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05 首相官邸にて(3)

 執務室に二脚あるソファには今、片方に首相とノーマン。もう片方に王女と、それを挟む形で俺と森本が座っている。武井は入り口近くに仁王立ち、邪魔が入らないよう周囲を警戒するつもりのようだ。


 首相は六〇前後の禿頭の男性で、なんというか仏様のような穏やかでありがたい顔立ちをしている。俺は政治方面の知識はさっぱりなので、どういう人物なのかはよく分からない。


 彼は事態を収拾するため、先ほどからあちこちに電話をかけまくっていたが、それもようやく終わったと見えた。

 ふいに、王女がノーマンに鋭い視線を向ける。


「アルバート、何をしておる」

「は?」

「いくら同盟国といえども、国家の首脳同士の会談に断りもなく同席するのは無礼であろう」

「これは……失礼いたしました」


 ノーマンは素直に頭を下げると、ソファから立ち上がった。


「うむ。今日は下がれ。いずれ貴国とも国交を結ぶことになろうが、そのときはおぬしを通すと約束しよう」

「ありがとうございます。では、いずれまた」


 そう言って、彼は部屋を出て行った。

 首相がそれを、少し心細そうに見送っている。


 しまった。何となく成り行きで一緒に座っていたが、よく考えたら俺がいていい場所ではない。俺も慌てて立ち上がり、


「あ、あの……じゃあ、俺もそろそろ帰るね」


 立ち去ろうとすると、王女が袖をむんずと掴んできた。


「おぬしはここにおれ」

「えっ? いや、俺がいたって邪魔になるだけだと思うんだけど……」

「お前は役人といってもまだ若いし、素直な性格をしておる。先ほどわらわに吐いた啖呵もなかなかのもんじゃった。我らの話を聞き、この国の一般人代表として意見を聞かせてもらいたい。――さて、始めるか」


 言って、王女は首相に向き直る。


「ドルガノン王国第一王女、鈴木ポニャエッテリンデじゃ」

「日本国内閣総理大臣、鈴木善坊(ぜんぼう)でございます」


 首相が頭を下げるのを、王女は怪訝な表情で見つめながら、


「ほう、姓が同じとは奇遇じゃな。では、さっそく本題に入ろう。今回は貴国と早急に話し合う必要があったためとはいえ、このような乱暴な訪問となってしまったことは詫びるが……貴様ら、いったいどういうつもりじゃ?」

「は? と、申しますと――」

「とぼけるなッ! 異世界駅だかなんだか知らんが、勝手に我らの領土にわけの分からん建物を造りおって! あれは立派な侵略行為ではないか! おまけに、冒険者とか言ってあちこち勝手にうろつき回るわ、野生動物をモンスター呼ばわりして狩りまくるわ……挙げ句の果てに、魔王を退治するとぬかして王城に攻め込んできた馬鹿もいるぞ! おぬしら、我らの世界をなんだと思っとるんじゃ!」


 そんなことになってたのか……。

 俺は申しわけない思いを抱きつつ、王女にとりなすように言った。


「ま、まあ、しょうがないよ。ほら、俺ら異世界とか初めてだし」

「我らだって初めてじゃが、そんな無礼を働いたりはせん!」

「……食い逃げしてたけど?」

「あれは不可抗力じゃと言うたろうが!」


 顔を真っ赤にしてわめき散らす王女を、俺が隣でなだめすかしていると、首相が顔中に疑問の表情を浮かべて聞いてきた。


「ええっと……そういえば、きみは?」


 俺はバッと立ち上がり、背筋を伸ばして敬礼する。


「はっ! 俺は秋葉原駅前交番に勤務しております、田中達也巡査であります!」

「そうか。あー、その……なぜここに?」

「分かりません!」


 本当に分からなかったので、俺は正直に答えた。


「この者は、わらわたちをここまで案内してくれたのじゃ。親切な若者じゃな」

「そ、そうでしたか……」


 明らかに面食らいつつも、王女に向かってにこやかに答える首相。それでもまだ納得できないようで、ちらちらと俺の顔をうかがってくる。


「ともかく、わらわはそなたらが敵かどうかをまず確認したい。首相、そなたが望むは戦争か? それとも友好か?」

「……もちろん、友好でございます」

「その言葉、偽りなかろうな?」


 王女は首相をにらみつけながら、


「どうじゃ、達也。この者は信用できるのか?」


 と、尋ねてきた。

 そんなことを聞かれても、俺に分かるわけがない。いくら人が良さそうだと言っても政治家だし、上っ面で判断するのは危険な気もする。


 ふと見れば、首相が俺に向かってしきりに目で何かを訴えかけてきていた。おそらく『頷け』と言ってるのだろう。


「う、うーん……まあ、大丈夫なんじゃない? 日本は本当、平和な国だから」

「それはそれで、友好国としては頼りないのじゃがなぁ……」


 その後、ふたりは森本を交え、長時間にわたって両国間の地位協定や、異世界駅の領有権、これまでに捕らえた犯罪者の引き渡し条件等、さまざまな問題について議論を交わしていたようだったが、俺にはほとんどちんぷんかんぷんだった。

 窓の外が、いつの間にかすっかり暗くなっている。


「――さしあたってはそんなところかの。まあ、敵でないことが分かったのじゃから、あとはのんびりやればよかろう」


 王女はそう言うと、俺のほうを見て、


「そうじゃ、首相。我らは数日こちらの世界を見聞して帰るつもりじゃが、滞在のあいだこの者を借りてもよいじゃろうか? この世界にはまだ不慣れゆえ、案内の者がいてくれると助かるのじゃが」

「はあ。それは無論、構いませんが……その者はただの警官でして」

「警官というのは騎士のようなものなのじゃろう? なかなか腕も立つようじゃし、わらわはこの者が気に入っておるのじゃ。国交交渉に関して、細かいことはここにいる森本が担当する。そちらも窓口になる者をひとり用意してほしい」

「かしこまりました」


 と、俺の意志も聞かずに首相は頷いた。勝手にかしこまらないでほしい。


「それと悪いんじゃが、滞在中の費用も負担してもらいたい。路銀は持ってきたのじゃが、こちらでは使えないようなのでな。無論、そなたらが我が国を訪問する際、この借りは返させてもらうゆえ」

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