12話 タリスマン
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今世の貴族の家には、屋外に訓練場が備わっている。
前世にあった射撃場のような構造をしていて、10メートル、25メートル、50メートルと段階を踏んで的が置かれていた。前世の射撃場との違いは、魔法を放つ場に仕切りがなく、的が魔物を模しているところだ。椀部や脚部のない簡易な形ではあったが、頭部と胸部は立体的でしっかりした作りになっていた。その体形も、獣の形をしている物や爬虫類の形をしているもの、昆虫の形をしている物など様々だった。
魔物討伐では魔物を即座に滅殺することが求められるため、魔物の体の構造を学びながら、繊細な魔法攻撃の練習を幼少から始められるよう、このような施設がどこの家にも必ず備わっていた。
水属性や風属性であれば、頭部の口鼻に魔法を纏わせる練習をし、火属性や雷属性であれば、頭部の脳や胸部の心臓を魔法で狙い撃てるよう練習する。
土属性のティエラも魔物の脳や心臓を狙い撃てるよう練習をしていた。
周囲の地中からその場で一番硬い石を引き寄せながら、手ごろな大きさに分割し、貫通力を上げるために先端を鋭く変形させる。小さな石礫に纏わせた魔力を推進力に変え、10メートル先に立てられた獣型の的の心臓部に向かって飛ばす。
石礫に纏わせる魔力量は少なければ少ないほど良いとされているため、少量の魔力を纏わせて飛ばす練習をしている。
最初は適量が分からず、的まで届かないこともあったが、今は各距離までの魔力量を覚え、狙いも正確になっていた。
あとは威力だけが課題だった。
威力は礫の硬さと速さが肝で「硬く硬く」「速く速く」と纏わせた魔力に念じるが──着弾した石礫は、的の3センチほど内部にめり込んで止まってしまう。
「心臓部には至っていませんね。獣型の魔物の心臓は種類や体格差もありますが、表皮から20センチほど内にあります。もっと硬度と速度を上げなければ届きません。ですが……」
的の横で待機していた教師が困ったように言った。
訓練場の的の硬度は、街に襲撃してくる魔物の中で上位のものを再現している。
上位と言っても、ありふれた魔物の中で一番硬度のある魔物であり、最上位のものではない。この的に対応できなければ、魔物討伐では役に立たないという目安になる硬度だった。
破壊系魔法であれば、この獣型の的の頭部を10センチ、胸部を20センチまで攻撃を届かせなければならない。
それだけ聞けば、頭部を狙う方が簡単のように思うが、頭部は硬い骨に包まれているために胸部よりも硬度があり、そんな単純なことではなかった。
「この魔力量ではこれ以上の威力は難しいようです。纏わせる魔力を増やせばクリアできると思います」
魔力は運動エネルギーだ。石礫に纏わせる魔力を大きくすれば、速度が上がり、威力の向上が見込めた。
もう、魔力のゴリ押しでいいんじゃないかしら──ティエラはそう思ったのだが、
「ナンセンスです。練度が未熟であるとされます」
「それは、魔力消費が多いと攻撃回数が少なくなることを懸念しての評価ですよね? 内在魔力が多い私であれば、問題ないように思うのですが……」
「関係ありません。力押しは優雅さに欠けるのです。練度を上げるか、他の方法で威力を上げるしかありません」
戦闘に優雅も何も──と思いつつ、
「……でしたら、異国の武器に鉄砲なるものがあると聞きました。鉛玉を詰めた鉄の筒に火薬を使って魔法とは違う何らかの現象を用い、鉛玉に速度を発生させ、威力のある礫攻撃にするらしいのです。その速度エネルギーを魔法に運用すれば──」
「魔法は神から授かった奇跡です。平民が使う武器に敵うものではありません。ナンセンスです」
ふぅ、と溜息を漏らし、教師は続けてこう言った。
「例え攻撃が急所に届いたとしても、それはスタートラインです。……ティエラ様が殿下と婚約することはありませんよ?」
(…………教師まで、あの噂を聞きつけたの……)
