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08 王女の日本滞在記(1)

「ほら、達也! ネクタイ曲がってる!」


 翌朝――午前七時三〇分。

 俺はホテルのエレベーターの中で桐島に首を締められながら、あくびをかみ殺していた。昨日はいろいろありすぎて、興奮であまり寝られなかったのだ。


 対策室のある内閣府ビルで落ち合い、彼女の運転する車でここまで来たのだが、その間ずっと桐島は俺に怒りをぶちまけ続けていた。

 昨日は室長の前だから、かなり我慢していたのだろう。


 彼女は俺の部下だと聞いていたのに、最初は「田中さん」と呼んでいたのが、いつの間にかもう「達也」と呼び捨てになっている。まあ、年上の女性からさん付けで呼ばれるのも気持ちが悪いので、俺としてはありがたいが。


「それになによ、このペラペラのスーツは!」

「いや、警察官は制服あったんで……」


 スーツなんて寮と署の行き帰りにしか着なかったので、五〇〇〇円で買ったこれしか持ち合わせていないのだ。寒いので下にセーターを着込んでいるが、それが見つかったらまた怒られるかもしれない。

 エレベーターが最上階に到着すると、廊下に立っていたSPがいっせいにこちらを向いた。桐島は途端に態度と声色を変え、


「ご苦労様です。私たちは異世界対策室の者でして……」


 と、彼らに微笑みかける。

 ちなみにSPというのは、警視庁に属する要人警護を専門とする警察官で、交番勤務の平巡査だった俺には、雲の上のような存在に近い。


「話は聞いております。どうぞお通りください」


 リーダーらしき巨漢の男性に促され、奥にある両開きの扉の前まで進む。と、桐島が小声で言ってきた。


「いい? まず王女殿下に私をちゃんと紹介するのよ」

「分かってますよ」


 呼び鈴を鳴らし、三〇秒ほど待つ。

 ガチャリとドアを開けたのは、少年騎士の武井シェラハザードだった。きょうは鎧を着ていないものの、片手に剣を提げ、油断ならない瞳でこちらをにらみつけている。


「ああ、あんたか」

「おはよう。みんな、昨日はよく眠れた?」

「まあね」


 話しながら部屋に入ると、王女が陽気に声をかけてきた。


「おお、達也。今、みなで朝食を取っていたところじゃ。おぬしも食うか?」


 ダイニングテーブルの上には、とりあえずいろいろ頼んでみたのか洋食と和食がごちゃごちゃに並んでいる。トーストにローストビーフ、サラダ、果物の盛り合わせ、ご飯、納豆、サンマの塩焼き、などなど――。


「……ん? 誰じゃ、そのおなごは」

「ああ、紹介するね。こちら桐島さんって言って、えーと……俺の部下?」


 ドンッ! と脇腹をヒジで打たれ、俺は少し咳き込んだ。

 桐島が王女の前に出て、うやうやしく頭を下げる。


「お目にかかれて光栄です、殿下。桐島雅と申します。国交交渉に関しては私が窓口となりますので、よろしくお願いいたします」

「うむ。そのあたりは森本とよく相談してもらいたい」


 言われて、すっと立ち上がった森本が会釈してくる。


「森本エヴァーラスティンです。桐島さんは、まだずいぶんお若いようですのに、このような大事な仕事を任されるとは――優秀なんですのね」

「とんでもありません」


 桐島は森本の隣に腰掛けると、ふたりで何やら難しい話を始めた。俺も王女の隣に座り、給仕の人に淹れてもらったコーヒーを飲みつつ料理に手をつける。


「それで、きょうはどこに連れていってもらえるのかの?」


 誰かに箸の使い方を教えてもらったのか、王女が納豆をかき混ぜながら聞いてきた。


「まずは服を買いに行こうと思うんだけど、どうかな?」

「服? ああ、この格好ではやはり目立つか」

「うん。騒ぎになるといけないし――できれば、着替えてもらいたいんだ」

「そうか。わらわたちは構わんが、おぬしがそう言うなら着替えよう」


 朝食を終え、お店が開くまでしばらく会話したあと、俺たちは桐島が運転する車でホテルを出る。荷物が増えそうだったので、室長と相談して車はワンボックスカーを用意してもらっていた。


 前後にSPの車を従えてまず向かったのは、銀座のとあるブティック。

 看板にアルファベットっぽい文字が並んでいるが、英語ではないので俺にはなんと書いてあるのか分からない。


 桐島が昨日連絡し、きょうの午前中は貸し切りにしてもらったと言う。若い女性に人気のブランドだそうだが、男性の服も取り扱われているみたいだ。


「この方たちに似合う服を適当に見繕ってちょうだい。値段は気にしなくていいから」


 店に入るなり、桐島が店長らしき女性に伝えると、スタッフらしき若い女性が黄色い悲鳴を上げながら三人に殺到していく。中でも、武井の人気は凄まじいものだった。


「武井はこっちでもモテモテじゃのう」


 と、試着室の中から顔だけ出した王女が、もみくちゃにされている彼を呆れた様子で眺めている。


「ああ、やっぱり向こうでも?」

「うむ。よく城の女どもにああやってオモチャにされておった」


 二時間ほどかけて、ようやく服を選び終える。

 王女は、暖色系のカラフルなセーターと、白のダウンベストという組み合わせ。チェックのミニスカートから伸びる足には厚手の黒いタイツを履き、足下はスニーカーでまとめてある。若者らしいカジュアルなスタイルだ。


