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13 異世界駅(1)

『――次は、異世界、異世界。お出口は左側です。The next station is...』


 通勤ラッシュを避け、秋葉原から朝九時一六分発の電車に乗り込んだ俺たちは、ものの一分もかからず異世界駅へと到着した。

 途中、窓の外の景色ががらりと変わるところで軽い目眩を覚えたが、それ以外は何事もなく、無事ホームへと降り立つ。土産や贈答品、調査用の機材など、荷物が大量にあったこともあり、少し手間取った。


(ここが異世界か……)


 そこは深い森の中だった。

 俺はニュースで映像を見たことがあるだけで、実際に訪れるのはこれが初めてだ。高い木々に空は覆われ、日中だというのに少し薄暗い。

 そんな場所に佇むホームは、違和感を通り越してどこか神秘的ですらある。


 JRが半日で造ったという急ごしらえのホームは、長さ約三〇メートル。空間がつながっているのはちょうど電車一車両ぶんの長さなので、停車するのは先頭車両のみと決められていた。ホームには簡易的な屋根が付いており、へりには無賃乗車を防ぐためか緑の網目をしたフェンスも張り巡らされている。


 それに隣接して浮かんでいるのが、《(ゲート)》と名付けられた楕円系の巨大な歪み。


 全長二〇メートルはあろうかというその空間を通して、俺たちの元いた世界――ビルや線路が透けて見えているが、それはぐにゃぐにゃと絶えず蠢き、不気味に変化し続けていた。

 空間を挟んだ反対側には、上野・東京方面行きのホームも見える。上手い具合に、山手線の二車線にすっぽり収まっている形だ。


『――お客様ッ! 危険ですので、黄色い線の内側までお下がりください!』


 と、いきなり駅員のひとりが拡声器を使って注意してきた。

 見れば、ティナが歪みを手で触ったり、顔を近づけ覗き込んだりしている。お母さんが彼女を後ろから抱え上げ、そこから引っぺがした。


「こら、ティナちゃん! そんなことしたら危ないでしょ!」

「お、お母さん、仕事の邪魔をしないでくれ! 電車の時間くらい計算している!」


 俺たちと一緒に電車を降りたのは、およそ三〇〇人。入れ替わりに乗り込んだのも同じくらいだった。

 狭いホームは人で溢れ、ホームの外に広がる森はさらに大勢の人で埋まっている。


「いやぁ、相変わらず凄い人じゃのう」


 その混雑ぶりを見ながら、王女が感心したようにつぶやいた。


「まず、ここに駅ビルを建設せんといかんの。ホームをしっかり囲んで、おかしな人間や魔物が行き来できぬようにしておかねば」

「ええ。そこにコンビニやファストフードを誘致して、賃料で一儲けいたしましょう」

「こちらの土産物も置かねばならんぞ。うちの名産で売れそうなものというと、何がいいかのう。わらわは、やはり魔王饅頭は外せんと思うが」


 王女と森本のふたりが歩く後ろを、武井が大量の荷物を抱えてついていく。

 ちなみに彼らには、きょうも俺たちの世界の服を着てもらっていた。また、サングラスも着けさせている。テレビやSNSで顔が有名になりすぎてしまい、騒ぎになる恐れがあったからだ。


 現在、異世界駅の乗降客数は一日およそ一〇万人。危険な魔物の存在が周知され、これでもかなり減ったほうだという。


 政府は正式な国交が結ばれるまで訪問を控えるよう呼び掛けているが、なかなか効果は上がっていない。王女の訪問によって国家が存在することが分かったため、警察や自衛隊を派遣するわけにもいかず、駅周辺はいまだに無法地帯と化しているそうだ。

 自動改札もまだ設置されてないため、駅員たちは手持ちの機器を使って乗客のICカードをチェックしたり、切符を回収したりと忙しく働いている。地面に降りるための階段手前には行列ができており、俺たちもそこへと向かった。


「あのぉ……王女殿下?」


 と、桐島が大きなスーツケースをゴロゴロ転がしながら声を上げる。


「ああ、すまんな、桐島。魔王饅頭というのは初代魔王を象った一口サイズのよくある饅頭なんじゃが、中に真っ赤に着色した肉団子が入っておってな。ちと臭みは強いがクセになる味で、王都の観光客には定番の――」

「いえ、魔王饅頭の説明はいいんですが、ここから王都まではどのように向かうのでしょうか? 予定より荷物がだいぶ増えてしまいましたが」

「それなら心配いらん。王都までは馬車で向かう。ここに来るとき、侵入者を捕縛しようと騎士団も二〇〇ばかり連れてきたんじゃが、思ったより人がおったのでな。森の入口を封鎖するにとどめて、外に待機させておる。とりあえずはそこまで……んッ?」


 そこで王女は足を止め、驚愕の表情を浮かべた。


「ちょ、ちょっと待て、桐島……。おぬし、きのうより胸がしぼんでおらんか?」

「気のせいです、殿下」


 無表情に答える彼女だったが、王女は納得できない様子で、


「いや、確かにしぼんでおる! ど、どうしたんじゃ、それは? 病気か? おい、おかしな病気を持ち込んでもらっては困るぞ!」

「えーと、その……これは病気というわけではなくてですね……」

「森本! 急ぎ治癒魔法の準備を!」

「かしこまりました!」


 言って、桐島の胸をペタペタと触りはじめる森本。


「ふーむ、見事なまでに胸がなくなっていますね。こんな症状は初めてです」

「あ、あのぉ……森本さん? 本当に結構ですから」

「お静かに! 動かないでください。今、魔力を送り込んで原因を特定しているところです。大丈夫ですよ。たいていの状態異常であれば、私の魔法ですぐに治してさしあげ――」


 そこまで言ったところで、彼女は表情を凍りつかせた。


「馬鹿な……。だ、駄目です、姫様! 原因がまったく特定できません!」

「なんと森本にも分からんとは! よもや呪いの類か?」

「おそらく。それも、かなり高度な部類に属するものと思われます」

「そうか。――よし、森本! 王都に戻ったらすぐ国中に触れを出せ! 胸を小さくする呪いに関して、情報を集めるのじゃ!」

「やめてぇぇぇ! そんな大ごとにしないでぇぇぇぇぇぇ!」


 涙目で止めようとする桐島を無視して、王女と森本はまだ何やら熱心に語り合っている。早乙女が彼女の肩にポンと手を置き、元気づけるように言った。


「遠慮するな、桐島。もしかしたら本当に呪いが原因の可能性も、なきにしもあらずだぞ」

「そうですよ、桐島さん。好意は素直に受け取らなくちゃ」

「あ、あんたたちねぇ。人ごとだと思って……」


 少し離れた場所から、ティナとお母さんも彼女に同情するような視線を送る。


「桐島、言いにくいことなんだが……私の分析によると、おまえの胸が小さいのはただの生まれつきだと思う」

「桐島さん、えっと……ファイトですよ!」

「うわぁぁぁん! お母さんまでぇぇぇぇぇぇ!」

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