13話 新しい家庭教師
放置してすみません。続きを楽しみにしてくれている方がいるようなので、3年半ぶりになりますが更新します!
投稿済みの話を改稿しましたので、いくつか変更点があります。
【変更点のお知らせ①】精神防御のタリスマンのコアをダイヤモンドから水晶に変更させていただきました。
【変更点のお知らせ②】タリスマンの管理を王家から神殿に変更しました。
エルマー・マーベラを解雇した翌日。
非礼をお詫びに伺うとマーベラ家から連絡があり、やって来たのはエルマー・マーベラより少し若い青年だった。
スティーシア・マーベラと名乗ったその青年は、公爵家の応接室に入るなり深く頭を下げ、熱のこもった声で謝罪の言葉を口にした。
「この度は当家の物が、アーグワ公爵家の大切なお嬢様に大変ご不快な思いを、また信頼を裏切るような言動をしたこと、誠に申し訳ありませんでした!!!」
続けて
「もし⋯⋯! もし、寛大な御心がありましたら、兄エルマーの不作法によるマーベラ伯爵家の汚名をそそぐ機会をいただきたく!!!」
と、懇願するその青年――スティーシア・マーベラを父イアインとティエラは公爵家の応接室のソファーに座ったまま見つめた。
「ずいぶん若いようだが、君がエルマー・マーベラの代わりに我が娘の家庭教師を務めると?」
父の低音で明瞭な声がその場を支配する。
「はい。今年で24となります。まだ頼りない齢ではありますが、知識量と指導力は兄にも劣らないと自負しております」
父の声に負けない、静かだが芯のある声でスティーシア・マーベラは答えた。
「だそうだ。ティエラ、どうする?」
父はティエラに視線をよこした。
どうやら、この熱意ある青年を雇うかどうか、ティエラに判断を任せるつもりのようだ。
未だ深く頭を垂れるスティーシアをティエラはじっくり観察した。
知識量や指導力も大事だが、ティエラが欲しいのは必要な回答と助言であり、幼子だ、土魔法だと馬鹿にしないティエラの味方だ。
「わたくしが求めているのは〝わたくしを助けていただける〟もっと言えば〝土魔法の地位向上に助言いただける〟教師です」
「はい。お嬢様の助けになるべく努力する所存です」
「それをご理解いただいているなら問題ありません」
ふたりの問答を静かに見守っていた父イアインが、ふむと相槌を打った。
「ティエラがそう言うのならば、君を迎え入れよう。スティーシア・マーベラ殿、娘をよろしく頼む」
あの無礼なエルマーの弟ということと、彼よりもさらに若いスティーシアに家庭教師をお願いするのは若干不安が残るが――この眼差しを信じてみよう。
ダメだったらまた首にすればいいし。精神保護のタリスマンがある今、無礼な態度を取られても傷つくことはないのだから。
ふと、エルマーとスティーシア――名前だけ見ると兄弟と言うより姉妹みたい――と、ティエラはどうでもいい感想を抱いた。
* * *
この世界は魔物の脅威に晒されている。性別も身分も関係なく、人々は協力し合ってこの困難に立ち向かわなければならない――と思うのだが――⋯⋯
「それでは、土木戦術というものは存在しないのですね?」
「ええ。魔物の襲撃を受けた場合、拠点防衛となるのですが、街は物魔防御のアーティファクトによるシールドで覆われており、このシールドは外からの攻撃を防ぎ、内からの攻撃は通すため、シールドを利用した防衛線を行っています」
シールド。昨日の父の話しにも少し出ていたな、とティエラは思い出す。
「そのため、お嬢様の言う土壁や塹壕、堀⋯⋯でしたか? そのようなものを作って身を隠したり、魔物の侵攻を遅らせるというような戦術を取ることはありません」
「つまり、シールドの内側から一方的な魔法攻撃をすることができ、こちら側の損害なく魔物を葬ることができるということですか」
「そうですね。シールドには耐久値がありますが、今まで壊されたという過去はありません。全ての成人貴族に防衛戦への参加義務があるためです。例外はありますが、領土を持つ貴族は一族一丸となって自分の領地である街を守ります」
「貴族が街を守る⋯⋯では、平民だけの村や町は?」
「平民だけの町はありません。いえ、もしかしたら国が把握していない隠れ里のようなものはあるかもしれませんが、物魔防御のアーティファクトもなく、攻撃手段も拙い平民だけの町は魔物に蹂躙されてしまいます。また、小さな町をいくつも作れるほど、アーティファクトの数は多くありませんので国が認めておりません」
(そういえば、大きな街しか見てない)
先日、ティエラが王都の祝賀パーティに参加した際、アーグワ公爵領から王都までの3日間の道のりで見たのは大きく立派な街と荘園だけで、小さな村や町を見ることがなかった。
