11話 攻撃魔法の模索
遅くなりすみません(>д<;)
公爵領の屋敷に帰ると、屋敷に残っていた使用人全べてが玄関で迎え出てくれた。
「畑に向かうわ。作業用のワンピースを用意してちょうだい」
ティエラはそう言って自室に向かった。ティエラの後にはティエラの専属侍女たちが続いた。
専属侍女は3人で、3人とも王都へ同行してもらっていた。そのなかにはルーシーもいる。他の2人もそうだが、いつも傍を離れようとしないルーシーも片道3日も馬車で揺られて疲れているはずだ。
「着替え終わったらあなた達は休んでいいわ。長旅で疲れたでしょう」
「お言葉に甘えて、カリナとテレサは休ませていただきます」
年長者であるルーシーが、他の2人に休憩を譲るような返事をした。
「ルーシーもよ。畑の世話はネロ爺とするのだし、それが終わったら私も休むのだから無理に付き合わなくていいわ」
「ありがとうございます。ですが、私は問題ありません。お嬢様のお傍に控えるのが私たち専属侍女の使命ですから。3人とも旅の疲れを残したままでは支障がでるかもしれませんので、交代で休ませていただければと思います」
と譲らなかった。
(まぁ、交代で休憩するならいっか)
ルーシーも直ぐに休ませてあげたいけど、この分じゃ説得は無理そうだ。主人であるティエラがいま直ぐ休むとなれば別だろうが、ティエラはじゃがいもの様子を見るまでは休む気にはなれなかった。
みっともなくない程度の速足でじゃがいも畑に向かうと、ちょうどネロ爺が畑に生えた雑草を鎌で刈り取っているところだった。
「ネロ爺、ただいま。私の代わりに世話をしてくれてありがとう」
「ほっほ、ええよ。これも庭師の仕事じゃしの。王都はどうじゃった、楽しんだかの?」
「王城も祝賀パーティも煌びやかでとても素敵だったわ。でも、王都観光はしなかったの。お父様のお仕事が立て込んでいらしたし、私は私で畑が気になって……直ぐに帰ってきちゃったわ」
「ほっほ。ほれ、もうたくさん芽吹いておるよ」
じゃがいも畑は検証のため、少し距離を置いて4つ作ってあった。
──1つ目は、何もしていない土の畑。
──2つ目は、何もしていない土に糞尿を撒いた畑。
──3つ目は、何もしていない土に骨粉と雑草の灰、発酵させた尿を撒いた畑。
──4つ目は、土に堆肥を混ぜ合わせた培養土の畑。
肥料の違いからか、4つの畑は芽の出方に差が出ていた。
種芋を植えてから15日。前世の感覚では芽が出ている頃だが、2つ目の今世の農民がやっている方法の畑にはまだ芽が出ていなかった。1つ目の自然に近い畑のほうが、疎らではあるが芽が出ている。
「やっぱり、発酵しきっていない糞尿を使うと毒素が出て成長を妨げてるようね」
そして、前世の農業に近い3つ目と4つ目の畑ではたくさんの芽が出ていて、葉の数も多い。特に4つ目の畑は成長中の芽、という感じで大きかった。
栄養を与えすぎても腐ってしまうので、肥料の追加──追肥は二週間後、芽の丈が10センチほどに育った頃に行い、その時に間引きも行う。1つ目と2つ目の畑は成長が予測できないので、臨機応変になりそうだ。
あとは、畑に生えた雑草取りと害虫駆除が畑仕事となる。水やりはほとんどいらない。じゃがいもは水分に弱いので、植え付けの時と雨が降らない日が続いて土が乾燥した時くらいだ。
畑に生えた雑草を取り除くのは、土の栄養を雑草に奪われないようにするためだ。芽がある程度成長したら元気な芽を残して余分な芽を間引くのも、元気な芽に栄養をたっぷり行き渡らせるため。
不要なものや低等なものを取り除き、優等なものに恵みを与え、より良い成長を促す。
──そう、間引きは何も人間や動物だけじゃない。農業でこそ、馴染みのものだ。
ネロ爺に倣って雑草を刈り取りながら、ティエラは暗い気持ちにならないことにほっとした──以前の私だったら、もやもやしたり、気鬱したりしてたのではないかと思う。
(お父様に愛されていると分かったから──)
いや、それだけで不安が解消されるほど、ティエラの心は強くない。
ティエラは、ワンピースの胸元にそっと触れた。
(……妃殿下にいただいたタリスマン)
タリスマンは「悪意から心を守ってくれる」と父が言っていたけど、もしかしたら自分自身の不安や暗い気持ちも取り除いてくれるのかもしれない。
(ありがとうございます。ベレサティラ様)
王妃であるベレサティラ様に心の中で感謝していると、
「あっ、それはじゃがいもの芽よ! ルーシー!」
ルーシーが、小さなじゃがいもの芽を雑草と間違えてプチリと抜き取ってしまった。
「も、申し訳ございません」
「小さいのは見分けがつきにくいだろうから、見逃していいわ。それと、雑草の根は残して生え際から取ってね」
雑草取りと言えば、作物以外の草を根っこごと抜くと思われがちだが、実は雑草を根から引き抜いてしまうと地中には根があった分の空洞ができ、この空洞を塞ごうと土が締まって硬くなる。そうなると、固い土でも繁殖できる根の張りが強い雑草が生えてしまい、雑草取りがだんだん大変になってしまう。
