5話 《無能》と云われる所以
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※科学と化学に詳しくないので、間違っている部分があるかもしれません。感想欄にて、ご指摘いただけたら嬉しいです。
つまり、魔法元素も前世の物質と同じように単独で成り立っている訳ではなく、それぞれが深く関わっているのではないか、私はそう仮定した。
もし、「魔法が現象のメカニズムを無視して起こす万能なもの」なら「唯一土魔法だけが無から土を生み出せない」なんて言うのは理論的に破綻している。
ならば、現象のメカニズムは存在していて、魔法の使い手は無意識なり意識的なりにそれに沿ったことをしているのではないだろうか。
例えば、
──高温度の火を発生させるのに、周囲の大気に酸素を集めている。
──風の動かしたい方向に合わせて、周囲に気圧の塊を作っている。
と言ったふうに。
(魔力は、その助けを促す……もしかしたら、運動エネルギーに代わる代物なのかもしれない)
悶々と考えを巡らせ過ごしていると、それを補強するかのような授業があった。
* * *
「土魔法は土の中の特定の物質を指定して操作することもできます。本日は鉄を集めてみましょう」
家庭教師が懐から取り出した銀色の塊を手のひらに乗せ、説明した。
「これは、公爵様にお借りした文鎮です。お嬢様、両手で何かをすくうように手をお出しください」
はい、と私がお椀をつくるようにして両手を前に出すと、教師は私の手のひらに文鎮を置いた。
公爵家の家紋が彫られている文鎮は小ぶりだが、私の小さな手にはずっしりと重かった。
「この文鎮は鉄でできています。文鎮に魔力を纏わせ、それを維持したまま、地中にも魔力を浸み渡らせます。そして、この文鎮を触媒とし、魔力に要請するのです──『我が手にある鉄と同じ物よ、集まれ!』と」
(念じるだけで物質を移動させられるなんて──やっぱり、魔力は運動エネルギー?)
「慣れれば、触媒なしでも地中の物質を自由に取り出すことができるようになります。実際にやってみましょう」
「はい!」
まずは、手のひらの文鎮に魔力を染み込ませる──と、文鎮の存在を強く感じた。
質量、温度、硬度、密度までなんとなく把握できた。
(魔力には分析能力もあるのね)
単純に「魔力=運動エネルギー」と言うわけではないようだ。
文鎮の存在を意識しながら、地面に向かって魔力を伸ばす。地面から下、地中へは植物が根を張るように魔力をじわりじわりと拡げていく。
魔力は、第二の器官になったかのように地中の様子を知らせながら、地中に浸み込んでいった。
(これ……かしら? いえ、少し違うような……?)
魔力を伸ばす先で、小さな粒、粉末状のものに文鎮に似た感覚を捉えたが、微妙にどこか違うようにも感じた。
私の足元を中心に5メートルほど地中に魔力が行き渡ると、教師は魔力の拡散を止めるように言った。
「魔力の拡散はそこまででよろしいでしょう。地中にその文鎮と同じ物を感じますか?」
「似たような存在は感じます」
「では、先ほど伝えた言葉を魔力に乗せてみましょう」
魔力の拡がりを止めたが、文鎮と地中へ魔力を纏うのは維持したままだ。
手のひらから文鎮へ。文鎮から地面へ。地面から地中へ。まるで神経が通っているかのように魔力が行き渡っていた。
その魔力の流れに私は言葉を乗せた。
「我が手にある鉄と同じ物よ、集まれ!」
私の魔力が、文鎮に似た存在を引っ張ろうとする──が、何かが抵抗して上手くいかない。
「先生。抵抗感があって、うまく引き上げることができません」
「ふむ。では、魔力で捉えたものが《必要な物である》と強く意識してみてください」
教師の指導通り強く意識すると、抵抗感が薄れ、その物質と強く結びつく感覚がした。
