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23 王都潜入(1)

 王都を見下ろす高台――俺はそこで腹ばいになり、双眼鏡を覗き込んでいる。


 ここから見える街並みは、まさに中世ヨーロッパを思わせるファンタジーの世界だった。建築様式が違いすぎて人口などはよく分からないが、少なくとも数万人は住んでいるだろう。

 城壁の外には畑や牧場のようなものも点在している。想像していたより、かなり大きな都市だ。


 あれは魔王城だろうか、中心部に一際目立つ、禍々しい造形の建築物。それは黒いもやのようなものをまとっており、不気味にそびえ立っている。


 城門の前にピントを合わせると、馬車と人が列をなして騎士のチェックを受けている様子が確認できた。人種はさまざまだが、人間が最も多い。どうも通行証のようなものが必要らしく、旅人がそれを騎士に提示しているのが見える。


 これは潜入するのが、かなり厄介そうだ……。

 どうしたものかと考えていると、偵察に出ていた早乙女が戻ってきた。


「お疲れさまです。どうでした?」

「まあ、おおむね情報通りというところだ」


 彼女の表情にも、さすがに少し疲れの色が見える。

 どうも収穫はなかったらしい。


 俺もそうだが、そろそろ限界だ。ここまでの道中、遭遇した魔物はどれも雑魚ばかりだったが、それでもふたりともかなり疲弊していた。

 早く王都に潜入する手だてを考えなくてはならない。


「小田原というと、確か難攻不落と呼ばれた小田原城がある場所ですよね」

「ああ。西には箱根――海と山に囲まれた天然の要害だ。首都を置く場所としては申し分ない。家康次第で、日本の首都は小田原になってたんじゃないかという話もあるくらいだからな。この世界の城も、さすがに堅牢とみえる」


 と、話しているそこへ、


「疲れたぁ~。ねえ、早く街に入って休みましょうよぉ~」


 背後から、桐島の情けない声が聞こえてきた。

 体力のない彼女は、途中からほとんど折りたたみ自転車――JA1の持っていたものだ――に乗っていたのだが、それでも疲れたのだろう。先ほどから、ぐったりと地面に伸びている。


「お母さん……なんでそんなに元気なんですかぁ?」


 ご飯の支度のためにてきぱき働くお母さんを見上げ、恨めしそうな声を出す桐島。早乙女が水筒の水を飲みながら、呆れたようにそれを見つめている。


「主婦の体力を見くびるなよ、桐島。まして達也のお母さんはシングルマザーだ。家事と仕事を両立することで、フィジカルは飛躍的に向上する。一説によれば、平均的なお母さんの体力はトップアスリートにも匹敵するそうだぞ」

「知らないわよ、そんなの! とにかく、私は疲れてるの! 早くベッドに入って休みたいのよ!」

「しょうがない奴だな……。お母さん、悪いんですが桐島に膝枕をしてやってもらえませんか?」

「はーい。お安い御用ですよー♪」


 料理の手を止めてこちらにパタパタやってきたお母さんは、そのまま桐島の傍らにきちんと正座してみせる。


「はあ? ちょっと何言ってんのよ、早乙女」

「いいから、騙されたと思ってやってみろ」

「あんたねぇ。そんなので疲れが取れたら苦労しな――」


 ぶつくさ言いつつも、お母さんの膝に頭をぽすっと乗せた途端、


「は、はれぇぇぇッ!? なにこれ! めっちゃ癒やされるんですけど!」

「よしよし♪ 頑張りましたね、桐島さん」

「はわわわわ……なに、何なの!? お母さんに頭をなでなでされるたび、全身から疲労が抜けていく感じがする!」


 彼女はとろけたような表情を浮かべて、お母さんの太ももに顔をうずめている。

 早乙女は半眼でそれを見下ろしながら、


「分かったか? 一般にお母さんの膝枕に疲労回復、精神安定、安眠の効果があることは知られてるが、さらにレベルの高いお母さんになってくると、人間の自然治癒力を限界以上に引き出すことも可能になる。私も実際、戦場で軍医に匙を投げられた兵士がお母さんの膝枕で回復するところを何度も目撃した。……JA1には、残念ながら間に合わなかったようだが」