また、固い土は作物の根の成長を妨げるので『基本は、根を残して生え際から鎌で刈り取る』が前世の最前線の常識だった。
例外は、ヨモギ・チガヤ・スギナなどの地下茎だ。
生え際から刈り取ると大抵の植物はもう生えてこないが、根を残しておくとまた生えてくる植物──地下茎は根っこも取り除く。
ネロ爺にもこの前世の雑草取りを伝え、実践してもらっている。ネロ爺は木や花専門で畑の雑草についてはあまり詳しくないようだったが、「根が深いのが地下茎」と伝えると、該当する雑草を教えてくれた。ネロ爺も判断がつかないものは、一旦根は残して生え際から刈り取り、後日また生えてきたものは根を取り除くことにした。
深く根を張る地下茎を手で取り除くのは大変だが、土魔法なら簡単に地中から取り除くことができる。ティエラは鼻歌交じりで地下茎をひょいひょいと地中から引っこ抜いた。
土魔法があれば、硬くなった畑の土を柔らかくすることもできるから、別に全ての雑草を根から取り除いてもいいのだが、土魔法を使えない人たち──ネロ爺や農民にこの方法の有用性を知って貰いたいので前世の知識を運用している。
害虫や作物の病気についてもネロ爺に聞いた限りでは、ほとんど今世と前世と変わらないようだが、知らないものもあった。自分ひとりだけだったら、作物に取りついた虫が益虫なのか害虫なのか分からなかったり、未知の病気になったりして困ることが出てきたかもしれない。
父の書斎にあった農業の書籍は大雑把な内容のものしかなかったので、ネロ爺がいてくれてよかった。
(いつかネロ爺と内容の濃い農業の本を作りたいな)
検証したいことがたくさん思いつき、心が浮き立った。
(……でも、それだけじゃ駄目なのよね)
魔物討伐を生き残るため。そして、貴族社会での扱いを向上するために、攻撃魔法の模索を ──土魔法が不遇扱いされないような攻撃魔法を考え出さなければ。
土魔法が不遇扱いされている理由は、装甲の硬い魔物を殺すのに時間が掛かり、魔力の消費が多くなるせいだろう。
硬い装甲を礫ひとつで貫き殺すことができれば、その評価を覆せるはずだ。
前世で威力のある礫攻撃と言えば──
(──銃)
速度のエネルギーで小さな鉛玉が敵を貫く、殺傷性の高い武器だ。銃の威力を魔法で再現できればなんとかなりそうなのだけど……メカニズムがよく分からない。
火薬なんかの爆発による衝撃で発射させている?
いや、それは銃を持っている側が危険過ぎるから、別の仕組みがあるはず。
だけど、中学生レベルの科学知識しかないティエラにはさっぱり分からない。今世に銃はないようだから、地道に検証していくしかない。
単純な攻撃だけじゃなく、火や雷は敵を焼き殺し、水は溺死させ、風は毒殺させるといった他の属性のような特殊な攻撃魔法も考えないといけないかもしれない。
(──毒、かな)
以前の検証で、地中の微生物を操ることができることが分かった。地中の微生物の中には口にすれば食中毒を起こすものや傷口に入れば皮膚が壊死するなど危険なものもある。
これを利用すれば──いや、即効性がないから評価されないか。
付着して直ぐに死に至らせるような微生物はない──そんなものがあれば、生物は死滅しているだろう──なら、鉱物はどうだろう?
確か、触れたり体内にいれたりするとほどなく死に至る鉱物があったような……。
(土魔法を使えば、見つけられそうね)
だが、攻撃の対象は魔物だ。人間や動物を殺す毒が魔物にも効くかは分からない。実際に魔物相手に使って検証する必要がありそうだ。
あと思いつくのは、攻撃魔法ではないが、堀や土塁だろうか。
以前、教師に土魔法が無能扱いされる理由を訊いた時は思いつかなかったが、敵の動きを妨害する堀や土塁の形成は戦闘において重要になるはずだ。淘汰される前の土魔法の使い手がやらなかったとは思えない。
堀や土塁は評価されなかった? なぜ?
……これもコストの問題だろうか?
ゴーレムが評価されないように、魔法に必要な素体の体積が増えると消費魔力も嵩む。堀や土塁を作るのには大量の魔力を消費するだろうことは目に見えている。
(投石機のように土木作業も平民にやらせるから、魔法である有用性が見い出せないってこと?)
いや、手作業で作るより短時間で形成できる土魔法は強みになるはず。
魔物の侵攻経路が急に変わることもあるだろう。そんな時、瞬時に対応できる土魔法による土木は戦闘を有利にしてくれるはず。修復したり補強したりと戦闘中にだって役立つだろう。
(コストが掛かるとしても価値があるはず──なら、どうして?)
「……あの教師に訊いてみる?」
今日一日は旅の疲れを癒すための休養日で、授業は明日からだ──あまり気が乗らないが、明日の授業で訊いてみよう。
じゃがいもの様子も見れたし、今日はもう休もう。
(大丈夫。タリスマンがあるもの)
胸元をぎゅっと握り、心配げな顔のルーシーを後ろに携えながら、ティエラは自室に戻った。
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