大肥料で大きな成果が出せるわね)
堆肥とは、家畜の糞や落ち葉、枯れ草などを土に混ぜて発酵させた畑の元となる土のことで、微生物の動きをよくし、土を柔らかく分解してくれる働きがある。柔らかくなった土は、保湿力を持ちつつも通気性と水はけが向上し、植物の根が育ちやすくなる。
つまり、堆肥は畑の土壌づくりで、肥料は植物の栄養だ。
料理で例えるなら、堆肥は下拵え、肥料は味付けのようなもので、味付けだけでも美味しくなるが下拵えがあるほうが格段に美味しくなるように、肥料だけでも作物の成長を促せるが堆肥があるほうが格段に成長を促せる。
ただ、堆肥づくりは発酵に数ヶ月時間を掛けなければならないため、作物の成長実験をすぐには始められない問題があった。
(やっぱり微生物の操作が肝ね)
そうこうしている間に、小麦ふすまが届けられたので、まずは尿の発酵を土魔法で早められないか試すことにした。
林の地中に魔力を伸ばす。微生物。微生物。
「地中に生きる、人の目には見えぬ小さき生き物たちよ。骨を糞尿を枯れ草を食べてる微生物よ──」
魔力が、ふわりと微かにそれらしき存在を感じ取った。
「この土に集まれ!!」
バケツの中の尿の染み込んだ土に微生物を集めるよう、要請してみたが、目には見えないから本当に集まったのか判断できなかった。
魔力はそれらしき存在をバケツの中に感じるので集められたと考えておこう。
バケツの中に小麦ふすまを加え、小屋から持ち出したスコップで混ぜる──と言っても、混ぜたのは私からスコップを奪ったルーシーだけれど。
さて、微生物を操作できるかどうか──
「この土にいる微生物たちよ、尿素とアンモニアを食べ、分解し、窒素、カリウム、リン酸を排出せよ!」
前世のテレビ番組で見た、大食いで早食いタレントの食べっぷりをイメージする。すいすいと口に運んでいく、顔のぼやけたタレントを思い浮かべながら、微生物たちにたくさん早く食べるよう。そして、胃液がたくさん出るようなイメージをして早く分解するよう、要請した。
窒素だけじゃなく、カリウムとリン酸を排出するイメージをしたのは、尿は窒素だけでなく、少なながらもカリウムやリン酸も分解されるからだ。
そして、バケツの中の尿の染み込んだ土に小麦ふすまを足した理由は、尿だけでは発酵を促すのに必要なリン酸が少ないから。
枯れ草もカリウムだけじゃなく少量のリン酸と窒素が含まれるが、やはりリン酸が足りないので、堆肥づくりでもふすまを混ぜるつもりだ。
微生物の活動を10倍くらい早めるイメージをしながら魔力を維持するが、いくら10倍速に成功したとしてもすぐには発酵しきれないだろうから、判断が難しかった。
「当分そのまま大食いしててね」
私は魔力にそう願いを込めて、魔力維持を止めた。
「魔力を止めてもそのまま大食いを維持してくれたらいいのだけど……たぶん無理な気がするわね」
堆肥づくりも同時にやってしまおう。
小屋の横に積まれている土を土魔法で移動し、地面に目測で100センチ四方、高さ20センチに土を置く。
小屋の裏にあった雑草袋──灰を作るのに1袋使ったが、まだたくさん残っていた──から地下茎や根を取り除き、枯れていながらも握ると少し水分が滲み出てくる雑草を分別して、整えた土の上に高さ5センチ積み置き、ふすまを振り撒いた。
ふすまと混じった枯れ草の上にまた高さ20センチほど土を重ね、体重を掛けるように足で踏みしめる──が、6歳の体重ではまったく踏み固められず、ルーシーに手伝ってもらう。
「はい! ルーシーも!」
踏み固めた上にまた枯れ草を乗せ、ふすまを振り撒く──と繰り返し、土と枯れ草を交互に重ねた9層の盛り土──温床──を作った。
(保湿と雨よけのために本当は、この上にビニールシートを被せたいのだけど)
それらしい物は今世になさそうなので、枯れ草が外気に触れないように側面を10センチほどの厚さの土で封じた。
そして、さきほどと同じようにこの温床にも微生物を集め、分解力を10倍ほど高めるイメージを魔力から微生物に伝える。
今は春先なので、本来は3~4ヵ月掛けてじっくり発酵させる必要があった。
土魔法で微生物の分解力を高めることに成功していれば、単純計算で9日~11日ほどの短縮になるが、ずっと魔力を維持していなければならないならそんなに早くはないだろう。
* * *
