17 遭難(1)
「――やられたな」
地面に残る轍の跡をにらみつけ、早乙女は静かに溜息を吐いた。
馬車はすでに走り去り、視界から消え去っている。
「すまない、みんな……。私の責任だ。あいつが背広の下に防弾ジャケットを着てるのは気づいていたから、警戒はしてたんだが」
「王女とノーマンはグルだったってことですよね。アメリカと組むことにしたんでしょうけど、俺たちを置き去りにして何の意味があるんでしょう?」
俺たちが邪魔ならば、王都に着いてから監禁すれば済む話だ。
ここで降ろした狙いが分からない。
「王都まで連れて行けない理由があったってことかしら――って、そんなことよりどうすんのよこれ! こんな場所で置き去りにされて!」
「落ち着け、桐島。馬車での移動は、途中の休憩を除いて約六時間。体感的に時速六キロくらいだったから、駅までの距離はせいぜい四〇キロだ。道も覚えてるし、戻る分にはなんとでもなる」
そう言って、地面の上の拳銃を拾い上げる早乙女。
彼女は手慣れた仕草で各部をチェックすると、懐のホルスターへとそれをしまい込む。それから地面に散乱している荷物に向かい、中身を漁りはじめた。
「――おっ。達也、いいものがあったぞ」
彼女が手渡してくれたそれを見て、俺は目を輝かす。
「日本刀ですか」
「政府からの贈答品だろう。目録がないからよく分からんが、箱には《城和泉正宗》とか書いてあった」
「へえ。正宗ってゲームとかによく出てくるやつですよね。値打ちもんかなぁ」
すらりと鞘から抜いてみると、それは夕日を反射して美しく煌めいた。
刃紋が美しく波打っている。
「ああ、待って。私、目録持ってるから」
と、少しは落ち着いた様子の桐島が、ポケットから封筒を取り出した。
「城和泉正宗、城和泉正宗……あった、これね。えーと、金象嵌銘、城和泉守所持、正宗磨上、本阿、花押? わけ分かんないわね。読み方これで合ってんのかしら。まあ、とにかく正宗っていう、昔の有名な刀工が作った刀ってことらしいわ。別名を《津軽正宗》。東京国立博物館所蔵。国宝。――国宝ッ!?」
「ふむ。達也は確か剣道の有段者だったな。使ってみるか? 竹刀とはかなり勝手が違うと聞くが」
「大丈夫です。道場では居合も習いましたから」
刀を正眼に構え、近くの藪に向かって適当に振り下ろしてみる。と、太さ一〇センチほどもある硬そうな枝が、ほとんど手応えもなくストンと落ちた。
以前、道場で使ったものとは斬れ味が雲泥の差だ。拳銃よりも、こちらのほうがよほど手に馴染む。
「ちょちょちょ――あんた、なに平然と使ってくれてんのよ! 話、聞いてた? 国宝よ、国宝ッ!」
「うーん、でも命には代えられませんよ。王女殿下の話じゃ、この辺は魔物が出るそうですし」
「そうだな。どうせドルガノン王国にやる予定だったんだし、別に構わんだろ」
「……あとでどうなっても知らないわよ」
ドン引きした表情を浮かべる桐島。
俺は刀を鞘に納めてズボンのベルト通しに差そうとしてみるが、うまく入らなかった。刀というのはどうやって持ち運べばいいのだろう? あとでお母さんに相談してみよう。
「じゃあ、俺はこれをもらいます。さっきの拳銃は早乙女さんが使ってください」
「ああ。――桐島、おまえはこれを持ってろ」
そう言って早乙女はズボンをまくり上げ、足首のホルスターから小型の拳銃を取り出す。
「私の予備銃だ。ワルサーPPS。装弾数は七。弾丸は節約しろ。このさき魔物が出た場合、まず私と達也で対処する」
「う、うん……分かった。あ、でも、私が持ってていいのかな? お母さんにも何か渡してあげたほうが――」
「お母さんはフライパン以外、装備できない」
桐島の言葉を遮り、早乙女はそう言い切った。
「ごめん、早乙女。もう一回、言ってくれる?」
「お母さんはフライパン以外、装備できない」
「……もう一回」
「しつこい奴だな。だからお母さんはフライパン以外、武器として認識できないんだよ。それにフライパンはかなり優秀な武装だぞ。大抵の銃弾は弾き返すし、角で殴れば力のない女性でも致命傷を与えられる。取っ手が外れるタイプならフリスビーのように投げて攻撃することも可能だ。攻守に長けた万能兵器と言えるだろう」
「それにこれ深さもあるから、お鍋としても使えちゃうんですよ♪」
と、お母さんは肩に提げるトートバッグからフライパンを取り出し、えっへんと胸を張った。桐島が唖然とした表情でそれを見つめている。
「あ、あのぉ……お母さん? どうしてバッグにそんなものを……」
「だってこれ、たっくんが母の日にプレゼントしてくれたフライパンですから。大事なものを手荷物として身に着けておくのは、旅の基本でしょう? あと、包丁と食器と調味料なんかも入ってます♪」
「おお! なんと頼りになるお母さんだ!」
早乙女が感嘆したように言った。
「よし。では、みんなで日が暮れる前に薪を集めよう。危険だから、あまり離れないように。それから食べられそうな草やキノコがあれば採ってきてくれ。お母さんに作ってもらったご飯を食べながら、今後のことを相談しよう」




