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愛くるしいアイデンティティ  作者: ひがしりっか
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冴えない僕と異才の木星人

これで二人っきりだ!こっちを振り向く彼女がお馬鹿な笑顔を浮かべるのが見えた気がした。馬鹿なのは僕の方のはずなんだけど。

彼女は異才ってやつだった。ロケット発射台すら無いようなほんとに小さな島で、彼女はとりあえず無敵だった。運動はなんでもできたし、勉強なんて第二教育改革の頃だったら飛び級できちゃうくらいできた。

ただ彼女はちょっぴりおかしかった。

「1908CJとも言われていたよ、ワタシの地元」

パシファエだよ、少し田舎だけど。ふふんと鼻を鳴らして自慢する。そんな地名あったかな。いや、これもまたいつもの木星人トークだろう。家族とも上手く喋れない僕はぎこちない笑顔を浮かべてそっか、って呟いた。

転校生の彼女の可愛さとその異才はすぐに島中の人々に知れ渡った。でも学校で一番最初に彼女を見たのは絶対僕だ。寝坊してネクタイを結びながら大急ぎで走る僕は曲がり角でリボンを握りしめて走る女の子にぶつかった。くそ、この角を曲がったら学校なのに!

「君も第六一高か? 走ろう!」

女の子は立ち上がり、膝の汚れを払うと僕の腕を掴んで走り出した。髪からだろうか、シャンプーのいい匂いがした。白くて細い指が僕の手首に絡まっている。こんなこと初めてで僕はドキドキして、遅刻しそうとか忘れてしまった。下駄箱に着くと女の子は器用に片手でリボンを結びながら、

「君は意外と足が遅いな。そうだ、職員室の場所を教えてくれるかな?」

ハアハア息を継ぎながらあっちって指さすと、女の子はニコッと笑った。真珠みたいな歯って彼女の歯を言うんだなって思った。

「ありがとう。おかげで助かったよ。またね、木暮くん」

なんで僕の名前を?聞こうとする間に彼女はすごいスピードで走っていってしまった。

ほんのこれだけで僕は恋に落ちてしまったんだ。

彼女が異才を初めて発揮したのは教室だった。彼女は同じクラスだったのだ。教科書は暗記してきたから持ってこなかった、と言いのける彼女にみんなが疑惑の視線を送った。クラスのヤンキーなやんちゃ者がてめえ、現国の64ページ読んでみろよ!って煽ると、彼女はスラスラと暗唱した。今の授業は数学だって言うのに。というか暗記は本当なんだ。それからもやんちゃ者達のガヤガヤがじゃあこの科目は?このページは?って繰り返し、その度に彼女は難なく諳んじて見せた。すげえなおまえ、先生もみんなも感嘆の眼差しを送る。

「そりゃあ地元が木星だからね」

全力の得意満面だった。教室中が静まりかえった。へ、へえ。なんかちょっと不思議な子。でも自慢は地元なんだ。能力に驕らない彼女が僕は素敵だなって思った。

教科書の暗記以外にもコンピューター並に早く計算したり、スポーツ選手のように跳んだり投げたりする彼女はすぐに有名人になった。木星人キャラやへんてこな喋り方でも、面白くて楽しいんだもの。暗くてつまらない僕みたいに浮いたりしなかった。一日で学校の新たな人気者。能力はもちろん、僕なんかが届かないところでニコニコと笑ってるあの彼女と一緒に走ったなんて、夢だったのかもしれない。

彼女は窓際の後ろから二番目の席に座っていた。授業は爆睡、休み時間はいつも誰かに囲まれていた。ゲームや小説を見るフリで僕は時々彼女を眺めた。いつもあの白い歯を見せてきらきら笑ってる。話しかけたりすることなんてとってもできなかったけど、僕はそれで良かった。

授業開始と共に小さく聞こえる彼女のあくび。珍しくタブレットを取っていると思えば明らかに落書きの動きで画面をサラサラと埋めていく小さな手。端正な顔立ちに小さな頭。暑くなってきて、窓をよく開ける彼女に吹いた風が動かす、彼女の髪の毛。全部を見つめられるだけで僕は幸せなはずだったのに。

思えばこれがあんな事になるなんて。テスト明けの席替えで隣の席になった彼女に僕は勇気を振り絞って話しかけた。彼女はいつものあのへんてこな口調で、あのかわいい歯を見せながら僕と話してくれた。

「今日こそ掃除当番帰らないでね」

「あれは良い仕組みだ。時代遅れでめんどくさいがな」

「前の学校ではやってなかったの?」

「人なんかでやらないさ」

地元は木星の田舎って言ってたけどそこもロボットなんだね、なんて言う勇気は僕にはなかった。

「そうなんだ」

「まあ仕方ない。今日だけは掃除してみるよ」

初めてちゃんと会話して、すごく嬉しくて一日中舞い上がっていた。調子に乗った僕は夏休みの部活の課題をやるから水族館に行かない?って彼女を誘った。あ、やってしまった。クラス中にはやし立てられる。彼女も追い詰めてしまうかもしれない。こんな僕なんかが彼女と二人で出かけるなんて・・・

「あ、あの、やっぱりさ「いいじゃないか!地球にも水族館があるとはね。地球人は魚を食品としてしか認知していないのかと思っていたよ」

「それに君は絵を描きに行くんだろう?ワタシはまだ君の作品は見たことが無い。だから見たいんだ」

こうして僕と彼女は水族館に行くことになってしまった。

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