王城での祝賀パーティでティエラに関するよく分からない噂話がされていたが、その後、噂はさらに変化していた。
『ティエラ・アーグワが祝賀パーティで王太子ルズリヤ・ルフラントに一目惚れし、強引に婚約を結ぼうとしている』──と。
確かにティエラは王太子に見惚れたが、一目惚れなどしていないし、婚約の「こ」の字も口にしていない。事実無根だ。
そもそも、ティエラは人を好きになるのには過程があり、見た目や挨拶だけで好きになるなど幻想だと思っているような人間だ。
「素敵な人だな」と思うことがあっても「惚れた」とはなることなどあり得ない。そして、好みの異性を見つけたからといって、強引に迫ることもない。
「……先生もあの噂をお聞きになったのですね。その噂にはもうひとつ尾鰭がついていませんでしたか?『公爵令嬢は魔力なし』と」
「それは……」
「エルマー・マーベラ氏」
ティエラは、初めてこの教師の名前を呼んだ。
「もう来ていただかなくて結構よ」
* * *
「突然の解雇なんて納得できかねます!」
アーグワ家当主の執務室に隣接する応接間で、当主イアインに抗議の声を上げるエルマー・マーベラ。
「ほう? では、『害意を向けられた』という娘の報告が嘘であると?」
「それは誤解です! 私に害意などございませんッ」
エルマーの必死な眼差しをじっと見つめ、イアインは
「ティエラをここに」
傍に控えていた執事が応じて、ティエラを向かえに行く。
「私を信じていただけないのですか……」
と、エルマーは複雑な表情を浮かべた。
ティエラが応接間に入ると、床に視点を固定してこちらを見ようとしないエルマーと無表情の父イアインがいた。
「エルマー・マーベラの解雇の理由をもう一度聞こう」
ティエラに向かって父は単刀直入にそう言った。
「はい……その前に、最近、私の妙な噂が流れていることはご存じかと思います。『私に魔力がない』というものと『私が王太子に一目惚れし、強引に婚約を結ぼうとしている』というものです」
「ああ、把握している」
「どうやら、マーベラ氏もどこからか聞きつけたようで、私に『私の攻撃魔法を使えるものにしたとしても、私が殿下と婚約することはありませんよ』と仰ったのです」
「ほう? 公爵家に雇われた者がよく分からん噂を信じて、あろうことか本人に直接、それも諭すように言ったと?」
「いえっ、噂を全面的に信じたわけではありません! しかし、仮にそうであったなら、教師である私はお嬢様を諫めなければと思ったのであって……悪意や害意などを持って言ったのではありません!」
そう訴えるエルマーを無視して、ティエラは続けた。
「2つの噂は繋がっています」
『公爵令嬢は王太子の婚約者筆頭であったが、魔力なしと判別したために婚約者候補から降ろされた。にも関わらず、祝賀パーティで王太子に一目惚れし、強引に婚約を結ぼうとしている』──それが噂の全貌だった。
「私の家庭教師であったエルマー・マーベラ氏は、私が土魔法の使い手だと知っています。噂の前半である『魔力なし』という噂が事実無根だと分かっているはずですのに、後半の噂は信じたということになります」
ティエラは視線を父からエルマーに移し、問いかけるように言う。
「おかしい話ではありませんか。根も葉もない噂だと分かっていて諫めるなど……それに道理があると?」
徐々に顔色を悪くさせていくエルマーは、口をはくはくとさせるだけで返答がない。
「それとも、噂の前半部分である『魔力なし』も肯定しているのかしら?」
「いえ……そんなことは……」
「では、事実無根だと知っていていらしたのですよね。ですのに、それを持ち出して諫めた……それは、私の心を傷つけようという気持ちがあってのこと。そう判断しての解雇宣言です」
「……お嬢様を傷つけようなど思っておりませんでした」
エルマーの声は萎むように小さくなっていった。
「それに、エルマー・マーベラ氏は教師としても不誠実です。魔法に関する相談をするといつも『それはナンセンスです』という返答で、生産的なお話が一切ありません。相談にきちんと対応していただける教師を雇いたいのですわ」
