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3話 私は土を耕していた

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 気がつけば、私はひとり自分のベッドで寝ていた。

「デジャヴ」

 庭で土魔法を使った後のことが全く思い出せない。

 確か、魔法が発動できて──知っているはずのない「(くわ)」という言葉が私の口から出て──それに引きずられるように鍬を使っている様子が浮かんで──

 ──そのうち、その女性が自分であると気づいた。


 ティエラとして生まれる以前の私。


(死んで生まれ変わった?)

(私、いつ死んだのだろう?)


 はっとして、ティエラの状況より、前世の最期(さいご)が気になっている自分に気づく。


──人格が前世のものになってる?


 そう言えば、目覚めの第一声も。

 デジャヴ──既視感なんて、6歳のティエラの知るはずのない言葉を目覚めの第一声に使うなんて──ティエラの人格はどうなったのだろう?


 ティエラは、どんな子だったろう?

(たくさんの本を読んでいた……お父さまの期待に応えたくて……知識が増えていくのが楽しくって……)


 好きなものは何だったっけ?

(甘いお菓子……それと、お父さま)


 ティエラの父は亡くなった母を未だに愛していて、再婚の予定はなく、

(わたくしを大事にしてくださっている。でも甘やかすばかりではなく、時に厳しく見守ってくれていて、わたくしはそれが誇らしくて……)


 なんだか変な感じ。


 ──前世と今世の人格が混ざり合ってる?


 思考言語というのだろうか?

 それが少しぶっきら棒な前世の大人のようで、ティエラっぽくないようでいて、ティエラの賢いところを伸ばしたかのような。

 それでいて、ティエラの記憶を思い起こすと、幼い心に引っ張られるような不思議な感覚になった。


 言動だけを見れば、前世よりも教育を受けた今世のほうがしっかりしているかもしれない。

 6歳のティエラは幼児とは思えないほど賢かったので、混ざり合った今の思考能力を周囲が違和感を覚えることはないだろう。

 仮に違和感を覚えられても「成長した」とか言えばいい。


 父や侍女に「前世の人格と混じった」だとか「前世の記憶が戻った」だとか言ったら、心の病気だと思われそうだ──特にこのタイミングでは。


(そういえば、前世の名前は──)

 ──思い出せない。

 名前だけでなく、歳も、いつ死んだのかも──靄かかっているように何も分からなかった。


(じゃあ……どんな人間だった?)

 庭の菜園を世話していた。

 その菜園で収穫したもので調理して、美味しく頂くのが好きだった。


(仕事は?)

 していたような、していなかったような──はっきりと思い出せない。


(住んでた場所は?)

 日本。

 ちょっとだけ田舎の一軒家で両親と暮らしていた気がする──両親の顔もぼんやりとしていた。

 日本は、コンクリートのビルが立ち並ぶかと思えば木造建築の古い建物があって。科学と伝統が混ざりあったアンバランスな国で──今世とは全然違う。

(あれ、でも前世でも見たことがあるような?)

 石造りのお屋敷にきっちり手入れされた庭は──そう、前世にテレビで見たヨーロッパのお城と庭に似ている。

(違うのは、前世にはなかった魔法があること)


「もしかして、異世界?」

(異世界転生なら、あの子が喜びようそうな展開ね)


 名前も顔ももやもやしていて思い出せないけれど、ずっとずっと一緒の友人がいた。

 その友人がよく「異世界転生が熱い」と言っていたのを思い出す。ネット小説やコミックが好きなあの子。「ネットは流行りが分かるから若い気持ちを保てる」と言っていたっけ。


(あの子、じゃ不便ね)


 友子(ともこ)。 

 う~ん。なんだかしっくり来ないわ。


(ゆみ。友美(ゆみ)と呼ぼう)


 顔も思い出せない前世の友人に勝手に名前をつけている自分になんだか可笑しくなってしまい、くすくすと笑った。


「お嬢様。目が覚めたのですね」


 私の笑い声が聞こえたのか、私の専属侍女の一人、ルーシーが寝室に入ってきて、ほっと声を漏らした。

「お加減はいかがですか?」

「大丈夫よ。いまは何時かしら?」

 寝室は防犯のために窓がなく、時間の感覚が掴めない。

「まもなく夕食の時間でございます。……お嬢様が笑顔を取り戻されたことは喜ばしいことですが、本当にお加減はよろしいのですか?」

「大丈夫よ」

 《判定の儀》をしたのが朝9時。帰宅したのはたぶん10時頃。そこから土魔法に躍起になったのが1時間半くらい。夕食は17時からだから、4時間くらい寝ていたようだ。

「昼食を食べ損ねちゃったわね」

 明るく言うと、ルーシーは少し安心した顔をし、

「夕食前に旦那様からお話があると思います」

 再び、私の顔色を伺った。

「お庭からお嬢様の大きな声が聞こえて、私たちが慌てて駆け付けたところ、お嬢様が倒れていらして……周囲にお嬢様以外の痕跡はなく、お嬢様に外傷もなかったので襲撃ではないであろうとの旦那様のご判断でございます。ですが、事情を直接聞きたいとの仰せで。……お嬢様、本当に襲われたのではないのですか?」

「そうね、襲撃されたわけではないわ」

(前世の記憶を思い出して、ショックから気絶したって感じかしら?)


 ルーシーは納得ができないという顔で、

「ですが、その、地面や花々が乱れておりました」

「それは自分でやったことだから問題ないわ」

「お嬢様!? まさか、魔法を使われたのですか!?」

 ルーシーは驚きと叱責を混ぜたような悲鳴をあげた。


 父から家庭教師に教わるまで魔法を使うのを禁止されていた。それは、知識も訓練もなく、子供がひとりで魔法を使うことが危険だからだ。

「でも、《無能》と言われる土魔法なんて、危険などないでしょう?」

「いいえ、いいえ! お嬢様は大変な魔力量をお持ちです! 土に埋もれてしまう可能性だってあったのですよ!」

 ルーシーははっきりと口には出さなかったけれど、私が死んでいた可能性を示唆した。

「そうね……ごめんなさい。でもわたくし、無能と言われるのが納得できなかったの」

「それは……」

「だから試してみたかったの。でも、そうね。今のところは土を耕すことしかできないわ」

 ルーシーは、公爵令嬢が「土を耕す」と口にしたことに変な顔をした。

 知るはずのない言葉。でも知っている。前世で知った言葉。そして経験した。


 私は、鍬を持って土を耕していた。



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