24 王都潜入(2)
「ひいッ! お、お母さん? 何ですか、その気色の悪い代物は……」
「ゆうべのオークさんの皮で作った、着ぐるみです♪」
「着ぐるみッ!?」
ずいぶんと平べったくなってはいるが、それは確かに昨日みんなで食べたオークだった。
お母さんはそれを広げて、上目遣いでこっちを見てくる。
「こんなものでも、お役に立つでしょうか?」
「ええ、それはもう! さすがはお母さ――」
「捕まえたぁぁぁぁぁぁぁ!」
と、突然。
桐島は着ぐるみに手を伸ばそうとしていた早乙女の腕に、半ばタックルのようにしがみついた。
「なんだ、桐島。話の腰を折るな」
「今度という今度は言い逃れできないわよ! おかしいでしょ! なんでお母さんがそんなもん作ってんのよ! お母さん要素、一ミリもないじゃない!」
「待ってください、桐島さん! うちのお母さんは昔から裁縫が趣味で、毎年、俺に手編みのセーターを――」
「セーターと着ぐるみじゃ全然違うでしょうが! てか、どこの世界に死体の皮剥いで着ぐるみ作るお母さんがいるってのよ!」
「とにかく、これで作戦は決まったな」
「無視ッ!?」
早乙女は木の枝で地面に図を描きながら、
「おさらいするぞ。まず、オークに扮した桐島が馬車を襲う」
「そして、いつの間にか私が着ることになっているッ!?」
「そこに偶然通りかかったふうを装い、私と達也がふたりで助けに入る。命を救われたと感じた商人は快くわれわれの頼みを聞き入れ、力を貸してくれることだろう。――見事な作戦だ。感服したぞ、達也」
「いえ、それほどでも」
俺が褒められたのがうれしいのか、お母さんが「わーっ♪」と言って拍手してくれた。
挙動不審にきょろきょろしながら、助けを求めるような顔をする桐島。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんでいきなり私が着ることになってんの!?」
「別にいいだろ、そのくらい。おまえだけ異世界来てから、何の役にも立ってないんだから」
「なあ……ッ!」
「それに、この着ぐるみを見ろ。内側に肉と脂がかなり残ってるだろう?」
「え、ええ。ていうか、すっごいヌメヌメしてて、血とかもまだ滴ってるんですけど」
桐島の言葉に、お母さんが申しわけなさそうに顔を伏せる。その手には、一〇〇円ショップで見かけるような小さなソーイングセットが握られていた。
あんなちゃちなハサミと針でこれだけの着ぐるみを作るとは……さすがは俺のお母さんだ。
「すみません、至らなくて……」
「いえ、お母さんが謝ることではありません。道具も時間もない中、素晴らしい仕事です。しかし、これでは内側のスペースがあまりない。達也と私は体格的に着ることができないし、お母さんも胸が邪魔で不可能。つまり――」
ポンと桐島の肩をたたき、早乙女は笑顔で告げる。
「頼んだぞ、ツンデレぺちゃぱい娘」
「コードネームで呼んでんじゃないわよ!」
◇ ◆ ◇
一時間後。
王都から少し離れた街道――その脇にある茂みの中で、俺たちは商人を待ち構えていた。すでに双眼鏡で、馬車に竜の紋章が入っているのも確認済みだ。
「ううっ……臭いよう、臭いよう……」
隣でうずくまっている着ぐるみの中から、桐島のすすり泣くような声が聞こえてくる。
着ぐるみは近くで見ると縫い目が目立つし、片目がなかったりするのでオークというよりオークゾンビっぽいが、まあどちらも似たようなものだろう。
「そろそろ来ますよ、桐島さん。準備はいいですか?」
「ああ、もうっ! やってやるわよ!」
「よし、今だ! 行け!」
早乙女の合図で、桐島が勢いよく飛び出した。
両手を上げて馬車の前に立ち塞がり、大声で威嚇する。
「が、がおー! がおー!」
「うわぁぁぁッ! 魔物の襲撃だぁぁぁぁ!」
突然目の前に現れたオークに動転したのか、御者台の男は手に持った鞭を馬に向かってやたらめったら打ち付け始めた。興奮した馬たちが、いななき声と共に猛烈な勢いで走り始める。
傍らの草むらで飛び出す準備をしていた俺と早乙女は、予想外の展開に思わず顔を見合わせた。
「……止まりませんね」
「ああ。考えてみれば、魔物に襲われたら普通すぐ逃げ出すよな」
馬車が止まって立ち往生したところを助けに入る手はずだったのだが、これでは出るに出られない。どうしようかと思っている間にも、馬車は猛スピードで桐島に向かって突進してくる。
そして、
「あ、あれっ? えっ、ちょ……止まらないんだけへぼあぁぁぁぁッ!」
全速力の馬車に正面から跳ね飛ばされた桐島は、高く空中に舞い上がった。そのまま地面に激しく叩きつけられ、ゴロゴロ転がった後――木に衝突したところでようやく止まる。
「き、桐島さん! 大丈夫ですか!」
走り去る馬車を尻目に、俺たちは桐島のもとへ駆け寄った。
早乙女が着ぐるみを脱がして彼女の怪我を確認する。
「し、ししし、死ぬ……死んじゃう……ッ!」
「安心しろ、ただの打ち身だ。頑丈な着ぐるみで助かったな。お母さんによく感謝するんだぞ」
「いや、そもそもお母さんがこんなもん作らなかったら、私が轢かれることもなかったと思うんだけど……」
その後、俺たちは次に通り掛かった商人を呼び止めて、普通に交渉することにした。
商人は最初こそ怪しんでいる様子だったが、俺たちの立場や、日本との国交成立後に生じる利権について丁寧に説明し、その際に便宜を図ることを約束すると、あっさりと協力してくれた。
城門でも特にトラブルはなく、王都への潜入は驚くほどスムーズに事が運んだ。
最初からこうすればよかったと、俺は思った。
祝・総合評価100ポイント達成!
なんか、あまりにもアクセスが少なくて心が折れそうだったんですが、
サブタイトルやあらすじをいろいろいじってたら、ちょっと改善してきました。
次は日刊ランキング入りを目指して頑張っていきたいと思いますが、
今のままだと難しそうだなぁ。あとはどこを直せばいいんだろう……。




