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終末世界は微笑んだ  作者: 夜野 桜
13/19

聖女襲撃

時は少しばかり遡る。


イズミ達聖女一行がパラムの町に到着するほんの少し前

町のとある場所で怪しげな影が集まっていた。


外は昼間だというのに窓を締め切り、室内は蝋燭の光のみを唯一の光源として

集まった人々の影をゆらゆらと怪しげに浮かび上がらせる。


数十人にも及ぶこの怪しげな集団はその存在を周囲に悟らせないように慎重に

この場に集まっていた。


「今夜だ。…今宵、ようやく我々の宿願が果たされる。」


集まった黒い影の1人が晩年の思いを語るかのようにしみじみとそう呟くと、

周りの黒い影もそれぞれに喜びのような声を上げる。


「やっとだ。この時のためだけに生きながらえてきた!」


別の影の一つが静かに語ろうとして、だが抑えきれないその胸の高鳴りに

わずかに興奮した様子で呟く。


「落ち着きたまえ、まだ目的を果たしたわけではない。」


眼前に迫った宿願を前にしてその熱を上げていく影の者達から、少し離れた場所に

佇む一際大きな影が発した声に騒がしく盛り上がっていた影達が徐々に落ち付きを

取り戻していく。


この集団のリーダーであろうかその大きな影の持ち主は彼らが落ち着くのを待って

声を繋げていく。


「今夜、聖教国の野蛮人共が再びこのパラムにやってくる。

 奴らが嘗てここでおこなったことを我々は忘れてはいない。

 あの光景を、あの悲鳴を、あの喝采を我々は決して忘れはしない。」


影の誰もがこの声の主に注目し、その言葉に嘗ての記憶をその心に思い出していく。

この想いの元となったあの地獄は、あの狂気は、ここにいる全てのものの記憶に正確に

残っている。


「全ての同志達は今宵その想いを遂げる。

 世界に、女神に示すのだ。あの日の怒りを、あの日の憎しみを、

 あの日喝采をあげた全て者達に、あの日を過去の物とした者達にまだ何も終わって

 などいないことを教えてやるのだ。

 今宵!聖女の死をもって世界の全てに同志諸君の怒りと憎しみを示すのだ!」


その言葉に再び影の主達は熱を上げる。

彼らの瞳に映るのは聖教国への憎しみと怨嗟。

そしてあの行いを許容した世界への怒りだけだ。


だがただ一つ、再び熱を上げて盛り上がる影達を冷めた目つきで見るものが

いることにこの場にいる者たちは誰一人として気づきはしなかった。


夕暮れ時、門から中央の通りを一望できる高台に位置するその場所に

一人の老躯は立っていた。


この場所からなら門を抜けパルムの街に入ってくる聖女一行を

見物することができる。


予定よりも遅い聖女一行の到着に老人は随分と焦らされたものだ。

眼下に広がる光景をその目に焼き付けながら、老人は嘗ての記憶を思い出す。


老人は嘗てこの街を治める領主の騎士であった。

女人であり、尚且つまだ幼かったが、領主としてこの街を治めきった

その手腕は長年生きてきた老人の経験をもってしても感服せしめるものであった。


この世界でも女性が領主となることは珍しい。

多くの場合、その家の男児が領主としての責を継ぐし、

仮に男児がいない場合は親族から男の養子を迎え入れて後を継がせる。


だが、この領主の一家は政治的争いの不幸な事故によって彼女以外、

尽くその命を落とした。

彼女しか領主を継ぐものがいなかったのだ。

だが、継がなければよかったのかもしれない。

結局、あの狂気の日に彼女も領主の責を問われその命を落とした。


まだおしめを変えられなかった頃からその少女のことを知っていた

老人にとって、彼女は仰ぐべき主人であると同時に娘のようなものだった。


老人の脳裏に彼女の笑顔が過ぎる。

最後まで民を案じたあの少女は狂気の喝采の中で、死の恐怖を目前にして尚

その瞳に涙を見せることはなかった。


(…長かった。本当に長かった)


この数年は老躯にとって万年の時のようにすら感じるほど長く

そして過酷だった。

時間は彼にとって敵だ。

時が過ぎれば過ぎるほど彼の身は徐々にその活力を衰えさせていく。


自身に近づく終わりの時を前にして、焦りに身を焦がしてしまいそうに

なりながらも、老人は世界に彼女の無念を、自身のこの想いを伝えることのできる

瞬間を待ち続けてきた。


そしてようやくその時が来た。

眼下に広がる聖女一行が門をくぐり襲撃の予定位置まで近づいている。

聖女の死は世界に絶望を与えることだろう。

聖女なくして瘴気の脅威から世界を守ることなどできはしない。


例えこの行いがこの世界を滅ぼすことに繋がろうともこの想いは世界に

女神に必ず届ける。


もとよりあのような狂気に満ちた行いで生きながらえた世界など

滅びてしまった方が良いのだ。


老人は待ち続ける、世界に絶望をもたらすであろうその瞬間を。


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