6話 土いじり宣言!
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* * *
暗いシリアスシーンからやっと離れます。
少し前に、私が仕えるお嬢様が《判定の儀》に挑まれた。
《判定の儀》により、その者の魔法の力が判明します。
魔法──それは、私のような平民にお恵みいただくことは滅多にない、国や領地を守る気高い貴族に与えられる、神からの福音。
お嬢様は公爵令嬢として、3歳から厳しく礼儀作法や語学を学ばれ、6歳とは思えないほど賢く、完璧なご令嬢となられました。
きっと神は、お嬢様の努力と賢さをお認めになり、素敵な魔法の素質を与えてくださるだろう──私は、そう思っていました。
《判定の儀》の当日、いつも淑女然としていたお嬢様も、年相応に目をキラキラさせていて。そんなお嬢様を使用人みんなで笑顔で見送りました。
けれど──帰ってきたお嬢様は、呆然とされていて……言葉をいっさい発すことなく、お部屋に籠られてしまった。
「いったい何が?」
大聖堂に同行していた公爵家の執事である、叔父に尋ねた。
「お嬢様の属性が……土、だったのだ」
「なんてこと……!」
貴族の土属性の血は途絶えたと言われています。
《無能》の土属性の血を貴族は間引いてきたからです。
放逐された土属性の元貴族子女が上手く生き延び、庶民と結ばれて土属性の次代が庶民に出てくることがあっても、貴族にはもう産まれることはないと言われていました。
──なのに、お嬢様は土属性だった。
「神よ、どうして……!?」
「……旦那様はなんと? まさか、お嬢様を放逐などいたしませんよね?」
「ああ、旦那様はお嬢様を愛しておられる。魔法教育も予定通り明日から始めるそうだ」
そう聞いて私は安堵したものの、お嬢様の今後を思うと胸が傷んだ。
お嬢様は王族に次ぐ、公爵家のご令嬢。しかも公爵閣下の唯一のお子です。
王家の血を引き、賢く嫋やかな公女に領地の者はもちろん、王族からも期待が寄せられていました。
それが一転して、最低の評価をされることになるだろう未来が見え、私は神に縋った。
「神よ、どうか……どうか、お嬢様にご慈悲を……っ」
お嬢様のお傍に参じようとお部屋に伺うと──そこには、瞳に何も映さないお嬢様がいらっしゃって──私は声が詰まってしまい、何も言えず、そっと控えの部屋へ下がってしまいました。
これまで周囲の期待に沿おうと努力していらっしゃったお嬢様に、どう声を掛ければいいのか分からず、私は影から見守るしかできなかったのです。
そして、お嬢様がお倒れになった。
(ああ、おひとりにするべきではなかった……!)
目が覚めたお嬢様は、微かにあった子供らしさを無くしてしまったように思え、胸が苦しくなった。私に何かできることはないかと考えましたが、何も思いつかず……せめて、お嬢様に何があっても対応できるように片時もお嬢様から目を話さないことを私は神に誓いました。
そうしている間に家庭教師からの魔法授業が始まり、好奇心に輝かせるいつもの明るいお嬢様に戻り、一安心したのです。
賢く才能に恵まれたお嬢様は、すぐに魔力操作を熟し、日を追うごとに目覚ましい成長を遂げていった。
やはり神様はお嬢様をきちんと見てくれているのだ、と嬉しくなりました。
けれど──土魔法の将来性のなさを教師に知らされたお嬢様は、再びお顔を曇らせてしまった。
* * *
「駄目だわ! このままじゃ、腐ってしまう!」
腐るのは、落ち葉や死骸だけでいい。
「土をいじりたい」
「はしたないですわ、お嬢様。『腐る』『いじる』などと」
私付きの侍女であるルーシーが諫めたが、
「では、このままうじうじしていろと言うの?」
と、訴えると「いえ、そういうことではなく……」と押し黙った。
公爵令嬢が土いじり。
公爵令嬢の私が土いじりをするには、父に私が土魔法を使って土をいじる恩恵をプレゼンしなければならない。
「ルーシー、この国では作物の肥料に何を使っているの?」
「え、ええっと……確か、家畜や人の、その、ご不浄を使っていると思います」
ご不浄とは、排泄物で糞尿のことだ。
「それだけ? なら、活路はあるわね!」
しかし、プレゼンするにも検証が必要だ。データがないと話にならない。
「という訳で、協力してちょうだい」
と、私はルーシーに微笑みを向けた。
「お父様に内緒で、お野菜がすくすく育つ、栄養たっぷりの土を作りたいの」
「お嬢様、そのようなことは庭師にお任せください」
「土魔法の私がやることに意義があるのよ!」
私が力強く言うと、ルーシーはそれ以上強く言ってこなかった。
(まぁ、半分は私の趣味なんだけどね!)
汚してもいい、動きやすい服を用意するように言うと「お嬢様のお衣装にはございませんので、ご用意にしばらくお時間いただけます」と言われ、出鼻を挫かれた気分になり、危うく「ぐぬぬぬ」と声を漏らしかけた。
(危ない危ない。ポロっと前世が出かけちゃう)
気をつけなければ。令嬢に相応しくない言葉を口にすれば、きっと追及され、いい言い訳が思いつかないから、本当のこと──前世のこと──を話すことになる。そうなれば、心の病気だと思われるか、悪くすれば、別人の入れ替わりと疑われてもおかしくない。
「私の服でよければ、いくらでも汚していただいて構わないのですが、お嬢様には大きすぎますので、新たに用意させていただきますね」
そう言って、ルーシーは控えの部屋にいる別の侍女に指示を出した。
(そうね、9つも上のルーシーの服は私には大きすぎるわ)
ルーシーは、公爵令嬢である私専属の侍女だが、平民だ。
公爵家であれば、伯爵家や子爵家の令嬢が行事見習いとして侍女をすることがあるのだが、アーグワ公爵家には今、侍女を束ねる女主人──公爵夫人がいないため、ここ5年間、使用人は先祖代々アーグワ家に仕えてきた一族しかいない。
ルーシー・ムカバ。
それがルーシーのフルネーム。平民ではあるが、アーグワ家に代々仕えてくれているため、家名を与えられていた。
そして、ティエラ同様に幼い頃から礼儀作法を身に着けさせられているため、知らない者は貴族令嬢だと思っても不思議ではないほど、その所作は美しかった。
優雅な所作のルーシーに土いじりを手伝わせるところを想像して、なんだか申し訳ない気持ちになった。
しばらくして、動きやすい無地のワンピースと簡素な帽子が届けられ、ルーシーの手で着替えさせられた。
(少しむずむずしちゃう)
前世の感覚と今世の感覚が混じっているせいで、前世を思い出す以前の私は感じなかった、人に着替えさせて貰うことへの気恥ずかしさともどかしさをほんの少し感じた。
されるがままでいると素早く整えられ、最後に日射病対策と日焼け対策である帽子と手袋を身に着けさせられた。
普段着ているドレスや帽子よりは若干質が落ちるが、それでも令嬢が身に着けるに相応しい良質のものだった。
「土いじりで汚してしまうから、次からはもっと庶民的な物を用意してちょうだい」
「次……もあるのですね」
「ええ。一日で土魔法の有効性を見出せればいいけれど、物事はそんなに簡単なものではないでしょう?」
「かしこまりました。それではご案内します」
そう言って、ルーシーが庭を案内してくれた。
どうやら、すでに公爵家の専属庭師から土いじりをしてもいい場所を聞き出してくれていたようだ。
「できる侍女を持って幸せよ」
と、私は微笑んだ。
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