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第9話 予備教室

第9話


予備教室


悟られないように有瀬さんの後を追う。トイレに入った。僕は廊下の角から様子をうかがう。

しばらくすると、有瀬さんが石鹸のいい匂いを漂わせながら出てきて、階段に向かった。

廊下を突っ切って4階の予備教室1に入る。


予備教室の前で立ち尽くしていると、突然誰かが後ろからぶつかってきた。

「おっと、すまん。なんだ、永本か。今日は帰宅部ダッシュじゃないのか」富田だ。にやにやしている。そして、止める間もなく、脇をすり抜けていって、予備教室1に入ろうとした。

「待って!」慌てて声をかける。

「なんだ?俺は今から大事な用があるんだ。邪魔したら殺すから。さっさと家に帰れ」すごまれる。うぐ。

「いや、今日は雨だから帰宅部も休みで・・・」ふざけてみた。

「何わけのわからないことを言ってる?帰れ帰れ」いきなり突き飛ばされた。数メートルも吹っ飛んで廊下に投げ出される。いてて・・・やりやがったな。頭の中で星が散る。

その隙に、富田は予備教室に入ってしまった。


僕は右肩とこめかみを押さえながら急いで起き上がり、扉に耳を当てて聞き耳を立てた。必要とあらばいつでも特攻できるように。


中から話し声が聞こえる。


「有瀬、俺と付き合えよ」富田が言っている。さっきの僕に対する声音とさして変わらない。そんな怖い口調で言われてもなあ、というような口調だ。

「ごめんなさい、それは受けられないわ」有瀬さんが言っている。

「なぜだ?プレゼントが気に入らなかったか?」

「いや、そうじゃないの。あの、私・・・他に好きな人がいるから・・・」

しばらく間があった。


僕はちょっと驚いた。有瀬さんがモテるのは当然として、有瀬さんに好きな人がいたとは知らなかった。もっとも、知らなくて当然とは言えるが。・・・もしかして単なる言い逃れだろうか。それとも本当に?


「そうか・・・そうとは知らなかった。そいつは幸せなやつだな。有瀬に見初められて・・・俺は帰るよ。呼び出したりしてすまなかった」

あれ?あの悪名高い富田がこんなにあっさりと?意外な一面を見たように思った。ああ乱暴に見えて実はいい奴だったのか?


部屋から足音が向かってきたので急いで扉から離れ、何事もなく廊下を歩いていたふりをする。


階段と反対方向に向かうべきだった、僕は後悔した。鬼の形相で廊下に出てきた富田が、追い越しざまに「まだいたのか!」と言って背中を一発殴ったからだ。背骨が飛び出すかと思った。今日二発か・・・やっぱりひどい奴だ。


〜〜〜


予備教室の扉が開いて、有瀬莉帆が姿を現した。あたりを見渡して、僕がいるのを見つけると、急いで駆け寄ってきた。

そして、勢い余ったのか正面からぶつかって来た。慌てて受け止める。あれ、富田にぶつかられた時とは随分と感触が違うぞ。なんと言うか・・・やわらかい。ライフゲージが満タンに回復したようだ。

一瞬有瀬さんの体温が上半身を駆け巡り、身体がきゅっと縮むような感覚がした。一瞬間後、有瀬さんがぱっと離れる。

「ど、どうしたの?」僕が尋ねる。

「な、なんでもない・・・。今日は・・・まだ帰ってなかったんだ」

「うん、ちょっと謝らないといけないことがあって・・・。昨日の頼み事だけど一人忘れていたんだ。ほかの奴は何とかしたんだけど、富田だけは忘れてて。それが心配でここまで来ちゃった。悪かったよ」

「とんでもないよ。私こそあれこれ頼んじゃってごめん。でも助かったよ。悠太のおかげで富田くん一人で済んだから。あれが後10人かそこらいたかと思うと助かったものだわ。ありがとう」

「いえいえ、一番手ごわいのを忘れてしまってごめん」

「もしかして、悠太?教室の前で聞いてた?」有瀬さんが明るく問いかけた。う、なぜ分かった?