「それは、事実をお伝えしただけです」
少し声の張りを取り戻しながらエルマーがそう言った。
「切りがないな。ティエラ、タリスマンを見せてみなさい」
ティエラとエルマーのやりとりを黙って聞いていた父イアインが、口を挟んだ。
父に従って胸元からタリスマンを取り出すと、昨日見たときと少し様子が変わっていることに気づく。
タリスマンの中央に埋め込まれていた煙水晶。その端がほんの少し黒ずんでいた。
「このタリスマンは悪意に反応して結晶が黒みを帯びる。これをティエラに手渡したのは昨日だ。1日も経っておらぬうちに悪意を浴びたという訳だ」
「そんなっ! 私ではありません!」
「使用人はアーグワ家に忠誠を誓う身内しかおらん。そして、外部の者との接触は家庭教師のみだ」
「では、マナーの教師や歴史の教師では!?」
「ティエラがタリスマンを手にしてから、受けた授業はお前の魔法授業のみだ」
今日から再開した授業は、魔法授業から始まった。魔法授業の際に解雇騒動があり、ティエラが父に報告すると、父は他の授業を中止にした。
(そっか、悪意の立証のために他の授業を取り止めたのね)
「これはお前が娘に悪意を向けた証だ」
「そ、そんな……」
「公爵家に雇われた者が公爵家の者を貶めるなど、許すはずがなかろう。本日中に屋敷を出ていけ」
警備の者に連れ添われながら、真っ青な顔で退室していくエルマーを見送った後、父がティエラに謝罪した。
「すまなかった。エルマー・マーベラは人格者だと聞いていたのだが、私の判断ミスだ」
「いいえ。私の家庭教師には相応しくないと判断しましたが、このタリスマンのお陰で不快な気持ちにはなりませんでした……タリスマンとは素晴らしいものですね。こんな機能まであるなんて……」
そう言って、ティエラは水晶の隅の黒ずみを見やった。
「ああ。上手く使えば、立派な証拠となる。まぁそう、毎度は上手く行かぬだろうな」
「そうですわね」
今回は立証に有利な状況が揃っていて上手くいったが、複数の者と接触したときに結晶が黒ずめば、誰の悪意か証明しにくいだろう。
「タリスマン──神秘的で、魔法より魔法という気がします」
「何を言う。自然の力を利用できる五元素魔法も神からの素晴らしい授かり物だ。神秘の塊ではないか」
ティエラからすれば、五元素魔法は、前世の知識にある自然現象と科学現象を延長したような代物なので、精神を守ったり、悪意に反応する仕組みがある、タリスマンのほうがよほど神秘的に思えたのだが、父にとってはそうではないようだ。
科学よりも神学が発展している今世の人間とは感覚に相違があるのかもしれない。
タリスマンに好奇心が出てきたティエラは、
「お父様、タリスマンには他の効果のものもあるのでしょうか?」
「攻撃を弾くシールドの物魔防御のタリスマンが有名だな。まぁ、城壁に同じ効果のアーティファクトがあるから、個人で借りることは滅多にできんが」
「王家くらいしか持てないのでしょうね」
「外交官が他国に赴く時に安全のために借していただくことはあるようだがな」
「⋯⋯タリスマンの数や質が国力に影響しそうですね」
「ふふ、やはりティエラは賢いな。そうだ、国力になるために国ではなく神殿が管理している」
「え、王家ではないのですか?」
「ティエラが賜ったタリスマンは王家のものだがな。基本的にはタリスマンは神殿が管理している。国家間に差がでないように各国の神殿に分配されていると聞くが⋯⋯まぁ信じるほかあるまい。借用許可が出るかはさておき、気になるのであれば、目録を見るか?」
「はい。拝見したく思います」
この国だけでなく、多くの国が眞光教という一神教を信仰していて、教会は宣教、大聖堂は《判定の儀》を担っている。神殿は神の住まう聖所だという認識だったが、タリスマンの管理を担っているなんて――あれ、《判定の儀》の水晶よりタリスマンのほうが神聖なものだってこと?
