21 エンカウンター(2)
「JA1! 伏せろ!」
早乙女は叫ぶと同時に銃を構え、素早く引き金を引いた。
ドンドンドンッ! と、胸部の中心へ三発。
だが魔物は多少怯んだ様子を見せただけで、そのまま棍棒を真横に薙ぎ払った。
「な――ッ!?」
吹っ飛ばされたJA1が、防御姿勢を取りながら木の幹に衝突する。早乙女はそちらには目もくれず、今度は目に狙いを切り替えて射撃を再開した。
「達也! 今だ!」
「はい!」
魔物が顔をかばって怯んだ隙に、俺も刀を抜き放って大上段から袈裟斬りに斬りつける。
ブシュッと返り血が顔にかかったが……駄目だ。浅い。
斬撃は皮膚に薄い傷を作っただけで、骨まで届きもしなかった。しかし、刀が悪いわけではない。自分では意識していなかったが、恐怖で腰が引けていたようだ。
呼吸が荒い。
心臓が激しく脈打っているのを感じる。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
錯乱した桐島が銃を乱射し始めた。
そのうちの一発が肩口に命中し、魔物が彼女のほうを振り向く。
「しまった! 桐島さん!」
「いやぁぁぁッ! お母さん、助けてぇぇぇぇ!」
「あらあら、まあまあ……どうしましょう♪」
――ガギゴギガガガゴギィィィィン!
右手に持ったフライパンで相手の連打を的確に受け流しながら、お母さんは困った顔で桐島と共に後退していく。魔物は攻撃が効かないことに戸惑っている様子で、不思議そうに自分の武器を確認し始めた。
俺はホッと胸を撫で下ろし、
「よかった……」
「ああ。だが、お母さんの『あらあら』が出てしまった。あれは食材ではなさそうだ」
「でも、なんかあいつ怯んでるみたいよ! 今のうちに逃げましょ!」
と、こっちへ駆け寄ってきた桐島が叫ぶ。
彼女はお母さんの背中にしがみつきながら、涙目でガタガタ震えていた。
「いや、暗闇を逃げるのは危険すぎる。JA1も置いてはいけん」
確かに、視界の端に映る彼の身体は先ほどからぴくりとも動かない。
一刻も早い治療が必要だろう。
「ここで仕留めよう。桐島とお母さんはJA1の手当を。私が囮になるから、達也は背後から回り込んで、とどめを頼む。どうもこの世界では、銃はあまり役に立たなそうだ」
「はい。……さっきはすいません。今度はいけます」
「なに、咄嗟に動けただけで上出来だ。私の初陣など、もっとひどかった」
「でも、囮なんて大丈夫ですか? 弾丸ももう――」
俺の言葉に、にやりと笑みを返す早乙女。彼女は弾切れしたらしい拳銃を捨てると、腰に帯びていたサバイバルナイフを取り出す。
「戦地から戻ってきて、私もずいぶんたるんでいたようだからな。リハビリには丁度いい」
ナイフを逆手に握って戦闘態勢を取ると、早乙女の全身の筋肉が一回り盛り上がったように見えた。
そのまま、正面から魔物に向かって突っ込んでいく。
――ぶおんッ!
と、うなりを上げて飛んできた棍棒の一振りをギリギリでかわし、彼女はまず、ブーツのかかとで足の甲を踏み抜いた。
「ギャアッ!」
さらに痛みで相手がうずくまった瞬間、顎めがけて左正拳をお見舞いする。
そのあとはもうめった打ちだ。早乙女は時折ナイフで切りつけつつ、肘、膝、蹴り、投げ……関節を取ってサブミッションまで掛けようとしている。
なんだか一人でも倒してしまいそうな勢いだが、俺もぼんやりしてるわけにはいかない。音を立てないよう移動し、魔物の背後から慎重に隙をうかがう。
そして、魔物が早乙女の究極奥義的な、人間離れしたよく分からない動きで繰り出された攻撃によって動きが止まったところへ、渾身の突きを放つ。
ずぶりと嫌な感触がして刀身が沈み込むが、心臓までは届かなかったようで、魔物はさしてダメージを受けている様子がない。信じられない背筋だ。
素早く刀を抜き取り、今度は太ももに向かってそれを振り下ろす――が、やはり斬れない。しかし、今度は骨まで届いた。
ああ、そうか……と、俺は道場で練習したことを思い出す。
コツが少し分かってきた。
竹刀と真剣では重さがまるで違う。
俺はこれまで、重心の取り方を間違っていたのだ。
次こそは――
片膝をついた魔物が、こちらをぐるりと振り向いた。一つしかない大きな目玉がナイフの傷と怒りで血走っている。
途端に棍棒が飛んでくるが、その攻撃が俺に届くより早く、早乙女の上段回し蹴りが相手の顔面へと叩き込まれた。
鼻血を噴き上げながら、天を仰ぐ魔物。
顎が上がったその場所に、太い首が覗いている。
俺はそこに目掛けて、全身全霊を込めた一撃を叩き込んだ。
……手応えはほとんどなかった。
だが、これまでと違って腕は完全に振り切れている。
背後を振り返ると、まず目に入ってきたのは緑の血しぶき。
そして、魔物の首が地面に転がっていた。
◇ ◆ ◇
「――駄目だ。もう死んでる」
JA1はお母さんの膝枕の上で、すでに息を引き取っていた。口元に手を当て、「まあ……」と悲しそうにつぶやくお母さん。
早乙女は彼の頸動脈から指を離すと、今度は衣服を漁って所持品を物色し始める。カバンの中から、水筒、缶詰、双眼鏡、弾薬、サバイバルキット……それから大きなトランシーバーのような機器が出てきた。
「無線機か。これで仲間と連絡を取り合っていたようだな」
「ね、ねえ。それを使えば助けを呼べるんじゃない?」
そう言って期待の表情を浮かべる桐島だが、早乙女はあっさりと首を振った。
「周波数が分からん。向こうから連絡が来ないと、どうしようもない」
「そう……とりあえず、その人のお墓でも作ってあげる?」
「やめろ。無駄に体力を消耗するな。遺髪を持ち帰るだけで充分だ」
「そんな言い方――」
「どのみち道具がなければ大した穴は掘れん。土をかけるだけでは、周囲の獣に掘り返されてしまうだろう。放置していくしかない」
言うと彼女は、ナイフで男の髪を少し切り、ハンカチに包んでポケットにねじ込んだ。そのまま立ち上がると、今度は俺に向き直り、
「達也。今も判断に変わりはないか?」
「……はい」
と、俺は少し迷いながら答える。
「本当にいいんだな? 私も魔物の脅威を少し甘く見すぎていた。危険度が予測できない。お母さんは民間人だし、はっきり言って私ひとりでみなを守り切れる自信はない」
「俺は元警官ですから、守ってもらう必要はありません。お母さんは俺が守りますから、早乙女さんは桐島さんをお願いします」
「いや、一番戦闘力のある私がお母さんを守ろう。おまえは桐島と、自分の身を守ることを優先してくれ。それと、この状況では王都に着くまで私が指揮を執るべきだと思うが、どうだ?」
「お任せします」
俺は即答した。
戦闘経験やサバイバル知識の有無を考えれば、当然だろう。
「感謝する。では、寝る前に少し移動しよう。血の臭いがほかの魔物を呼び寄せるかもしれん。交代で見張りにつき、夜明け前にはここを出発する」