 森本は、タートルネックのセーターとズボン、茶色いブーツ、そしてどうしても欲しいと言って譲らなかった深緑色のロングコートを羽織っている。これまたよく似合っているが、さっきまで着ていたローブとあまり変わり映えしない気もする。

 武井は女性スタッフから何度も着せ替えをせがまれた挙げ句、最終的にシンプルなジーンズとシャツ、トレッキングシューズ、それからアウターに黒のダウンジャケットを自分で選んだようだ。


 また、王女と森本にはツノと耳、それと目立つ色をした髪の毛を隠すため、大きめのニット帽も被ってもらった。

 全員、容姿が素晴らしく良いので、三人並ぶとファッション雑誌のモデルのようにも見える。これでは、違う意味で人目を引いてしまうかもしれない。


「ありがとうございましたー! どうぞまたお越しくださいませ!」


 昨日、室長から受け取ったクレジットカードで支払いを済ませ、大勢のスタッフに見送られながら店を出る。

 明日以降の着替えも合わせて五着ずつ購入したのだが、レシートに打ち出された金額を見て俺は目眩を覚えてしまった。想像していたより、桁が一つ多い。

 重い紙袋を両手に提げて、車に戻る道すがら、


「こんなに使っちゃっていいのかなぁ……」


 溜息交じりにそう呟くと、隣を歩いていた桐島が低い声で囁いてきた。


「馬鹿ね。いいに決まってんでしょうが」

「でも、税金でしょ? もうちょっと安いところでもよかったんじゃ――」

「もちろん、そのぶんの利益は確保すんのよ。それが外交ってもんよ。だいたい、今回は非公式な訪問だからこの程度の出費ですんでるけどね。国賓として正式に招待したら、こんなもんじゃすまないんだから」


 次に訪れたのは、丸の内にある丸善本店。東京駅すぐそばの商業ビル一階から四階に存在する、書店としては国内最大級のお店だ。

 駅地下通路から直通で行ける利便性の高さもあってか、大きな本棚が整然と並ぶ明るい店内は大勢の人で賑わっている。だが、服を着替えたおかげで特に王女たちが目立つ様子はなかった。むしろ、周囲で警戒にあたっているSPのほうが注目を浴びている。