「いや、嘘でしょ!? それが本当なら、もっと大ニュースになってなきゃおかしいじゃない!」

「社会の混乱を招かないためというのが表向きの理由だ。このことを公表すれば、医師や製薬会社の利益を脅かすことになるからな。まあ、このレベルのお母さんは世界でもそうはいないだろうから、妥当な判断といえるかもしれん――と、今はそんなことはどうでもいい。問題は王都への潜入方法だ」


 そう言って座り込むと、彼女は木の枝を使って地面に線を引き始める。

 それは王都の模式図のようだった。


「城門は東と西、それに北側に一つずつ。南には港。城壁の高さはおよそ一〇メートル。さらにその外側には堀も存在する。専用の装備があったとしても、壁を越えるのはかなり困難を要するだろう。誰か、アイデアはあるか?」

「港は? 夜なら、海から泳いで入っちゃえばバレないでしょ」


 お母さんの膝枕で元気を取り戻したのか、身体を起こして発言する桐島。


「駄目だな。港と街の間にも壁がある。結局は、騎士の検問を突破しなければならない」

「賄賂とか」

「却下だ。効くかどうかも分からんし、そもそも何を渡すつもりだ? 賭けの要素が強すぎる」

「じゃあ、どうすんのよ!」


 言われて、早乙女は即答する。


「旅人を襲って服と通行証を奪う」

「却下よ、却下! んなことしたら、あとあと大問題になるでしょうが!」

「非常の際だ。やむを得ん」

「あのねぇ……」

「えっと、俺の意見を言っていいでしょうか?」


 と、頭の中で考えをまとめながら、俺は手を上げる。


「もちろんだ。お前がリーダーなのだから、遠慮せず発言してくれ」

「さっきから城門を観察してると、一部の馬車はほとんど荷の検査を受けずに通過してるんですよ。おそらく商人の認定制度のようなものがあって、検査を免除されてるんじゃないでしょうか?」

「ほう。その馬車は見分けがつくのか?」

「馬車の外に、竜みたいな紋章が付いてます。たぶん俺たちが乗ってた馬車に付いてたやつと同じものだと思いますけど」

「なるほど。使えそうだな」


 早乙女の言葉に、桐島もうなずいた。


「その荷台に潜り込もうってわけね。でも、どうやって?」

「ええ。それで、ちょっと考えたんですが……近くの森で魔物に襲われてる商人を探すというのはどうでしょう」

「……は?」


 桐島が、口をぽかんと開けて俺を見てくる。


「あれ、分かりません? だから、そこに偶然通りかかった俺たちが助けに入るんですよ。そしたら、商人の人が仲間になってくれるじゃないですか。つまり――」

「よし。時間もないことだし、とりあえずそれでいくか」


 さっそく立ち上がろうとする早乙女。

 それを見て、桐島が慌てた様子で声を上げた。


「ちょ……ちょっとちょっと。あんたたち、本気で言ってんの? そんな場面に都合よく出くわすわけないでしょ」

「大丈夫です。商人って、異世界アニメではしょっちゅう襲われてますから」

「アニメだからよ! それはアニメだから!」


 桐島は俺の胸ぐらを掴んで、がくがくと揺さぶってくる。


「あんた、自分はそんなオタクじゃないみたいな顔してるけど、実は結構なオタクでしょ! ねえ! 前からちょいちょい発言おかしかったし! そうでしょ! それに王都の近くには大した魔物は出ないはずよ! ここに来るまでだってそうだったじゃない!」

「……言われてみれば、そんな気もしますね」

「言われなくても気づきなさいよ、そのくらい!」


 と、そこへお母さんがにこにこしながら近寄ってきた。

 後ろに何か隠し持っている様子で、そのまま桐島の背中に声を掛ける。


「あのー、桐島さん?」

「お母さん、ご飯は後にしてください! 今、われわれは大事な話を――」

「いえ、実はこんなこともあろうかと思って、こういうものを用意してみたんですが♪」


 そう言って、お母さんが差し出してきたもの。

 それは――

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