翌日、温床を確認しに行くと、温床から白い煙が立ち昇っていた。
近づくと、少しカビ臭い。
「やった! 発酵しているわ!」
「ほ~、凄いのう」
「け、煙が出ていますが、大丈夫なのですか?」
喜ぶ私の横には、感心している庭師のご老人ネロと、心配気な侍女ルーシーがいた。
ネロは公爵家の庭師の長で、「小屋の近くで肥料を作っている」と報告したら興味を持って、観察についてきたのだ。
「枯れ草と小便を食べる生き物がおるとなぁ? カビ臭いがこのカビがその生き物の糞じゃろうか?」
「しょん……!? ふん!? 言葉に気をつけなさい、ネロ! お嬢様の御前ですよ!」
最近、ルーシーがちょっとお姑じみてきてしまった気がする。
(お淑やかなルーシーがこんな風になってしまうなんて……まぁ、ほぼ私のせいだけど)
「いいえ、カビは微生物の一種よ。私もよくは知らないのだけど、たぶん微生物の巣みたいなものかしら? カビ臭い状態はまだ発酵が十分ではないという印になるわ」
発酵により内部の温度が上昇し、熱気が煙となっている様子を見ながらネロは、
「ほう……発酵のう。長年庭師をやってきたが、恥ずかしながら堆肥というものを知らなんだ。お嬢の傍で勉強させて貰ってもええかのう?」
「ええ、もちろんよ。でも、まだお父様には内緒よ! お父様には結果を出してから報告いたしましょう」
本来なら3~4ヵ月発酵させる必要があるのだが、それは単に放置すればいい訳ではない。
温床の発酵温度の理想は60℃~70℃で、手で触ったときにぬくもりを感じるくらいの温度を保つ必要があり、熱すぎるなら温床を少しひっくり返して温度を下げなければならない。
それに加え、一ヵ月に一度、上下の層をひっくり返して空気を入れることで、まんべんなく発酵が進むようにする、切り返しという工程も必要だった。
微生物の早食い大食いを10倍くらい増大させるイメージを魔力に注いだそのイメージ通りであれば、2~3日に一度切り返せばいいように思うが、魔力維持していない間は通常の分解力に戻っている可能性もあるため、そんな簡単な計算ではない。魔力維持していなくても分解力を10倍保っている可能性もあるため、4日に一度切り返してみることにした。
毎日魔力を供給して分解力を高めるよう微生物に言い聞かせ、たまに土層を切り返すこと15日。
バケツの土からはアンモニアの刺激臭が消え、堆肥からはカビ臭さが消えていた。
触ると、ふんわり柔らかく、さらさらしている。
「いい感じね」
そう言って、私はひょいっと堆肥を口に含んだ。
「おおお、お嬢様──っ!?!?」
「しょーがないのお、しょくてーきがないのから」
もぐもぐしながら私は説明した。
吐き出してくださいっ、と訴えるルーシー。
(本当にお姑みたいね)
もう終わったわと、私はすぐに吐き出した。
お腹を壊すこともあるから推奨される行為ではないけど、発酵時の熱で危険な微生物をほとんど殺しているから大丈夫だでしょう、たぶん。農業番組でもアイドルがやってたし。
(なんだっけ、そのアイドルグループ……ト……TO……やっぱり名前は思い出せないわ)
土を口に含んだのは、土のpH値を知りたかったから。
測定器などないので味覚で計った。正確性はないが仕方がない。
土のpH値──つまり、土の特性が酸性かアルカリ性かが分かることによって、その土に適した作物が分かる。
「少し酸っぱいから弱酸性かしら……たぶん」
堆肥と肥料による作物の成長実験に合うのは、芋類だろうか。
弱酸性の土なら、じゃがいもに適している。植え付けの時期もそんなに離れていないだろう。
「ネロ爺、じゃがいもの種芋を用意してちょうだい」
やっと畑が作れる。
※注意※
作中では「熱で危険な微生物をほとんど殺しているから大丈夫でしょ」と言っていますが、土を口に含んだり食べたりする行為は食中毒になる可能性のある大変危険な行為です。
決して真似しないでください。
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肥料づくりのお話が思った以上に長くなってしまきました。次話は、ようやく乙女ゲームの片鱗をお見せする話になります。
次話「王都での祝賀パーティ」お楽しみに♪
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