「じ、実はそうなんだ。その・・・富田が何をしでかすかわからないと思って・・・」聞き耳を立ててたなんて、これは確実に嫌われたな・・・。ところが・・・。


「ありがとう、悠太。居残らせてしまって、ごめんね。帰ろっか?いっしょに」有瀬さんがほほ笑む。さっきの出来事でまだ気が立っているのかやや頬が紅い。かわいいなあ・・・一瞬見とれてしまった。それを悟られたのか有瀬さんはちょっと口をすぼめて顔を逸らした。


~~~


中庭にて。二日も連続で有瀬さんと帰ることになるなんて・・・。雨が降っていてよかった。傘でうまい具合に顔が隠れて、昨日ほど目立たないで済む。


「ねえ、右のこめかみあたりが腫れてるけどどうしたの?」有瀬さんが問いかける。

「えっと、それは予備教室の前で富田と出くわして殴られたんだ。大丈夫。大したことないから」実際のところまだずきずきと痛んでいたが。それにしてもよく気が付いたな。

「あら、そうだったの?いっしょに保健室行って氷もらおうか?冷やした方がいいんじゃないかしら」

「大丈夫、大丈夫。ほんとにたいしたことないから」慌てて打ち消す。有瀬さんに介抱でもされようものなら学校中の注目の的になりかねない。


〜〜〜


「ところでさー。悠太が昨日言ってた『秘策』がなんだか当ててみようか?」校門を出たところで尋ねられる。

「いいけど絶対当たらないと思うなー。まあ変なことはしてないけど」あの能力は十分変だと思うが、僕が意味しているのは、脅迫したとかそういうことではないということだ。

「当てられるわ。一言でいうと『夢の力』、じゃないかしら」あっさりと答える。

僕は衝撃を受けて思わずたちずさんだ。確かに有瀬莉帆は聡明だったが、超能力でも使ったのか?どうして分かった。

「ど、どうして分かったの?」

「それは私もその能力を持ってるからよ。私が気付いたのはねー、チェスにヒントを得たの。駒は動かせるけれど、プレイヤーは動かせない。だから悠太もプレイヤーなんじゃないかって」

「それって・・・僕を動かそうとしたことあるってことだよね。どういう風に動かそうとしたの?」

「気になるのそこなの!?どうしておんなじ能力を持っているかとかそんなんじゃなくって?」有瀬さんが意外そうに言う。

「それは偶然じゃないのかな。ほら、たまにあるだろ。友達と遊びに行こうとしたら服がかぶってたとかそんなことが。そんな感じじゃないの?」そう言うと不思議なことに有瀬さんはちょっと傷ついたような表情になった。

「そうなのかなぁ。悠太を動かそうとしたことだけど、そりゃあもう、いろいろ動かそうとしたわよ」

「例えば?」

「それは秘密。それより、悠太は私を動かそうとしたことある?」はぐらかされた・・・

「ええっ?秘密って・・・。僕は一度だけ。だいぶ前だけど、体育の前の休み時間に・・・」

「ああ、あの時ね。確か教室で二人っきりになったっけ」

「そ、それはそうだけど。結果的には」


「・・・あの時から悠太には世話になってばかりだね。私、頼りないから」

「えっ?有瀬さんはしっかりしてると思うけど」

「みんなにそう見られるけど、ほんとはそうでもないんだよね。『夢の力』のおかげっていうところもあるし」

「そうかなぁ。莉帆は『夢の力』なしでもちゃんとやっていけると思うけど」あ、莉帆って言っちゃった・・・。ま、いいか。それだけ親しくなったということか。


〜〜〜


いつの間にか月の台駅まで来ていた。構内に入って傘を畳む。ここの駅は天井がガラス張りで、いつもは光に溢れているが、今日は少し薄暗い。代わりにカフェや、昨日のアイスクリーム店やアパレルショップの照明が明るく感じる。

「じゃあ、また明日ね」と有瀬さん。

「そこまで送って行こうか?電車まだだし」電光掲示板を見ながら尋ねる。なぜだか今日はもうちょっといたかった。

「いいの?じゃ、南出口までいこっか」快諾された。


カフェやショップをいくつか通り過ぎて出口に向かう。

「・・・私、今日、授業終わって片付けてたら『予備教室1』って書かれた付箋を見つけたの。それで、予備教室に行ったんだけど・・・ちょっと軽はずみだったかったかなぁ。朝から今日一日気をつけようって思ってたのに」

「うん、莉帆にしてはそそっかしかったかなぁ」笑いながら返す。

「でも考えなしって訳じゃなかったわ。だって、私は悠太が付箋を書いたんかなーと思ったから」

「え?どうして僕が?」

「なんとなく。ほら、行かないと電車が来ちゃうよ。また明日ね!」莉帆がちょっと早口でそれだけ言うと、右手を小さく振ると、外に出て行った。

勢いよく傘を開きながら。


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