11 対策室の新メンバー(1)
王女たちが異世界に戻る日がやってきた。
昨日は一日お土産を買うのに付き合わされ、足と腕の筋肉はもうパンパンだ。彼女たちは漫画や和菓子、着物といった日本の特色ある品物を好んで買っていたが、ほかにもカップ麺やレトルトカレー、日本酒、文房具、一〇〇円ショップの食器や収納グッズなども好評だった。
ホテルに王女たちを迎えに行く前に、俺と桐島はまず内閣府の異世界対策室を訪れる。
「よし、来たな。ふたりとも、きょうまでご苦労だった」
「申しわけありません、室長。王女殿下の暴走を食い止めることができず……」
山村に向かい、悔しそうに頭を下げる桐島。
SNSを始めてからというもの、王女は完全に時の人となっていた。
病院や工場、小学校の視察の合間にテレビ番組にも積極的に出演。一度、生討論番組で野党の政治家をぶん殴る一幕も放送されてしまったが、その自由奔放な振る舞いや発言は好意をもって迎えられ、さらに注目を集める結果となった。
日本と正式に国交を開く用意があることも公表したため、現在、日経平均株価は連日暴騰を繰り返している。だが、桐島としてはそういった過剰な変化を伴う発表は、慎重に行いたかったのだろう。
「気にするな、桐島。王女の順応性、そして行動力は確かに想定外だったが、あれはあれで利用価値がある。さて――では、これより異世界への使節団に加わってもらう、新しいメンバーを紹介しよう」
言うと、山村は背後に控えていた三人の女性を振り返った。
「まず、早乙女」
「はっ!」
中で一際、大柄の女性が進み出てくる。
身長は俺よりも若干高い。年齢は桐島と同じくらいだろうか、黒髪を無造作に後ろで束ね、黒い皮ジャケットとズボン、頑丈そうなブーツに身を包んでいた。
彼女は俺たちに向かってビシッと敬礼し、キビキビとした口調で挨拶する。
「防衛省情報本部、統合情報部より出向してまいりました、早乙女可憐二等陸尉であります! 今作戦におけるみなさんの護衛と、主に軍事面での情報収集、交渉のサポートを担当いたします!」
「非公式だが、彼女は先日まで米軍のIS掃討作戦に参加していた、我が国では数少ない実戦経験者だ。コードネームは《メルティキス》。対策室においては防衛省や統合幕僚監部とのつなぎも担当してもらう。異世界では王国の保護下に置かれるため、現状において危険はないものと判断しているが、最低限度の武装は携行すること。これについては王女殿下のご許可も頂いてある」
山村はそう言うと、今度は白衣を着た小柄な白人の少女に目を向ける。
「では、マドモアゼル」
「ウイ、ムッシュ」
ウェーブ気味の金髪をなびかせ、彼女も一歩前に出た。あどけないその顔には、まだそばかすが残っている。どう見ても、まだ一〇歳くらいにしか見えない。
「ティナ・エルドリッチ・ローズマリシャンだ。機材を使った情報収集、科学分析全般を担当する。これまでに日本政府が調査した資料も、全て読ませてもらった。異世界に関して分からないことがあれば、なんでも相談しろ」
「室長ッ!?」
と、桐島が目を丸くして彼女を指差した。
「なんだ、桐島」
「こ、これは子供ですけど……」
「子供だ」
「おい、指を差すな! なんだ貴様ッ!」
目の前に指を突きつけられた彼女は、桐島に噛みつかんばかりの表情を向けている。
「だが、無論ただの子供ではない。当初は技術官僚を同行させる予定だったが、思わぬ人材が手に入った。八歳でMITに入学。博士号を取得後は母国のフランスに戻り、国立科学研究センターに所属。主任研究員として、ちょっと世間には公表できない研究をやっていたそうだが、異世界報道を見てからというもの興奮でいても立ってもいられず、三日で日本語をマスターしてやってきた頑張り屋さんだ」
山村は彼女の頭を撫でながら、
「専門は量子力学だが、他分野でもノーベル賞級の研究成果をいくつもあげている。四歳のときにホーキングの論文をボロクソにけなして、彼を号泣させたことで一躍有名になった。人は彼女を人類史上最高の天才、歩く統一理論、魅惑のニーハイミニスカートと呼ぶ。現在、我が国への亡命を申請中だが、フランス政府がぶちキレてるのでなりゆきは不透明だ。政府も対応に苦慮している。なぜか各国諜報機関から命を狙われているという情報も入っており、身を隠させる意味でうちが引き取り、使節団に組み込むことになった。さすがに三日では敬語までマスターできなかったようで、たまにぶん殴りたくなるがそこは我慢しろ。コードネームは《金髪ツインテール》だ」
「ムッシュ山村ッ!?」
驚いた表情を浮かべ、ティナが声を張り上げる。
「どういうことだ? 私はツインテールなどしていないが……」
「だが、きみは金髪だ。そして白人であり、十一歳だ。違うか?」
「ウイ。その通りだが、それがいったい――」
「では、ツインテールであるべきだ」
有無を言わさぬ口調で山村は続けた。
「きみが生まれ育ったフランスはどうか知らんが、ここ日本できみのような美少女が勝手な髪型をすることは許さん。きみにもっとも似合うのはツインテールであり、私はツインテールが大好きだ。分かったら今すぐツインテールにしろ。拒否すれば、すまきにしてフランス大使館に投げ込んでやる。あの国は、きみに国家反逆罪の適用も検討しているそうだぞ」
山村の目に彼の本気を見て取ったのだろう。彼女は慌てて、自分の髪の毛をまとめはじめる。
「こ、これでいいだろうか!」
「結構だ」
ティナのツインテール姿に目を細める山村。
「室長、お楽しみのところ申しわけありませんが」
「なんだ、田中。異論があるか? 殺すぞ」
「ありません。ですが週に一度の割合で、三つ編み、ポニーテール、ゆるふわロングを織り交ぜること。また、俺のことをお兄ちゃんと呼ばせることを提案いたします」
「承認する。では、最後にお母さん。自己紹介をお願いします」
「はーい♪」




