12 対策室の新メンバー(2)
お母さんは、いつも愛用しているフリルのエプロン姿で前に出てくると、
「たっくんのお母さんです。なんだかよく分かりませんが、一生懸命頑張ります。みなさん、よろしくお願いいたします」
にこにこしながらそう言って、深々と頭を下げた。お母さんは大学在学中に結婚して俺を産んだので、まだ三八歳と若々しい。
「お母さん! 本当に来てくれたんだ!」
「当たり前でしょ。たっくんと一緒なら、どこへだって行ってあげるわ♪」
思わず駆け寄ると、お母さんは俺をぎゅっと抱きしめてくる。
先日、電話で同行をお願いするとお母さんは二つ返事で承諾してくれたが、ここで会うまでは来てくれるか、少し心配だった。
なにせ、異世界に関しては依然として謎だらけの状態。王女一行から引き出せた情報もまだ乏しく、危険がないとは断言できない。
俺にしても、いきなりこんな重責を背負わされてしまって、ちゃんと役目を果たせるか自信が持てなかったのだが――お母さんに抱きしめられた途端、それらの不安はどこかへ吹き飛んでしまった。
やはり、お母さんがそばにいるといないとでは、安心感がまるで違う。これなら異世界に行っても、きっと何とかやっていけるだろう。
「彼女は早苗さんと言って、そこにいる田中のお母さんだ。オブザーバー扱いだが、家事全般とおっぱいに関するエキスパートとして使節団に参加してもらう。つらいこと、悲しいことがあれば胸に飛び込んでよしよししてもらえ。コードネームは《ぽわぽわママ》だ」
その説明を受け、早乙女が笑みを浮かべて彼女の手を取った。
「おお、お母さんが参加するのですか! これは心強い!」
ティナも興奮しながら、お母さんのエプロンにしがみつく。
「あ、あの! お母さんはパンケーキが作れるだろうか?」
「はい、作れますよ。材料もスーパーで買ってきました。ティナちゃんはバターとメープルシロップ、どっちが好きですか?」
「両方だ!」
「まあ! ティナちゃんは欲張りさんですねぇ。うふふ♪」
そのやりとりを見ながら、愕然とした表情を浮かべる桐島。
「う、受け入れられている……」
彼女の言葉を聞きとがめたのか、早乙女がたしなめるような視線を向けた。
「何を驚いてるんだ? こういった国家の重要任務にお母さんが参加するのは、今や国際常識だぞ。私がシリアで砂漠の竜巻作戦に参加したときには、軍曹のお母さんに何度も助けられたものだ。米軍では試験的にお母さんだけで構成された、〈お母さん小隊〉の運用も始まったと聞いている」
「そ、そうなの? 聞いたことないんだけど」
「日本はそのあたり遅れているからな。お母さんの目が気になることで、戦地においては暴行や略奪が激減、政治の場においても不正がおこないにくくなるというデータが出ている。さらに近年では、諜報部員にもお母さんが増えてきた。首脳の奥さんとママ友になり、仲良くなったあとでじわじわ思想を偏向させたり、スキャンダルを起こさせて政権を崩壊に導いたりするんだ。見た目だけで侮るな。あのお母さんは、私の見るところ相当な包容力とふくよかなバストの持ち主だぞ」
「それは見ればわかるけどさぁ……本当に役に立つのかしら?」
と、彼女は忌々しそうにお母さんの胸を見つめている。
「我々の資料は事前に渡しておいたが、改めて挨拶しておく。まず、私は室長の山村巌。外務省での肩書きは外務審議官補。コードネームは《オールバックダンディ》だ」
山村はそう言うと、俺に向き直り、
「次に副室長の田中達也。内閣府特務審議官、そして特命全権大使として、今使節団の代表を務める。一八歳とまだ若いが、将来有望な男だ。みなでサポートしてやってほしい。コードネームは《孝行息子》だ」
「よろしくお願いします」
俺はぺこりと頭を下げる。
「あの、ところで室長。さっきから言ってる、そのコードネームってのはどこで使うんですか?」
「分からん。私も使ったことがない。だが、異世界対策室は諜報機関としての役割も期待されている。諜報機関といえばコードネームだ。他国に舐められないよう、機会を見つけて積極的に使っていけ」
「は、はあ……分かりました」
どうせなら、もっと格好いいコードネームがよかったなぁ……。
そんなことを思っていると、彼は残るひとりに目を向けた。
「最後に外務省の桐島雅。外交交渉の専門的サポートを担当する。コードネームは《ツンデレぺちゃぱい娘》だ」
「私だけ悪口が混ざってるッ!?」
桐島は仰天して、すぐさま山村に食ってかかる。
「ちょっと室長! 後半はともかく――いや後半もおかしいですけど、それよりツンデレってどういうことですか! 私、そんなオタクに好かれるキャラじゃないですし!」
「いや、おまえはデレる」
「ええッ!」
「むしろデレろ。それ以外におまえに存在価値はない。予想外に個性的なメンバーが揃ってしまった。この状況からおまえが存在感を示すには、相当な困難が予測される。なるべく落差をつけて私を楽しませろ。それから、おまえが普段使っている胸パッドだが、異世界への持ち込みは禁止だ。万一、向こうに胸パッド文化が流出した場合、我々は異世界の男性全てを敵に回す恐れがある」
「な、な、ななっ……」
金魚のように口をぱくぱくさせながら、桐島は数歩あとずさった。彼女は、全員の視線からかばうように両手で胸を隠している。
「なぜ……どうしてそれを……」
耳まで顔を真っ赤にしながら、彼女は言った。
山村は終始無表情のまま、
「私を甘く見るな、桐島。以前から、おまえの胸の揺れ具合に違和感を感じていたため、大学時代の友人を中心に内偵をおこなっていたのだ。おまえの本来のカップはAA――そうだな?」
「か……関係ないじゃないですかッ! セクハラですよ、室長!」
「外交官にとって見た目は重要なファクターだ。交渉相手を魅了するため、常にセクシーであらねばならん。今回は見逃すが、帰国後は早急に豊胸手術を受けるか、彼氏を作れ。これは上司としての命令だ」
「ぐっ……!」
――いつか殺す。
隣にいた俺の耳に届くか届かないかの声で、桐島が小さく呟くのが聞こえた。
「とりあえず、この六名が異世界対策室のメンバーとなる。日本の国益確保に向けて、諸君の奮励を期待する」




