再掲 小さな嘘(お題小説)
小さな嘘をついた。
今日は少し調子が悪かった。ヴァルショットでの仲間との演習や調整に手を抜いたことは無かったのに風邪気味なのもあってか、演習での感覚がいつもの感覚とは少し違った。クアラにはそれをすぐに見抜かれてしまい具合でも悪いのかと問われたが、なんてことはないと無理に笑った。
静かに昼下がりを過ごせた日なんてあったらなぁ、なんて思いは、聞き慣れた爆発音と共にかき消されてしまう。急いで戦闘の準備をして街へ出るのだが、戦線へ着く頃にはもう魔法で派手に街を破壊されていた。風邪で回らない頭は、飛行ブーツで飛んだ上空から、ゴーグルとガスマスクで表情がわからないクアラのことをぼんやりと目で追いかけていた。そのとき目の前に飛んできた火の玉にふと我に返る。足がぐらついて、視界が180度回転する。思わず目をきゅっとつぶった。
次に目を開けたとき、景色は医療班のベッドの上だった。
「気が付いたか…?無理はするなって言っただろ…今日ずっと様子がおかしかったぞ…」
あたしの顔をじっと覗き込でいたのはクアラだった。アラフィーから聞けば、クアラがすごい顔であたしを抱いてここに来たらしい。
どこも痛む場所はなく、火の玉が掠めた所の服が燃えただけで目立つ怪我はないと言った。戦闘はあたしの目が覚める少し前に魔法軍が撤退したと無線で連絡があったそうだ。
怪我のなかったあたしは、自分の足で本部へ戻ることにする。
クアラは部屋までついてきてくれた。外はもう日が沈み、オレンジ色も消えかけている。クアラはあたしが自室のベッドに座って初めて、安堵した顔をする。
「何かあったらどうしようかと思った…」
そう言いながら白衣のポケットから何かを取り出す。それを…私の手の上にやさしく乗せた。
「さっき落としたよ」
それは、あたしが肌身離さず持ち歩く、クアラからもらった香水だった。ありがとう、と受け取って、ぎゅっと握った。
「風邪なら早く休んで…ずっと、熱でぼーっとしてたんでしょ…?」
クアラには全部見抜かれていたみたいだ。俺はいつでもヴァルシーユを見てるんだから、と笑われた。
「でも無理はしないで。今日みたいに、気を抜いてるところを狙われたらどうしようもない。ましてや空を飛んでるんだから目立つんだし、ほぼ動かない的と同じなんだぞ…」
と、急に真顔で言われてしまう。その真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになりながら、うん…とゆっくり頷く。
じゃあ俺は…残った仕事があるから…と部屋を出ようと立ち上がるクアラの袖を掴んで止めた。それに気付いたクアラはこちらをじっと見つめ、「…やっぱりやめた」とあたしの頭の上に手を置いてわしわしする。
それが少しくすぐったかった。