「また、魔物の襲撃があった街のアーティファクトは、神殿から神の力を代行される司教様が派遣され、シールド耐久値の回復をされるということもあり、物魔防御のシールドは強固を保っています」
「なるほど。でしたら、防衛戦以外の戦術を取ることはないのでしょうか?」
「はい。この戦術の成果が大変高いために他の戦術を取ることはほぼありません」
「それは⋯⋯国家間の戦争でも?」
「そうですね。他国も同じ状況ですので、侵略戦争は攻め込んだほうが不利になるため、国家戦争というものがなくなりました。ここ300年は国境の変化がありません」
『かつて、人と人の大きな争いが幾多も続き、それを憂いた神が人々に神具である《国を守る盾》を授けました。それにより国家間の戦争はなくなりました。これは300年間続いており、これから先も変わることはないでしょう』
いつだったか、歴史の授業で教師が言っていたのを思い出した。
その時は抽象的でよく分からなかったが、スティーシア先生の話しは具体的で現実に即していて分かりやすくありがたい。
(土木戦術はない、か――あ、でも待って)
「エルマー先生には、投石機を使う民兵もいると聞きましたが」
「はい。街にいる貴族の数と魔物の数との差が大きいと判断がされた場合、投石機などの援軍として民に協力を仰ぐことがあります。が、基本的に防衛戦に参加するのは貴族となっています」
「民に協力を仰ぐ⋯⋯というのは、もしや民兵自体は存在しないのでしょうか?」
「ええ⋯⋯」
スティーシアは眉を寄せて言葉を詰まらせたが、すぐさま真摯な顔に切り替えた。
「いえ、お嬢様には包み隠さずお伝えしましょう」
「国を動かすのは我々貴族です。その貴族の多くは、魔法によりその身一つで戦える〝貴族〟という身分に誇りを持っています。そして、魔力がなく道具を持たなければ戦えない〝平民〟を軽んじています。ですので、民兵を求めることはありません」
ティエラを幼子だからとあいまいにせず、暗い部分も教えてくれたようだ。
「⋯⋯まぁ。この世が魔物の脅威に晒されていると言うのになんと暢気なことでしょう」
以前、父が「このままでは魔物討伐での生存が心配だ」とティエラに言っていたが、聞く限りではその心配はないのではないかと思う。
もちろん、土魔法の、自分の地位向上のために努力は惜しまないつもりだが。
(土木戦術で活躍する作戦は望みなしかな――いや、実際の戦場を見てから判断したい。保留で!)
「そういえば、エルマー先生に『貴族にとっては内在魔力を活かした力業での殲滅よりも少ない魔力量でいかにスマートに攻撃ができるかが重要』と言われましたが、これもシールドに守られているからこその規範でしょうか」
「ええ、そうですね。貴族は優雅な佇まいを求められます。余裕があるからこそ、戦闘にも優雅さを追及するようになったのだと思います」
なるほど。エルマーの言は威力のない土魔法を馬鹿にするための嘘か大げさな意見か何かかと思っていたが、意外と真実を言っていたようだ。
まぁ、真実であっても悪意を感じたので、クビは撤回しないけど。
しかし、シールドに胡坐をかいて格好つけることに拘るなんて――まるでお遊戯ね。
(そこをつけば伸し上がれるかも?)
国家戦争はなく、魔物との戦闘もシールドの内側からの防衛線で、民兵はなく、すべての成人貴族が参戦し、武器ではなく魔法攻撃で戦う――か。
国家戦争がないのはいい事だけど、すべてが前世と違い過ぎて、改めてここが異世界であることを実感する。
(スティーシア先生は当たりだ)
6歳の女児を馬鹿にすることなく、言いづらいことも真摯に丁寧に答えてくれた。
家庭教師がエルマー・マーベラのままだったら、ここまで詳しく知ることができなかっただろう。
「スティーシア先生、ありがとうございます。とても勉強になりました」
ティエラが感謝すると、スティーシアは柔らかい微笑みを浮かべた。
「お嬢様をお助けするのが私の勤めですから。疑問が解消しましたら、練度訓練に入りましょう」
「はい。よろしくお願い致します」
その後の魔力効率を高める練度訓練でも的確なアドバイスを貰え、ティエラは充実した授業に満足した。
この分だと、高まった魔力効率で攻撃力アップが叶うかもしれない。けど、最初の考え通り、色々試していこう。
・土壁や塹壕、堀は本当に活躍しないのか(実戦を見て判断したい)
・土魔法で毒攻撃ができないか
・タリスマンを土属性で作れないか
・銃を作れないか
農業のことを省いた土魔法の立場向上の案はこれくらいだろうか。
人じゃなくて魔物相手だから銃より大砲のほうがいいかも。そうなると私個人の武器というより平民用の武器にするのが無難か。貴族世界では武器自体が認められていない訳だし、毒攻撃かそれに準じた攻撃を探すのが一番手っ取り早いか――⋯⋯
授業が終わって自室に帰ってからもティエラは、思考の海へと沈んでいった。