再び強く想うと、地中から砂が飛び出してきた。地中から飛び出してきたそれらは、大気中の魔力の道を通って文鎮に集まった。
(魔力の中を物質が移動する。これは、魔力=運動エネルギー説の裏付けになりそうだわ)
「成功ですね」と、教師が褒めた。
魔力を散らすと、砂は重力に従って、私の手のひらに落ちてくる。
「それは、砂鉄です」
(そっか、不要な物を取り除いた鉄とは微妙に違うから抵抗感があったのね)
「先生、試してみたいことがあります。もう一度やらせてください」
少し移動して、新しい地で先ほどと同じ要領で魔力を地中に巡らせた。
「鉄を含む物質よ、集まれ!」
すると、今度は簡単に地中から砂鉄が飛び出し、集まった。
「なんと! ティエラ様は正確な魔法の使い手のようですね。御年で、このように物の本質を見れる者はそうそういませんよ」
と、教師は賞賛したが、その顔は複雑だった。
その口は笑みを作っていたが、目は違う。「それだけに惜しい」などと思っていそうな、そんな目だった。
「では、この砂鉄で何か作りましょう。ヘアピンなどいかがですか?」
「鉱物も造形できるのですね。でしたら──」
私はてのひらの、公爵家の紋章を見つめた。
「──でしたら鉱物も操ることができるのでしたら、土魔法は《無能》とは思えないのですが?」
私は疑問に思っていた。単に「唯一、無から生み出せることのできない」だけで《無能》と言われることに。
科学知識から実際はそうではないと私は考えているけれど、それはいま除外して、その理由だけで《無能》扱いは単純すぎやしないか、と。
教師は吃驚した顔をして、一瞬口を噤んだが、すぐに気を取り直し、
「まず第一に、生産は平民の職人の領分なのです。貴族が、鉱物加工の仕事をすることはありませんし、鉱山で採鉱することもありません」
教師は続けた。
「第二に、鉱物を製錬するのに大量の魔力が必要となります。魔法で製錬するよりも工房で製錬するほうがより多くのインゴットができるのです。金属加工も、やることの多い貴族がやるよりも経験豊富な職人に任せる方が良い物ができます」
「では、戦闘面では?」
そう尋ねると、教師は言いにくそうにしながら、
「我々貴族の義務である魔物討伐での有用性においても……残念ながら──」
戦場で鉱物を集め、加工するのは魔力も時間もコストが悪い。
過去の土魔法の使い手には、土像を操る──つまり、ゴーレムを使った戦闘をする者もいたが、ゴーレムの形成を保ちながら敵に向かって移動し攻撃、欠けた部分を補強してまた移動して攻撃するという一連の流れは、魔力コストが非常に悪く、単純に土の塊や鉱石を敵に向かって撃ち放つほうが、手早く効率的だとされている。
それも他の魔法攻撃と比べ、同じ質量の物を敵にぶつけると考えた場合、非常にコストが悪かった。
少ない質量で敵を焼き貫くことのできる火や雷。敵の口と鼻だけに発生させて溺死させられる水。毒ガスで敵を毒殺できる風。
土魔法には、鋭い金属の破片を敵にぶつけるという攻撃法があるが、特殊効果のある他の魔法と比べると、土魔法は魔物の硬い皮膚によってある程度防がれてしまう攻撃であり、攻撃魔法としての評価が低い。
力任せの攻撃であるならば、魔力消費のない投石機でよく、平民の兵で賄えるとされている。
そう教師は補足した。
「今回、砂鉄の加工を授業に取り入れたのは、こういうこともできると知っていただくためのものです。もちろん、鉱物の操作を上手く扱えることは損ではありませんが、我々貴族にとって鉱物の製錬や加工は趣味の範囲から出ないものであり、また戦闘に置いても残念ながら……あまり活躍の場がありません」
私は、教師の説明に納得した。納得してしまった。
──貴族にとって、土魔法は《無能》。
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