第72話 永遠なる親政
捲られてない札
『雲の図案』
『雲の図案』
『雲の図案』
新兵衛が捲った札
『刀鬼』(化物発現中)
安吾が捲った札
『大鯰』(化物発現中)
『鵺』(化物発現中)
乾が死をもって示した札
『月読』(単体、この遊びの支配者)
どれが『月読』の札なのかほぼ間違いなく、それを手に取らない限り最後にその『月読』を残せる。そして、その通りとなる。
『鵺』と、安吾が捲った『鵺』
『刀鬼』と、新兵衛が前回捲った『刀鬼』
『大鯰』と、安吾が捲った『大鯰』
次々に札が桐の箱に飛び込んだかと思うと大小様々な旋風が湧き立ち、それが桐の箱に吸い込まれていく。
空は光を取り戻し、青空が広がる。
残るは一枚。
寿太郎らが場を覗き込む下で、うずくまる新兵衛はその顔を見上げた。夜目に慣れてしまって飛び込んでくる陽光にギクリとする。皆既日食だったのだ。眼を細め、汗を拭う仕草でさり気なく目に影を作る。
もともと小笠原保馬なぞは恐ろしい顔つきをしていた。武市半平太の介錯をして以来、顔面神経痛を患っていたのだ。だが、異様なことに、河野万寿弥の顔も、小畑孫次郎の顔も、森田金三郎の顔もそれと大して変わらない。怒っているのか、笑っているのか、左右対称ではない目鼻立ち。皆、顔が歪んでいるようだった。
「なんだこれはーっ!」
大石弥太郎が叫んでいる。
「豪次郎、そっちは小笠原さま、それに弟御まで」と撲殺された死体を行き来している。その一方で、森助太郎、阿部多司馬、上田楠次と次々に起き上がろうとしていた。
島村寿太郎らはそれらをぼーっと眺めていた。仲間が殺されているというのにその態度。かっとした弥太郎が言った。
「答えろ! 島村!」
癇癪を起して詰め寄ると今度は蓮台と平行に横たわっていた焼死体に弥太郎は気付く。「もしかして、こりゃぁ乾さんか!」
意識を取り戻した森助太郎ら三人も、目の前に広がる光景に慌てふためく。大変なことが起こったのは必至。
「何があった!」
そう、口々に言いつつそれぞれが、蓮台の周りに集まってくる。安吾とたえも、やっと目を覚まし、頭を抱えながら身を起こす。そして多分に漏れず、焼死体一つと撲殺死体三つに気付く。
「小松さん!」と、安吾とたえ。
新兵衛は静かに首を振る。「もう少しで終わりじゃ」
気を失っていた者ら誰もが、初めて気付く。
残るは一枚。
島村寿太郎が言った。「願い事が叶うんだと」
弥太郎ら卒倒していた者たちは一斉に空心を見た。空心が言った。
「その通りじゃ。望めばなんでもな、例えば」 寿太郎が口を挟んだ。「後醍醐帝は討幕を、高野山は信長の死を、吉宗は将軍職を願った」
弥太郎は、はっとした。「親政!」
「な、討幕はいかんじゃろ」と寿太郎。
確かに、と弥太郎は思った。それで後醍醐帝は失敗している。鎌倉を倒したと思ったら足利氏が幕府を打ち立てた。
ということは、と考えた。血まみれに横たわっている三人は生粋の攘夷派。それも幕府を倒してメリケンのようにしたい奴ら。ならば、己らと対立するのは至極当然。
願いが叶うという事実。どうせ『月読』の終わりと共に皆、消えて亡くなるのだ。命を惜しむなんてことをそもそも思ってはいなかったが、それにも増して今ここに存在した意義、そして、消えていく『我』に意義を感じずにはいられなかった。
よくよく理解できた。話し合いなんて時間の無駄はせず、手っ取り早く殺し合いをし、強いだれかが願いをかなえる。だからこそ、血まみれの三人は何も知らない早い段階で、いや、抵抗できない状態で除かれた。
そもそも島村寿太郎や森助太郎、上田楠次は、乾に加担するよう中岡慎太郎に説得されて仕方なしに乾の一党に加わった。裏を返せば生粋の勤皇。その寿太郎らが、乾一党となれば勤皇党員全体が乾になびく。そして、弥太郎はというと、わしゃぁ、ばかだった、と思う。気付かぬうちにフリーダムという馬鹿な思想の一員に仕立て上げられていた。あの鵺の鳴き声に寿太郎がよくぞ気を失わなかったと心底、胸をなで下ろす。
弥太郎が言った。
「なら、それじゃぁいかん。“永遠なる”親政。“永遠なる”じゃ」