 ……そういえば、室長の話では公安とCIAも周囲にいるはずだが、一見してそれと分かる姿は見当たらない。

 まず予定通りに一階レジに向かい、名前を名乗ると、


「お待ちしておりました。ブックアドバイザーの佐藤でございます。ご依頼のあった、おすすめの歴史書や学術書、辞典の類をまとめておきました」


 そう言って、初老の紳士が紙袋いっぱいの本を差し出してきた。俺は礼を言ってそれを受け取る。またしても重い……これは明日は筋肉痛かもしれない。


「ほかにも、何か御入り用のものはございますか?」


 佐藤がにこやかに聞くと、森本が目を爛々と輝かせながら答えた。


「では、地図を見せていただきたいのですが」

「どのような地図でしょうか?」

「世界地図です。それと、この国の地図も……なるべく詳細なものを一冊ずつ」


 俺たちは地図コーナーへと移動し、佐藤の手で何冊か選び出してもらう。そのうちの一冊をひらくと、森本と王女の顔がみるみる深刻なものに変わっていった。

 覗いてみれば、ふたりが見ているのは日本列島全体の地図だったので、


「ここが今いる東京だよ」


 と、指を差して教えてあげる。


「姫様、これは……」

「うーむ……まいったの」

「あれっ? どうかした?」


 王女は答えず、さっさと地図を閉じて森本に手渡した。


「達也。本は夜にでもゆっくり読ませてもらう。次に連れて行ってくれ」


 その後、回転寿司で昼食を取り、訪れたのは秋葉原の家電量販店。

 昨日テレビに食いついていたし、異世界の人間ならこちらの機械は珍しいだろうと思い連れてきたのだが、やはり好評だった。


「いやー、見たことないものばかりじゃのう。これはどうやって動いておるんじゃ?」


 実演コーナーで掃除機を動かしながら、王女が感心したように言う。


「電気だよ」

「電気? ああ、電車やホテルの機械と同じやつか」

「こちらでは、大抵のものは電気で動かしてますね」


 桐島が説明した。

 電動マッサージ椅子に座っている森本が、ぶるぶる震えながら聞いてくる。


「電気というのは雷のアレですよね? 魔法の電撃でもよいのですか?」

「いえ、どうなんでしょう。電圧とかいろいろあるので、たぶん無理かと」

「そうですか……」


 残念そうに言って、立ち上がる森本。武井はVRゲームにハマったようで、先ほどからゲームコーナーを出てこようとしない。


「発電機を持ち込めば使えますが、燃料のガソリンもかさばりますし、本格的に輸入されるおつもりなら発電所を建てる必要がありますね」

「ふむ。父上の土産に何か買って行きたかったのじゃが、では向こうで使えるものはひとつもないのか?」

「国王陛下に? 電池で動く小型のものなら大丈夫だと思いますが……ねえ、達也。何か異世界の男性が喜びそうな商品ってないかしら?」


 聞かれて、俺は考えた。

 電池で動くといえば懐中電灯が真っ先に浮かんだが、それでは気が利いてないしなぁ。髭剃り、電動歯ブラシ……デジカメはすぐに電池がなくなりそうだし、うーん……。


「あ、そうだ。鼻毛カッターはどうかな?」

「鼻毛カッターってあんた……」


 桐島は呆れた表情を向けてくるが、王女は興味を持ってくれたようだった。


「ハナゲカッター? なんじゃ、その鼻毛を切りそうな感じのものは?」

「いや、ずばり鼻毛を切る道具なんだけどね」


 俺は店員に場所を尋ねて、売り場まで彼女たちを案内する。


「これだよ」


 言って、見本品のスイッチを入れると、ブーン――という音と共に、それは震動をはじめた。

 鼻毛カッターは電動髭剃りを小さくしたようなもので、ケガをしないよう先端に付いた穴から入った毛だけを刈り取る仕組みになっている。俺は自分の髪の毛を一本抜いて、実際にその様子を見せてやった。


「ほうほう、これが鼻毛カッターか。そういえば父上は式典の前などに、よく鼻毛を抜いて痛がっておったな……よし、これをもらおう」


 俺が、鼻毛カッターを予備の電池と一緒にカゴへと入れていると、


「ああ、あとあれも欲しいの」

「あれ?」

「昨日からおぬしらが使っとる、ほれ……」


 両手で長方形を作り、耳に押し当てるジェスチャーをする王女。


「もしかして、携帯電話?」


 言って、ポケットから取り出してみせる。


「うむ、それじゃ! それを買うてくれ! 人数分頼むぞ!」

「これはこっちにいる間しか使えないと思うけど……それでもいい?」

「構わん!」

「分かった。じゃあ、えっと……桐島さん、お願いします」

「えっ、私?」


 と、森本と何やら話し込んでいた桐島が振り返った。


「はい。俺、未成年なんで契約とかはちょっと」

「ああ……そうか」


 桐島と森本(契約内容に興味があるらしい)が売り場に向かい、俺と王女はまたフロアをうろうろしはじめる――するとテレビコーナーの前に差し掛かったところで、彼女がふいに足を止めた。


『――続いてのニュースです。きょう午前、上野公園で異世界の生物と思われる獣が発見され、通報を受けた警官隊がこれを捕獲しました』


 ずらりと並んだ全てのテレビに、同じチャンネルの報道番組が流れている。

 公園での捕り物の様子や、目撃者のインタビューのあと、映像はその生物のものへと切り替わった。

 赤黒い肌をした、醜い人型の生物が檻の中で悲しげな声を上げている。緑色の眼球、不気味に隆起した筋肉――確かにそれは、猿とも人とも呼びづらい。


「やれやれ……我らの世界の者が迷惑をかけたようじゃの」


 王女が眉をひそめる。


「じゃあ、やっぱり異世界の?」

「うむ、あれはゴブリンと言うてな。低級の魔物で知能も強さも大したことはないんじゃが、他種族との間にも子をなせる繁殖力の強さが厄介じゃ。一匹見つけると一〇〇匹はいるとも言われ、たまに人里を襲っては女や家畜をさらっていくので、どこの国でも駆除の対象になっておる」

「ゴブリン……」


 エルフに続いて、ゴブリンまで出てきた。このぶんだときっと、ドワーフやドラゴンもいるんだろうなと、俺は勝手に想像する。

 まさに典型的異世界ファンタジーの世界だが、いったいどういうことなのか……。


 これまでの道中、俺と桐島のふたりもいろいろ質問しているのだが、王女は『向こうの世界のことは向こうで説明したほうが早い』と言って、異世界の情報をあまり教えてくれようとはしなかった。


 ニュースはまだ続いている。

 アナウンサーが言うには、今後ゴブリンは上野動物園で飼育及び一般公開され、パンダの赤ちゃんのように名前を公募することに決まったそうだ。


 王女はしばらく、何か言いたげにテレビ画面を見つめていたが……結局、何も言わずに立ち去った。

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