ふとした疑問を覚えていると、父は執務室の棚に飾られていた装飾の施された立派な金属製の筒を手にし、ティエラに手渡した。権威を象徴するような筒の中にはタリスマンの目録であるスクロールが入っていた。
「防御、攻撃力増幅、伝達、場景記録、浄化、温度調整⋯⋯とても幅広くありますのね」
タリスマンの名前と効果に加え、範囲や強度など詳細に書かれていた。
「昔はより多くあったらしいが、危険性のあるものは壊され、利便性のないものは忘れ去られていったそうだ」
「それは……なんだか勿体なくもありますわね。〝道具は使い方次第〟といいますし、危険なものでも使い方次第で役に立つかもしれませんのに。研究によってさらなる発展を遂げられた可能性もあります」
「ふむ、〝道具は使い方次第〟か。初めて聞くが、なかなか真を突いているな」
(あっ⋯⋯この国、いえもしかしたらこの世界にはない言葉だったかも)
「だが、残念なことにタリスマンの研究はご法度だ。神殿の連中は〝タリスマンは神が残した神具〟と言うが、神の御業や教義を研究する神学があるというのにその御業のひとつであるタリスマンの研究を禁止するのはおかしな話しだがな」
「そうですわね」
「神具であれば壊したという記録が残っているのも腑に落ちん。ずいぶん昔には《魔法》と似て非なる《魔術》と呼ばれるものがあったという話しを聞く。よもや、タリスマンは《魔術》で作られたものかもしれんな」
王妃からいただいたタリスマンを手に取ってまじまじと見る。丸いペンダントの中央にある水晶の周りに掘られた不思議な文様を。
「もしかしたら、この文様は《魔術》の刻印のようなものかもしれませんね」
「おいおい、ご法度だと言っただろう」
と、笑う父にティエラも笑ってさらにおどける。
「ふふ、この水晶はコアなのかもしれませんわね」
「異端審問にかけられぬようにな」
と、苦笑いされた。
冗談ではあったが、水晶がはめ込まれたタリスマンを見ていると本当にこれが《魔術》で作られたものなら、割と本気で土魔法と合わさった魔術なのではないかと思えた。
(──…あ)
──だから、土魔法の使い手は間引かれた?
タリスマンの研究をご法度にしても、完全に研究を止められるだろうか──たぶん、無理だろう。
異端審問――ほぼ一神教のこの世界では、異教徒や魔女の排除ではなく、タリスマンの、魔術の研究者を排除したのではないだろうか?
ティエラのようにタリスマンは土魔法が関係するかもしれないと考えた研究者が。
タリスマンを神殿の管理外で作ろうとした土魔法の使い手が。
それによって、現在の貴族に土属性の者がいない──…
「悪い癖が出ているぞ」
考えに没頭していて下がっていた視線を上げると、困った顔をした父がいた。
「お前は考えすぎなところがあるようだ。また倒れられては堪らん。要らぬことを考えるな」
「……ですが、今のわたくしにはタリスマンがあります。心が傷つくことはなくなった今、いろいろ考えるのは悪いことではないのではないように思います」
「それは一理あるがな……」
心配そうな顔をする父に申し訳ない気持ちを抱きながらも、ティエラは訊かずにはいられなかった。
「お父様……土魔法の使い手が間引きされ始めたのは、タリスマンの研究を禁止された時期とそう違いないのではありませんか?」
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