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愛くるしいアイデンティティ  作者: ひがしりっか
3/3

木星の彼女

水族館の入口の受付ロボットが全てショートしている。人間の係員も倒れている。彼女の仕業だって僕はピンと来た。ドアは閉まっていてどうしようもなかったから彼女を呼んだ。

「香西さん!どこだよ?何してるんだよ!」

今思えば強気に言いすぎたかもしれなかった。

「木暮くん!来たか。正面玄関までロックしてしまったから自転車で割ってくれ!」

全館放送だろうか?嬉しそうな声がやけに辺りに響いた。やれやれを通り越して僕は犯罪者だ。ガシャンと旧式のドアを割ると、古くさいイヤーモニターを着けた彼女がニコニコしながら立っている。さあ行くぞ、一時間しか警備を止められてないんだ。

彼女になんでこんなことしたの?と聞いたら、

「結局君はサーディンランをマトモに書いていなかったし、魚も見ていなかっただろう?ワタシばかり見て」

僕は恥ずかしかった。

「魚もワタシもみたい。それには客と係員が邪魔だ、それで封鎖した」

彼女はイワシの群れの真似でクルクル回りながら笑う。

「だからここには今、二人っきりだ!」

回転を止めると、ここはワタシの地元よりは近いからね、と彼女は真顔で締めた。そんなお馬鹿な論理だったなんて。隕石より小さいにしても十分大きなこんな事を、彼女はいとも簡単にやってのけた。その後僕はイワシの群れのスケッチを描いて、彼女の似顔絵をこっそり背表紙の裏に描いた。

届かないような遠い宇宙の、優しい木星人が僕はやっぱり好きだった。

その後突然警報が鳴って、彼女と僕は自転車を二人乗りなんてして急いで帰った。彼女の家は川向こうだ。橋の所で別れて彼女は僕に手を振った。それが最後だった。

木星人は旧式の飛ばない自動車に撥ねられて呆気なく死んだ。知ったのは最後に学校に行った時。火星での高校生活の説明の前、触れられた。葬式は避難直前だから家族だけで簡単に済ませてあって、クラスで黙祷をしようって話だった。みんな泣いた。木暮、残念だったなってヤンキーが泣きながら肩をぽんって叩いてくれたけど、僕は何も言えなかった。

いよいよロケットの発射台に行く日が来た。僕は家族にすぐ後で行くよって伝えた。でも僕は隣の島に出る最終フェリーを見送った。

今、僕は水族館にいる。もちろんイワシの群れの水槽の前。あんなにたくさんいたイワシも、水槽の中の餌を貰っていない強い魚に大部分が食われてしまっていた。それでもイワシは何とか渦を巻いている。ぱらっぱらの渦を見ていると彼女の声が聞こえるようだった。

「ワタシはイルカが見たかったんだ。ああ、可愛いな」

「軟体生物は地元を思い出すよ。タコなんかはとても似ている生き物がいたね」

「ほら!ワタシばかり見ていないでしっかりスケッチするんだ!」

「木暮くんは絵が好きなんだなあ。いいね、そういうもの」

・・・全部全部僕のせいな気がした。あの曲がり角でぶつからなければ、僕が話しかけなければ、夏休み水族館に誘ったりしなければ。届くはずのない所にいる彼女に近づきたがったとしたのが間違いだったんだ。

そういえば、スケッチブックの表紙の裏に彼女の似顔絵を描いていた事を思い出した。急いで取り出したけど、その似顔絵は落書きみたいなもので簡単で、彼女の長い睫毛や目の形、頬骨がどんなかなんて思い出せないものだった。

こんなに好きなのに思い出せないなんて最悪だ。

ああ、やっぱり僕のせいだ。僕のせいで彼女は本当に届かないところに行ってしまった。木星人の彼女は最強だったのに。最高だったのに。

人生がここまでグロテスクだった事は初めてで、僕はどうすればいいか分からなかった。彼女の「地元」と言っていた星が木星の衛星だった事も、彼女がいなくなって初めて知った。

そうだ。彼女はアイデンティティである地元に帰ってしまった。だから僕も地元に帰ろう。地元で一番の、最強で最高の思い出の場所。隕石が来て僕が地球に帰れば木星の彼女と会える気がしたんだ。

光の塊が空から降ってくるのが見えた気がした。

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